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 C=2、病院。
 時刻は十時を過ぎた。辺りは、相変わらず暗い。

「これが……病院、なのか?」

 地図には、確かに山中病院と書かれていたはずだ。だが、その建物はどう見ても世間一般の常識で言わせてもら
えるならば、ただの二階建ての民家としか思えなかった。
僕は、闇夜に浮かび上がっている木彫りの看板の文字を、目を凝らしてよく見る。確かに、『山中病院』と書かれてい
るように見える。なるほど、記憶違いではないようだ。

「ま、こんな山村だから、この程度で充分なんだろうな」

上田が言う。確かに、僕達が住んでいる町にある病院は、白くて清潔な印象があり、それこそ本当に『病院』と呼べ
るような風体をしていた。だが、このような田舎では、そういった都会の常識は当てはめられないのだろう。彼ら村人
からすれば、きっと僕達の町のほうを怪訝に思うに違いない。尤も、僕が住んでいる町だってこの国の中では規模が
小さなほうだ。それこそ、五分間隔で電車が来るような都心はもっと凄いのだろう。
しかし、そうなると問題が生じる。これでは他の民家と大して変わらない。本当にこんなところに、水だの非常食だの
が完備されているのだろうか。

「上田、大丈夫かな。食べ物とか、あるかな」

「まぁ、腐っても病院って名前がついてんだ。それなりの蓄えがないと、そうは名乗れないだろ」

「そ、そういうもんなんだ……」

妙に説得力のある回答に、少しだけたじろぐ。
まぁ、来たからには中に入らないとここまで来た意味が無い。入る他の選択肢はないのだ。そう考えているうちに、早
くも上田は玄関口を調べていた。

「……ま、予想は出来ていたが」

上田はドアノブに手をかけて、手を振る。やはり鍵がかかっていたらしい。

「仕方ないよ。でもさ上田、ガラスを割るのは最後の手段にしようよ。一応、他の窓とかが全部締め切られてるのを確
 認してからでも」

「大丈夫だ、危ない橋は渡らない」

それがさっき思いっきり不法侵入した奴の言うことか、と突っ込みを入れたくなったが、辛うじてこらえる。上田も警戒
しているんだ。やっぱり、さっきの中嶋との一件が思い起こされているのだろう。ここで下手に物音を立てて、また誰
かに気付かれたら非常に厄介だ。
上田と僕は手分けして窓をチェックする。もともと使われていない窓が多いのか、ほとんどはサビが原因でビクともし
ないようなものばかりだった。と、半ば諦めていたとき、上田が近くに来て、僕を呼んだ。

「あったぞ」

なんと、勝手口の扉が丁寧にも開けられていたらしい。無用心にも感謝である。
中に滑り込むと同時に、しっかりと施錠する。他の窓はすべてしまっているのを確認したから、これで外部から誰も入
ってくることは出来ない。
一階は主となる診療室や待合室で占められているらしい。奥の小部屋は手術室だろうか。とにかく、あまり人が隠れ
られるような場所ではなかった。洗面があったが、そこにも人は隠れていない。どうやら、一階には誰もいないらしか
った。
続いて二階、階段を上がると個室がずらっと並んでいた。位置関係から奥がキッチンになっているらしい。食料なども
そこに保存されているのだろうか。まずは、手前の部屋からチェックしていくことにする。個室といっても、寝台と机が
安置されているだけの簡易なものだった。もしかしたら、一時的な就寝用として使われていたのかもしれない。恐ら
く、他の部屋も同じような作りになっているのだろう。一応個室ということもあり、鍵をかけることは出来るらしい。部屋
は全部で三つ並んでいる。ここには誰もいない。

「油断するなよ。俺の嫌な予感は大体当たるんだ」

「嫌な予感なんかするなよ……」

「いいか栄助。たいていこういうシチュエーションのとき、最後の部屋には誰かが潜んでいるもんだ。いて欲しくないと
 念じれば念じるほど、そこに人はいる」

「そんなお決まりのパターン、ドラマとか映画の話じゃないか」

上田は緊張をほぐそうとしているのか、しきりに話しかけてきた。確かに、夜も更けた誰もいない病院、いかにもホラ
ー小説の舞台みたいな感じだ。突然ゾンビが飛び出してきたらそれこそゲームだ。だからこそ、冗談を交えながら上
田は会話を続けるのだろう。

「ここは逆転の発想だ、栄助」

「逆転、と申しますと?」

「誰かにいて欲しいって念じればいいんだよ。誰かがいたら、願いが通じたって喜べばいい。いなくても、まぁそれは
 それでよかったよかったってことになる」

「なるほど、いい屁理屈だ」

「てめ、こんにゃろ」

じゃれあいながら二番目の扉を開けようとする。だが、その扉は、かたくなに閉ざされていた。瞬時に、顔から笑みが
消える。おいおい、勘弁してくれ。
上田はコンコン、とノックをする。

「誰かいるのか」

すぐに側面の壁に張り付く。相手が扉越しに銃を撃ってくることを予想してのことだ。だが、いつまで経ってもその気
配はない。もう一度、ノック。

「誰もいないのか」

 返事は、ない。

「なら、入るぞ」

 上田は、持っていた鉄棒を握り締めて、ドアノブの付近を思い切り叩いた。
 ガツン、という大きな音が響き渡る。古びたノブは、その機能を簡単に失った。扉が、キィという音を立てて開く。

「入るぞ」


「く……来るなっ!」


 眉を、ひそめる。
 どこかで聞いたような、女子の声だ。やはり、中に誰かが潜んでいたらしい。

「……わかった、入らん。とりあえず、名乗れ。一人か? それとも二人か?」

 上田が、あっさりと引き下がる。それにしても強引な男だ。もう少し、方法があるだろうに。

「ふ、二人だ。こっちは強いぞ! わかったらさっさと出てけ!」

「どう強いのかはわからんが……二人というのはホントみたいだな。その声、泰子じゃねぇか?」

 いかにもなはったりをかます声の正体。こんなことを言うのは、なんとなく誰だか僕にも想像はついた。上田は、声を
聞いただけで誰かわかったのだろう。普段から、親しくしていたのだから。

「えっ? うそ、バレたん?」

「二人ってことは、お前の友達っつーことから三崎あたりか。どうだ? 大当たりか? ピンポンか?」

僕はあまり親しくした記憶はないが、上田と浜田の二人の友好関係は驚くほどに広い。クラスメイトの人物関係をそ
れなりに網羅しているのだから敵わない。

「ピ、ピンポン……です……」

「よーしオッケー。こっちは上田と君島の二人だ。泰子、部屋入ってもいいか?」

「えっと、私は構わないけど……玲……うん、いいってさ」

 上田は躊躇せずに部屋に入る。僕も後に続く。
 そこには、予想通りの二人、本村泰子(女子18番)と三崎玲(女子16番)が、座っていた。

「うーっす、ご無事でなにより」

 上田が、笑う。僕も笑顔を作ってみる。
 二人は、ぎこちない笑みで、応えてくれた。





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