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   大きくなったら、医者になりたい。
   そして、病気で死んだ母のように不幸な人を、もう出させない。


 中学2年生の時、とある授業にて『大きくなったら』という題目で書いた作文。
 その作文は、今も彼の机の中に、大事に保管されている。


 鳥本賢介(42番)は、ふと顔を見上げた。
地図でいえば、彼がいる場所はG=5。診療所の前にある、小さな小さな民家だった。

「もう……僕は医者にはなれないのかな……」

思っていたことをつい口にしてしまう悲しい癖。




 賢介が小学校中学年の頃、母が肺炎になった。急いで賢介は大病院まで母を連れて行った。だが、そこには 冷たい現実が突きつけられていただけだった。

「はい、保険証をお見せ下さい」

「あ……はい、これです……! 急いでください!」

「えーと、この番号札をお持ち下さい。順番がくるまでそこの椅子でお待ちくださいね」

そう言って渡された一枚のカード。そこにかかれていた数字は『63』だった。

「すみません……! 今何番なんですか?!」

「はーい、あまり大きな声を出さないで下さいねー。えーと……今は41番あたりです」

「そんな……お母さんがとても苦しんでいるんです! 早く看てください!」

だが、既に母親は座席の最後尾に並んでいた。

「あのねぇ……ちゃんと順番に見てあげないと、他の患者さんが怒るじゃないの。ほら、向こうでお母さんが待っ ていますよ、早くいってあげなさい」

そして、やっと順番が来たと思えば、医者は簡単にただの風邪だといい、薬を処方しただけだった。

一週間後、まだ熱が下がらないので、知人の医者に家に来てもらった。
肺炎だと、そこで初めて言われた。既に遅かった。

彼の家は決して裕福な家庭ではなかった。運の悪いことに、その時は父親は出張中だった。父が帰ってきて次 の晩、母は息を引き取った。
所詮この国なんてそんなものさ……と父は言っていた。

 それから、家事は全て賢介がやっていた。出張気味で忙しい父を助けながら、独学で医学を勉強し始めたの は、中学に入ってからだった。
全ては、もう母のような不幸な人を出さないため。自分で、苦しんでいる人を助ける為の診療所を建てるため。 自分のように、もう幼い子供を不幸にしたくないため。
当然徹夜も多くするようになり、学校の授業中では寝ることが多くなった。だが、医学知識に関しては、桁違い の実力を持っていた。本来なら、その異様なほどの能力をもとに、有名校への推薦の話も出ていたのに、だ。


 何故、こんなゲームに巻き込まれてしまったのか。

「くそ……! もう、医者にはどうせなれないんだよ……!」

 自暴自棄になりかけた。日頃の睡眠不足が、彼をイラつかせた。
もう、医者にはなれない。ならば、自分から医者になる道を捨ててやる、と。
だから、診療所が見えるこの家から、本来あそこで働いていたはずの医者の姿を確立させて、ずっと睨んでい た。嫉妬と憎悪を込めて。
だが、もう限界だった。彼はもう、診療所という存在そのものが嫌になった。




 消したい。

 診療所を、消したい。



 二度とあそこにいた医者がみんなを看られなくしてやる……

 もうそれこそ立ち直れないように……



 消したい。




デイパックから出て来た小さな瓶。付属の説明書を読めば、それは火炎瓶なのだという。



 投げつけるだけで、全ては灰となる。



賢介の顔に、笑みがこぼれる。
玄関を思い切り開けて、その小さな瓶に火をつける。



 さぁ、バカンスの始まりだ。



「くらぇっ!!」

それは綺麗な弧を描いて、診療所に触れた。途端、木造の古い診療所は、天井部分に火が一斉についた。
大きな音を立てて、柱が崩れ落ちる。



 ガキッ!



唐突に、診療所の扉が開いた。

「あ……」

「……鳥本。テメェ!!」

診療所に、人がいた。自分と同じように不幸になった、東堂友良(28番)が、そこにいた。

「あ…あ……」

いまや賢介の顔は恐怖でいっぱいになり、武器を無くした自分がどのくらい危険なのかさえ、把握できなかっ た。



【残り29人】




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