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 天道剛が一番最初に気がついたその叫び声の主は、他でもない鶴岡雅史(21番)だった。
 彼はただ無意味に叫んでいたわけではない。別に狂ったわけでもない。


 彼は、追われていたのだ。


 30分ほど前、雅史はゆっくりと港のある集落の外へ出た。それは午前9時から今までいた場所、つまりD=8 が禁止エリアになる為であった。
しかし10分前に行動を起こすのは、少し無謀かもしれなかったなと、雅史は少しだけ、後悔した。

 まぁいい。まだ首はつながっている。

次に自分は何をすべきか、それは単純明快。また新たなる家を探せばいいだけだ。別に茂みの中に隠れても 良かったのだが、雅史はいささかニキビ面であったし、あまり被れるような場所には居たくなかったのである。
そしていい物件を探す時でも、常に慎重に行動していた。支給武器は決して殺傷力の高いものではなかったか ら、誰にも会わないようにしておかなければならなかった。

なんなんだよ、皮製のムチって……サーカスの団員じゃないんだぞ、と。勿論某映画主人公のような扱いは出 来ない。少しだけ試してみたが、誤まってすねを打ち据えてしまった。
だから誰にも会わない方が良い。脱出策か何かがあれば良い。だけど、今、自分には、何も無い。


 くそっ! なんで、プログラムなんかに……!


「まっさし♪」

 不意に後ろから声をかけられた。少し驚いたが、次の瞬間雅史は後ずさった。
そこには、あまり相性的に得意ではない団条大樹(9番)が立っていた。彼は小型の両刃ナイフをちらつかせな がら、そして笑みを浮かべながら近づいてきた。


 危ない。
 こいつは、完全にやる気だ。


「何逃げているんだよぉ? 俺達仲間じゃん? まぁ怖がるなって♪」

「嘘つけ! お前……じゃあなんだよ?! そのナイフで僕を殺すのかよ?!」

すると大樹はさらに笑みを広げて、一気に歩み寄ってきた。

「嘘つけ……ってなぁ。嘘ついて欲しいならついてあげる♪ 僕は雅史を助けてあげよう♪」

その言葉を聞いて、そして一瞬考えてやっとその意味がわかった時には、既に大樹は眼前に迫ってきていた。
慌てて体をひねった。だが、ナイフは雅史の腰を軽々貫いていった。同時に激痛が走る。

「あぁぁあああっっっ!!!」

そして、叫んだ。
大音量だったのだろう、大樹が一瞬躊躇したのを見て、一気に雅史は走り出した。だがその激しい痛みに耐え ることなどできるはずもなく、そのまま倒れた。


 駄目だ! 倒れたら、殺される!
 この大バカ野郎に、殺される!!


「やめろ! やめろぉ!」

「じゃぁやめるよ♪ ……なんちゃって!」



 ズブリ。



何か熱い物が体に食い込むような感じがした。



 はっ……はっ……

 息が吸えない……?



息が吸えなかった。それはつまりは肺に穴が開いたのだが、そのようなことを知る由もない。
苦しかった。何もかも捨てて、楽になりたかった。

「やめろ!」

突然声が聞こえて、まだはっきりとしている意識の中、雅史は振り向いた。
そこには、もう誰だかわからないが、別の人間がいた。

「おっと。これはこれは、天道君じゃありませんかぁ♪」

「鶴岡を放してやれ。そうじゃないと」

天道が懐から何かを取り出した。その無骨な塊は、銃だった。

「撃つぞ」

瞬間拘束がはずれかけたが、再び押さえつけられた。苦しくなってきた。

「聞いてるのか? 撃つぞ?」

「聞いてるさ♪ だけどどっちみち僕も殺されるからね。一度だけしてみたかったんだよ、僕」

天道の顔に疑問符が浮かんでいる。正直雅史も疑問に思っていた。



 殺される? どういうことだ?



「一度だけしたかったんだぁー、人殺しってやつを♪」

その言葉を聞いた瞬間、全てを諦めた。体が激しく揺り動かされる。
多分あの両刃のナイフが僕を貫くのだ。そして、僕は死ぬのだ。

 だがその瞬間、銃声が響いた。
その一瞬の銃声の後、悲鳴をあげたのは雅史ではなく、襲っていた大樹の方だった。

「うぐ……ぁぁああっっ!!」

同時に既に息苦しい雅史の顔に、大量の血がついた。苦しみながらも後ろを向くと、大樹の右手小指が消失し ていた。血は、勿論そこから出ていた。

「言っただろ? お前はもうその怪我じゃ人は殺せない。さっさと何処かへ行くんだな」

淡々と天道が言うと、大樹は立ち上がった。

「ちきしょう……ちっきしょぉぉう!」

そう言って、喚きながら走り去った大樹を見て、安堵した瞬間、雅史は意識を失った。
そう、それはあまりにも、あっという間の出来事だったから。



【残り26人】




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