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 G=5にある診療所が謎の火災を起こしたことにより、1人の男がその場所へ行った。
それは一種無防備のようにも思えたのだが、クラスメイト全員を皆殺しにするという精神が不安定な彼は、こう 考えていたのだ。火事が起きれば、誰かが必ずやってくる、と。

仲間が南の端で皆殺しにされ、1人だけ生き延びて今もこの島を逃げ回っている。それはどんなに辛いことなの だろうか。絶対に仇を取ってやる、それが、リーダーとしての最後の務め。

 徳永泰志(31番)は、今もなお燃えつづけている診療所の前で、呆然と立っていた。

きっと、これも人為的なものに違いない。誰もいなかったら、こんな火の気の無い場所が燃えることなんて、あり えないのだから。

ふと、診療所から10mばかり向こう側に、血生臭い匂いが充満していることに気がついた。




 まさか……また誰かが?




できることなら信じたくは無い。だがそれは現実逃避だ。どんなに苦しくても、現実を見据えていなければならな い。そうでないと、生き残ることなんて、絶対に無理なのだから。
恐る恐る近づいてみると、それがばらばらになっているとわかった。吹き飛んだ足、転がっている手、そして恐ら く内臓であろう器官が滅茶苦茶に飛び散っている腹。それはもはや人間だったのかどうなのかさえ疑問を持つ ほどだった。

「鳥本……」

それが奇跡的に顔だけは無事であって、誰が死んだのかということがわかってしまったのも辛かった。
あの母親の仇を討つといっていた、鳥本賢介(42番)の変わり果てた姿を見て、再び悲しみが込み上げてき た。
絶対に許さない。こんな、将来の可能性を握りつぶしてしまう政府、そしてその大人達の考えたくだらないゲー ムに簡単にのったクラスメイトが、憎かった。

だが、同時に自分の手で、クラスメイトをこんな風に出来るのかと、正直疑問に思った。自分に与えられた武 器、カジュアル2000・オートマチックを握り締める。汗だくなことに気がついた。



 恐れているのだ。人を殺すことを。



勿論鳥本賢介を殺害した東堂友良(28番)がすぐそこの燃えている診療所にて死んでいることには気付かず に、ただ泰志は思いにふけっていた。


 駄目だ、そんなことでどうする?
 俺は、全員を殺そうと思っていたんじゃないのか?!


「えーと、徳永かな」

唐突に響いたその声を聞いて、泰志は驚きと同時に、憎悪が込みあがってきた。



 殺してやる。

 お前だけは、殺してやる……!



「貴様ぁ……なんの用だ?!」

憎悪をむき出して、泰志は背後に立っていた常滑康樹(32番)に叫んだ。彼こそがクラスで最も嫌いな男。自分 の仲間をいじめ、転校させてしまった男。
こいつだけは、許すわけにはいかなかった。

「まぁそう怒るなって。でも無理か、十和田をいじめた奴を、放って置くはず無いもんな」

「戸田を殺したのはお前だな」

質問には答えずに、泰志は康樹に言った。戸田鉄平(33番)は身体を拘束されて禁止エリアに引っ掛かった と、あの門並という教官は言っていた。最後から3番目に出た時、分校の周りには誰もいなかった。となると、拘 束したのは康樹しか考えられなかった。

「やっぱりお前だったらそう思うと思ったよ。でも、そんなことは関係ない。俺は他人を蹴落としてでも生き残ろう と考えているのさ。それがどんなに卑劣で、傲慢で、人間として最低な方法であろうとね。君は優しいから、僕 は殺せない。でも僕は君を殺せる。だったらもう勝敗は見えているじゃないか」

そう言って、康樹は大型の鰻刺し(これは民家から手に入れたものだった)を懐から取り出し、水平に構えた。



 こいつ、知ってる!
 俺が殺せるかと迷っていることを、知ってる!



「だぁぁっ!!」

康樹が突撃してきても、泰志は考えていた。



 本当に、人を殺して良いのか?
 そんな、いいはずがない! 所詮は口だけだ。ひ弱な意思だ。だが……


 俺は死ねない。
 仲間の仇を討たなきゃならない。


 それは幸弘に対してもそうだし、十和田に対してもそうだ。仲間の仇を討たなきゃ……!


 俺が討たないで、誰が討つんだ!!



「わぁぁあっっっ!!」

右手に構えた銃を引き抜く。撃鉄を起こす。そこまで一瞬の出来事だったが、その一瞬を康樹が見て、そしてい かに自分が危険なのかと感じるのには少しの時間を要した。


 撃ってやる!





 パン……!






乾ききった銃声。その反動を右手に感じながら、だがそれよりも目の前で崩れていく敵が、震える手で自分を掴 んでいた。弾は見事に腹部を貫通し、明らかに肺に穴が開いていた。呼吸が出来ないのだ。

「と……徳永……! し、死にたくない……死にたく……ない……!」

だがその言葉を哀れだと思うことなく、冷酷に泰志は見下した。

「何言ってるんだよ? お前が戸田にした仕打ちだってそうだろ。楽にしてはやらない。せいぜい苦しみな」

「そんな……」

肺に穴が開いて死ぬのは、最も苦しい死に方だという。その死に方をさせることが出来て、嬉しかったかと問わ れれば、泰志には一概にはいとは言えなかった。いやむしろ、嫌悪感を感じた。
1分ほどして、康樹は悶えながら遂に事切れた。


 康樹だから、気に入らない奴だから、俺は殺せた。
 でも、他の罪の無い奴を……殺して良いのか?


 くそっ! 人殺しなんて、最低の気分だ……!



そして、その場で泰志は、まだ仄かに温かい銃を握りながら、再び呆然と立ち竦んでいた。



  32番 常滑 康樹  死亡



【残り26人】




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