022



 一人、また一人と、生徒達は戦場へと赴いていく。
 誰一人として喋らない。ただ淡々と、出発の時が近付いてきていた。

 君島栄助(男子5番)はいつの間にか喉がカラカラであることに、ようやく気付いた。

 親友の上田健治(男子2番)もとうに出発していて、ついに仲間と呼べるものは教室内にはいなくなった。今、この
教室に残されているのはたったの5人。自身は、最後から数えれば4番目の出発。最初の生徒が出発してから、実
に一時間以上もの時が経過していた。
この一時間、長いようで短かった。生徒たちの中にも、様々な反応をするものがいた。その中でも相変わらず浜田篤
(男子18番)だけは、堂々と大逸れたことをやってのけていたが。どうやら自分は、そのまま大人しく出発する方が性
にあっているらしい。

「はい次ー、加藤さん」

流石に門並もだれてきたのだろう、気だるげに名前を読み上げていた。その声を聞いて、加藤明美(女子4番)は静
かに立ち上がる。口をぎゅっと結んで、だけどそれはどうにも情けなくて。口を開けたら、今にも泣き出しそうな顔をし
ていた。だが彼女は、一言も発することなく、黙って教室を出て行った。
彼女も、覚悟が出来たのだろうか。人殺しをするということよりも、自身が死ぬ、その覚悟が。
悪いけれど自分はそんなに出来た人間じゃないし、どちらかといえば頼りになんかされない人間に分類される方だ。
そんなことは自分でもわかっている。だからいきなり貴方は三日以内に死にますだとか、友達に殺されますだとか。
言われても簡単には受け入れられなんかしない。いまいち実感も湧かないし、人を殺すとか、殺されるだとか、そうい
う現実味のないことは、わからないつもりだった。
ただ、道路に飛び出して車に轢き殺された猫を見て、あぁ……こいつも可哀相にな。と思ったくらいだ。

試合が始まってから既に一時間。もう何度も銃声が響いている。爆音だって轟いてきた。少なくとも一人は死んでい
るだろう。その一人は、つい一時間前にはここにいた誰かなんだ。その誰かは既に『死』んでいて、もうこの世には存
在しないのだ。
自分もその『死』の中へと突入する。きっと自分なんかはすぐに仲間にされてしまうだろう。不安だけれど、それが現
実なのなら、仕方のないこと、それもまた事実だ。問題なのは、そこに行き着くまでの過程。必死に仲間から逃れる
か、あるいは諦めて受け入れるか。
勿論死ななくて済むのなら、それはそれでありがたい。だけど、それが大量の犠牲の下に成り立っているのだとした
ら。果たしてその圧力に、潰されずに生き残れるか。

 もしも、生き残ろうとするのならば。

僕は、教室内に残された生徒を一人ずつ眺めてみる。窓際でぼーっと首を預けていた古城有里(女子5番)と、眼が
合った。その眼は、深い。彼女も彼女なりに、長考していたのだろうか。僕は蛇に睨まれた蛙のように、一瞬だけ身
動きが取れなくなったような気がした。が、彼女がすぐに眼を逸らしたので、すぐに息を吹き返した。今のは、なんだっ
たのだろうか。

「それでは君島くん、出発の時間ですよ」

「あ、はい」

自然と、声は出た。足も竦むことなく、立ち上がれた。別段、いつもと変わらない動きは出来ていた。
支給品を受け取る。ずっしりと、そしてしっかりとしたその重みは、まさに戦う為の道具が入っているのだと認識させら
れた。そのまま、扉の外へと出る。結局、僕も他の生徒同様、振り向いて残った生徒を見るなんてことはしなかった。
普通の生徒と同じ行動をとったということだ。


 廊下を歩いていると、間もなく嫌な臭いが立ち込めていた。なんと言えばいいのだろうか。ただ、嫌な臭いとしか、
表現できなかった。強いて言うならば、血生臭い。初めて嗅ぐ臭いだったけれど、心当たりはひとつだけあった。い
や、この状況下では、そうとしか考えられない。恐らくこれこそが、死臭というものなのだろう。
その死体は、まさにスタート地点にあった。あまりにも早すぎる終結。その死体に、僕は心当たりがあった。顔こそ
粉々にされていたけれど、普段から親しくしてきたものだから。その体つきで、身元がわかってしまった。

 まさか、こいつは死なないだろうと思っていた。
 生き残るとしたら、こういう奴なんだと勝手に思っていた。

「浜田……」

胃からなにか込み上げてくるものがあったが、僕はそれを無理矢理飲み込んだ。そして、悲惨にも程があるその死体
を、まじまじと眺めた。これが、『死』。これが、この戦いで僕の行き着く場所。
その近くにも、女子のものだと思われる死体が転がっていた。四肢がもげていて、辺りには肉片が飛び散っている。
これが誰の死体なのか、最早確かめる気も起きない。彼女も、見るまでもなく死んでいた。
これで、早くもマイナス2人。その死体は、あまりにも僕には強烈過ぎた。

 むごい。むごすぎる。
 嫌だ、僕は死にたくない。まだ、死にたくなんかない。

ふらふらと、僕はあてもなく歩き始めた。玄関の昇降口の段差に躓いて、なんとも情けなく尻餅をつく。
自然と両手が頭を押さえる。なにをしているんだ、こんなことをしている場合じゃないだろう。早く、早く進まないと。早
く出発しないと、僕もここで死ぬことになるんだぞ。

「ちくしょう……ちくしょう……!」

目の前に、秤が浮かび上がる。片方には生、片方には死。
どちらも、重たい。本来なら、量るべきではないもの。友人を、取るのか。或いは、切るのか。

 そんなもの……そんなものは……!

「栄助、大丈夫か」

いきなり声をかけられて、はっと顔を上げる。そこには、上田健治がいた。
なぜ、先に出発したのにここに。

「なにキョトンとしてんだよ。おら、早く行くぞ」

「……え? え?」

手をつかまれて、無理矢理立たされる。上田はニヤリと笑みを浮かべていた。

「待ってたんだよ、お前をな。ほら、あまり出発順も離れてなかったし。わかったら行くぞ」

「ん? え、あ……あぁ。そうなのか」

ようやく、状況が飲み込めた。上田は僕と一緒に行動しようと思って、外で待機していたのだ。仲間を作るというのが
このプログラムで果たしてよい方法なのかどうかはわからなかったが、彼の気持ちを無駄にしてはならないだろう。拒
否する理由も、ない。
今は、なにも考えることは出来ない。とりあえずは、上田についていこう。そう、思った。

 上田の顔は、陰を見せていた。
 浜田の死については、まだ聞くべきではないのかも知れなかった。





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