69

 激しい銃撃戦が北の方向で聴こえてきてから、既に3時間と少し経っていた。
今は不気味なほどにあたりが静まり返っている。夜明けがきていた。

「もうそろそろで、放送か……」

手首につけた政府謹製の茶色い時計の針は、6時5分前を示していた。

彼、徳永泰志(31番)は地図でいうH=5の家に身を寄せていた。そこに落ちていた、一枚の生徒手帳を見な がら。
丁度24時間ほど前に、大河幸弘(1番)が落としていった物。それを発見した時、泰志は泣いた。周りには奇跡 的にも誰もいなかったのだが、小一時間泣いていた。同じように寅山 寿(41番)のあどけない顔が、筑後高志 (10番)の眠たそうな顔が、千代崎元道(12番)の怒りながらも笑っている表情が、次々と浮かんでは消えて いった。その上に、同じく24時間前に見た彼等グループの死体の画像が上書きされてゆく。

 みんな、死んでしまったのだ。

「みんな……!」

この1日で、様々な物が失われた。先程の放送の時は残り7人だったはずだ。だが、銃声が自分の背後の方 で聴こえ、急いで駆けつけたときには、既に棚瀬良介(6番)も消えていた。さっきまで、生きていたのに、だ。

 残り6人。

それから3時間前の銃撃戦だ。どう考えても、死んでいないとは考えられなかった。残り……何人なのか?
それは全て放送でわかる。もしかすると、唯一の生き残り、寺井晴行(24番)も既に死んでしまっているのかも しれない。同じように、まだ生き残っている人間も、誰か死んでいるのかもしれない。

“はーい、おはようございまーす! 午前6時になりました。ちょっと殺し合いは止めてね。まぁ、もう少ないけれ どさ……”

軽快な調子で語られる新人教師門並の声も、絶対に忘れない。
このプログラム中に起きたことは、絶対に忘れない。

“じゃ、夜の間に死んだクラスメイトを発表します。まずは4番 竹崎正則君。続いて6番 棚瀬良介君”

だから、みんなのことを忘れない為に、自分も生き残らなければならない。忘れない、為に。
棚瀬には既にチェックをつけていた。竹崎にも、チェックをつけた。

“7番 種村 宏君。17番 堤 洋平君”

2人にもチェック。……堤も、死んだのか。あいつ、妹がいたっけな。やっぱり、不良息子でも死んだら悲しいん だろな。
種村も……竹崎とかと一緒にいたのかな? 津崎とは……なんで合流しなかったんだろう。

“26番 天道 剛君。以上5人です”

「え……?」

ペンが止まった。
寺井の名前が呼ばれていない。勿論自分の名前も呼ばれていない。すなわち。


 カチリ。


撃鉄の起こされる音がすぐ傍で聴こえた。
その人物は、1人しかいない。もう、島には2人しか生き残っていないのだから。

「そんな、寺井……!」

「驚いただろ? まさか俺がやる気になっているなんて」

一応放送では禁止エリアが伝えられていたのだが、最早その放送は耳には入ってこなかった。いや、受け入 れなかったと言う方がいいだろうか。

「棚瀬から、話は聞いていたよ。止めに行ったんだけど、背後で銃声がして、戻ったら死んでたんだ」

「へぇ……じゃ、感謝してもらいたいな。この放送の時まで待っていてやったんだからさ」

“放送は入れっぱなしにしておくね。静かにしてるから……”

放送が遠慮がちに止められた。これも情けだろうか。
しばらくの間、沈黙が続き(それでも10秒くらいだったが、彼等にとっては1分以上に感じられていた)、先に口 を開いたのは泰志の方だった。

「なんで、やる気になったんだ? みんなが殺されていたからか?」

寺井は軽く微笑んで、銃口を下げた。そこで始めて、泰志は銃口が自分に向けられていたのだと分かった。

「お前等、集まってどうしようと考えていた?」

「え……みんなで集まって知恵絞って、このプログラムから脱走しようって……」

寺井は少し低く笑った。それが泰志にはむっときた。

「なぁ、泰志。脱走して、どうするんだ? そんなことしたって、いつか政府の連中に一生追われることになって、 どこか路地裏で殺されるだけだ。俺は……嫌なんだよ! そういう風に生きることが!! だから……俺はゲー ムに乗った。このマシンガンを支給された時、俺はそう思ったんだ……! そして幸弘や高志達全員を殺したん だよ!!」

途中からそれは叫び声に代わった。
同時に、グループを殺戮した人物が、目の前にいる親友だと知ったことにも、頭を殴られたような衝撃がきた。

「その為に……人殺しをしてもいいのか……? あぁ?! 答えてみろ! それが人として正しいことなの か?!」


 沈黙。


「殺しはしない。みんな、俺が覚えておいてやる。死んだ奴のことを忘れてしまった時、そいつは本当に死んで しまうことになるんだ。だから、俺はいつまでもクラス全員のことを覚えておいてやる。人として人殺しは間違っ ている。だけれどな、この国も壊れているんだ、こんなゲームをやること自体、おかしいことなんだ。……だか ら、俺はプログラムを担当する教官になる。そして……この国のせいで散っていった幼い少年少女を1人残らず 心に留めていくんだ」

泰志は何も言えなかった。むしろおかしかった。寺井は、自分と同じことを考えていたのだ。
だが、それを続けるためにしなければならないことまで、泰志は考えていなかった。完全に、寺井の方が一枚 上手だった。

「だから……俺が死んだら、同じように沢山のクラスメイトが死んだことになるんだ。だから死ねない……!」

再び寺井は銃口をこちらに向けた。

「さよならだ、泰志。お前だけは、殺したくはなかったんだけれどもな」

「寺井」

「なんだ」

泰志は目を瞑った。もう、ここで自分が散ってもいい。自分の考えていたことは、全て寺井が引き継いでくれる。

「俺も、同じ事考えていたけど……お前の方が上手だったよ。忘れんなよ」

「お前だけは、絶対に忘れるかよ。じゃあな、多分俺は天国にはいけないから、ここでお別れだ」

「ああ」

引き金に力が入る感じがした。

「バイバイ、寺井」

直後、乾いた銃声が1発響いた。




 こうして、プログラムから開始25時間18分。午前6時2分に、戦闘実験第68番プログラム実施第2号は、静 かに幕を閉じたのだった。

“では寺井君。禁止エリアを解除しましたから、分校まで来てください”

憂いに満ちた門並の声が、静かに島中に響き渡っていた。
寺井晴行は、泰志の死体を見ることもなく、黙って分校まで走っていった。



  31番 徳永 泰志  死亡



【残り1人/ゲーム終了・以上大井川専門中学校3年5組プログラム実施本部選手確認モニタより】





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