008



「さて、と。……じゃあ、時間もおしているし、そろそろ出発してもらおうかな」

 門並が、淡々とした口調でそう告げる。誰も、なにも言わない。いや、こんな状況ではなにも言えないだろう。これ以
上変なことを言えば、今度は命までをも奪われるかもしれないのだ。浜田は幸い命だけは見逃してくれたみたいだっ
たが、それでも撃たれたことにはかわりない。
たいに抱かれて、必死に歯を食いしばって門並を睨みつけている浜田。左肩口から流れ出る血は、まさにプログラム
の象徴であるかのような色をしていた。見事なまでの、クリムゾン・レッド。
浜田が、撃たれた。あの浜田が、やられた。恐らく、この門並とまともに口で渡り合えるであろう唯一の人物である浜
田が、潰された。それはこのクラスには最早、誰もその後を追うことが出来ないということ。上田も、たいも、僕や角元
だって、全員が封じられてしまった。
殺し合いは、絶対。防ぐことなんか出来ない。そこまで淡々と言われてしまっては、ああそうなのかと納得するしかな
いのかもしれない。少しでも希望を持って、説得を試みようとすれば。浜田のようになる。最悪、命まで奪われてしま
う可能性だって、ゼロじゃあない。

 不自然な沈黙の中、再び扉が開く。大きなカートが二台、その上に大量のバッグを積んだ状態で教室の中へと運
び込まれてきた。ガタイのよさそうな兵士二人が、それを軽々と制御している。

「それではー……出発するときに、こちらに積まれている荷物を一人一つずつ持っていってもらいます。中身はさっき
 説明したものね。それからー……そうそう。廊下に今日のみんなが学校に持ってきた私物を出席番号順に並べて
 おきました。こちらは持っていっても持っていかなくても構いません。好きにしていいです」

カーキ色をしたそのバッグは、ドラム型だった。結構収納力はありそうだ。変に突き出ている形をしたものや、本当に
しんなりとちぢこまっているものもある。

「あのさ」

その時だった。背後の方から、男子の声が聴こえた。はっとして振り返ると、そこには手を上げた状態で、壁に寄りか
かっている生徒、松原亮(男子20番)が佇んでいた。

「はい、松原くん。なにかな?」

「その荷物、結構大きさ違ったりしてるみたいだけど、うちらで選べんの?」

門並は、ふぅんと大きく頷くと、申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさいね。それやったら、最初の人ほど有利になってしまうから、こちらで勝手に手渡す形を取らせてもらって
 るの。規則だから私にはどうにも出来ないね。そゆことなんで、よろしく」

「なんだ……そか」

松原は、ふぅと溜息をつくと、再び黙ってもたれかかっていた。そんな二人のやり取りを、僕は黙って見ることしか出来
なかった。
松原亮。こいつとは、あまり話したことはない。だが、別にクラス内で孤立しているわけではなく、よく佐藤清(男子7
番)あたりと休み時間に仲良く喋っていたのを見てはいた。あまり活発に動くような生徒ではないが、体育の時間に
やった持久走ではベスト3に食い込んでいる。勉強もそこそこ出来る男だ。顔もまぁまぁ。なのに女子に噂されている
ということはないようで、まぁ簡単に言えばよくわからない奴だった。

「じゃあ、最初に出発する生徒を発表します。前もってくじ引きで決めたからねぇ……えーと、男子7番の佐藤くん」

清、というのも佐藤姓はこのクラスに二人いるので、基本的に名前で呼び捨てされていたのだが、彼はどうやら松原
の隣で座っていたらしい。唐突に名前を呼ばれて、びくんと立ち上がった。

「え? なに? ……オレから?」

「そうだよー。さぁ、佐藤くん。出発する準備は大丈夫かな? 基本的には出発のインターバルは二分間。男女、男女
 の順番で出発してもらいまーす。最後まで行ったらまた一番に戻って男女、男女となりますんで。よーし、準備はオ
 ッケーかな? じゃあ前に出てきてください」

清は、怯えた顔をしながらびくびくと前へ出てきた。
門並はそんな彼を見て少しだけ微笑むと、バッグを兵士から受け取り、彼へと渡す。

「じゃ、出発ね。えーと、みんな注目ー。現在時刻は午後2時28分です。だから、このエリアが禁止エリアに指定され
 るのは午後3時50分、大丈夫ですねー? 3時50分ですよー。はーい、じゃあ佐藤くん、出発して下さい」

「……え? え? なに? マジで出発? ……殺し合いすんの?」

清は、なにがなんだかわからないといった感じでその場に佇んでいた。
門並が、ふぅと溜息をついて、懐から拳銃を取り出す。先程浜田の左肩を撃ち抜いた拳銃だ。

「佐藤くん。なんにも説明聞いてなかったの?」

「え、いや……マジでもう殺し合い始まっちゃうのかなって……そう思って」


  パァンッ!!


「ひぃぃっ!」

門並が、ふっと無表情になる。そして、天井に向けて引き金を絞った。突然の銃声に、清は頭を抑えて崩れ落ちる。
そのやりとりは、黙ってみているほかなかった。

「さーて、佐藤くん。次は貴方の頭を撃ちます。次がつかえてますんで、早く出発して下さい」

「そ、そんなぁ……」


「清」


再び、背後から声がした。振り返らなくてもわかる。松原だ。

「亮……?」

「早く行け。出発前にこんなとこで死にたかねぇだろ?」

「わ、わかったよ。行くよ……!」

松原に促されて、清はふらふらとした足取りで扉の向こうへと消えていく。この瞬間、プログラムは始まったのだ。
門並は拳銃を再度懐へと仕舞いこむ。そして、大きく深呼吸をして落ち着いたのか、三度淡い笑みを浮かべた。

「はーい、それじゃあ次の出発者は女子7番の佐原さん。準備して下さーい」


 プログラム。それは最悪の殺し合い。
 それが、今。淡々と、始まりを告げたのだった。


 ……僕は。
 いったい、どこまで生き続けられるのだろう。






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