034



 夢で見たような、漆黒の闇。
 外に出ると、まさしくその光景が、広がっていた。

「うわー……まじ暗い。なにも見えない」

 僕はそう呟く。いつの間にか雨はやんでいたけれど、それでもまだ雲は厚いらしい。微かに月明かりのようなもの
が、分厚い雲の層の向こう側にぼんやりとある。それだけだった。

「慌てるな。慣れてないだけだ、じき慣れる」

 家の中も充分に暗かったけれど、外に出るとより一層闇だと感じる。だが、そんな中、場違いに光を発している建
物。それが、本部である中学校だった。その光源は、辛うじて建物の輪郭を映し出してくれていた。

「あー……なんとなく慣れてきた、かも」

「しっかし、本当に暗いな。こりゃいきなり襲われたりしてもわからんよ」

「うん、相手も見えないから、音さえ立てなきゃ案外平気なんじゃないかな」

 岐阜は田舎というイメージがあるかもしれない。いや、実際そうなのだけれども、それでも自分達が住んでいる場所
は比較的明るい地区だったろう。夜だって外には電灯が点っていたし、本当の闇、なんてものを感じたことは、この方
一時もなかったのかもしれなかった。なるほど、これは貴重な経験だ。
この状態なら夜は奇襲には向いているだろうが、夜目に長けていなければとてもじゃないが襲うことも出来ない。そう
考えると、ある意味安全とも言えるかもしれなかった。

「で、目的の病院はどっちさ」

「安心しろ、この辺の地図は頭に叩き込んだつもりだ。とりあえず、舗装されている道沿いに歩けばある。栄助は俺の
 あとについてきてくれればいいや」

「それは助かるね」

栄助も、とりあえずは地図を覚えておいた。建物の輪郭しかわからない以上、エリアの境界線が曖昧な為危険では
あったが、まだ試合も序盤。禁止エリアはそんなにはないのが救いだろうか。
上田が歩き始める。僕も後に続いた。二人ともスニーカーを履いていたので、靴音は大してしない。辺りは、静けさに
満ち溢れていた。誰かが近づいてきたら、すぐに物音でわかりそうな気もしたが、相手も恐らく音を立てることはしな
いだろう。そう考えると、怖い。いきなり殺されるだなんて、まっぴらごめんだ。

 と、前を歩く上田が唐突に立ち止まる気配を感じた。

「……どうしたの?」

「静かに」

 上田は短く言うと、集中を始めたみたいだった。
 僕も倣って、神経を研ぎ澄ます。

 生暖かい風が吹き抜けた。

「……誰か、歌ってるな」

 上田は、そっと言った。
 なるほど、僕にも確かに聞こえた。風に乗って、微かなメロディが流れてきている。

「歌ってるわけじゃないね。これは、鼻歌だよ」

「鼻歌ぁ?」

 哀愁のメロディ。簡単にそう言い表せそうな、物悲しい旋律が奏でられている。その鼻歌は、風に舞って、僕達の耳
へと届いているんだ。
しかし、いったい誰が。なぜ? 少しだけ、気になった。

「誰だろう、気になるね。呼んでるのかな」

「しかし殺し合いの真っ只中だぞ。そんな状況で歌うだなんて、俺には頭が変だとしか思えないんだが」

「もしかしたら、マイかもしんないよ?」

「……様子だけ、見るか」

上田は歌の聞こえてる方向へ、行き先を変える。
鼻歌だ。いくら辺りが静かだからといって、そんなに大きな音は出せないだろう。比較的近くにいるに違いない。

 そこには、ちょっとした広場があった。
 井戸端会議なんかが出来るようになっているんだろう、公園みたいな感じで、いくつかのベンチが置かれている。

 その一つに、『そいつ』は座っていた。

「あいつは……」

「……ー♪」

 悲しげな、鼻歌。
 中嶋豊(男子14番)が、闇の中に、ポツンといた。





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