35

  出川 真(22番)は、ゆっくりと茂みから茂みへ移動していた。

30分前、銃声が響いた時、彼はE=7に位置する唯一の家に潜んでいた。そして、そこが次回禁止エリアに指 定されたということも知っていたのだが、銃声がした事から、なるべく時間一杯まで粘ろうとしたのだ。


 もう……残り何人なんだろう?


もとい彼は端から生き残るつもりなど無かったし、生きることも面倒だった。別に生きていても死んでいても同じ こと。だが別に自殺したい気分ではなかったし、他のクラスメイトを差し置いて自分が生きる気など毛頭無かっ た。

「いつからこんな風になったんだろな……俺」

 それはもしかすると、通り魔にあった時からかもしれない。

 あの時、顔面蒼白の男が突然すれ違いざまに包丁を振りかざしてきた。当時12歳だった真は、抵抗するほど 体力が無く(実際今でも運動神経はクラスの中で低い方だった)、腕を切りつけられて危うく神経がいかれるとこ ろだった。
出血多量で道端に倒れていたところを、たまたま通りすがった隣に住んでいる主婦に発見され、一命を取り留 めた。

 それはもしかすると、裁判の結果が出た時かも知れない。

 逮捕された男は、麻薬中毒者らしかった。だからそちらの件で書類送検された。でも……実際通り魔について は完全に否定していた。

「嘘だ!」

真は入院中にも喚いていた。どうも後日談でわかったのだが、この通り魔は二重人格を装っていたらしい。

「だからって……こんなこと、いいのかよ! ちゃんと調べてくれよ!!」

だがこの腐った国の中では、特に警察は民衆の取り締まりの方が興味があるので、そんなことは聞き込んで はくれない。あれこれ言ったところで、どちらにしろ刑は変わらないのだ。


 誰か殺してくれないかな。


別にそれなら自殺にはならない。生憎自分の武器は金属バット。自殺向きではなかったし、だが禁止エリアに 入って手西俊介(23番)のようになりたくもなかった。きっと親に死体は返されるのだろう、せめて、綺麗なまま で。
いっそ飛び降り自殺でもするかと思ってもみたが、自殺はしないと決めていたから、今はただ誰かと遭遇するの を待つだけだ。

「……誰だい?」

ふと後ろに気配を感じて、遂に発射時刻が来たと真は感じた。

「寺井だよ。お前は出川か?」

後ろを振り向くと、そこには寺井晴行(24番)が、銃を構えて待っていた。それは大河幸弘(1番)の支給武器だ ったコルトガバメントだったのだが、そんなこと真には知る由も無かった。

「お前、大河達を殺したのか?」

「……答えなきゃ駄目か?」

「いや、どのみち俺は死ぬ気だったし、別にやる気なわけでもない。ただ、死ぬ前にちょっと知っておきたいと思 ってね」

 真が寺井の目をじっと見据えていると、観念したのだろうか、それともどの道殺すのだからいいと感じたのか、 寺井は少し考えた後に、銃口を下ろして言った。

「あいつらは脱出しようと考えていたんだ。でもそれはルール違反だろ?」

「まぁ、ね」

趣旨が違う、と思ったが、聞くのも悪くは無いと思った。
冥土の土産ってわけじゃないけれど。

「そしたら、一生逃亡生活ってことになるな」

寺井は、一度空を仰いで、深呼吸した。

「俺、そういうのは嫌なんだよ。逃げるって事。だから、殺した」

「……やっぱそーか」

何故か軽く笑ってしまった。それはとても失礼なことなのだけれど、もう人が死ぬのには慣れてきていた。
だがふと気になって、無表情で言った。

「泰志も、もう殺したのか?」

その質問が意外だったのだろう。寺井は少しきょとんとしていたが、すぐに笑顔で言った。

「それは無理だ。あいつ、最後のほうに出発したし。まぁ、出来ることならあいつだけは殺したくない。けれど、最 後の2人とかになったら……俺、容赦しないなぁ、多分」

「そうか……」

今度は真が空を仰いで、深呼吸をした。冷たい空気が、少しだけ気持ちよかった。
ああ、これ。気持ちいいかもしれない。

「もう、聞くことは無いのか?」

おそらく、最期の質問。そう感じた真は、だが同じように少し考えて言った。

「……。俺を殺して、何人になる? 最期にそれだけ聞かせてくれよ」

「……まだあいつら以外は殺してない。お前が5人目だ」

「そっか……答えてくれて、ありがとう」

「じゃあな」


 真は目を瞑った。その直後に響いた乾いた銃声の音が、真の最後の知覚となった。



  22番 出川 真  死亡



【残り23人】




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