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「あーあ、ダメだ。やーめたっと」

 真夜中の四時。突然そんな声が響いて、寺井晴信(男子11番)は飛び起きた。
 いけない、すっかりと眠ってしまった。一時間で交代するとか約束していたけれど、今はいったい何時だろう。

「あ、寺井起きたぁ? おはよう」

「……おはよう。今、何時だい?」

「んーとね、四時まわったとこ」

 岡本翔平(男子3番)が、呑気にあくびをしながらそう答える。彼が作業を進めていた机の置時計の短針は、間違い
なく4の数字を指し示していた。そして、はっと気付く。
現在自分たちが身を潜めているこの民家は、確かエリアD=5に区分されていたはずだ。そして、そのエリアは一時
間後の五時から禁止エリアに指定されている。それはつまり。

「ね、ねぇ。翔平。やばいんじゃないかな」

「ん、なにが?」

「あと少しでここは禁止エリアになるんだよ? 早く荷物をまとめてここから出ないと」

「うん。そうだね」

「そうだね、じゃないでしょ。ほら、もう一刻の猶予もないんだ。急ごう」

「あーはいはいはい。待った待った、寺井。君はもう少し落ち着いて物事を考えてから行動してみようか」

「落ち着いてなんかいられないよ。死んじゃうんだよ?」

岡本は、両手でバツを作った。それを見て、なにか言いたいのだと悟る。
僕は、ゆっくりと作業机の上をのぞきこんだ。佐原夏海(女子7番)のものだった首輪は、大分解体されていたが、そ
の様子を見るだけではよくわからない。

「……わかったの?」

「いやー、それがこいつ、そんじょそこらの携帯ラジオとかとはわけが違ってさ。見ただけじゃ全然わかりそうにもなく
 て。困ったなー。やっぱ無理だったのかなーって」

「……そっか。まぁ、一応国のえらい発明家が作ったものだしね。難しいのは当たり前さ」

少しだけ、悲しかった。もしかしたら解体出来るかもしれない。そしたら、脱出するための希望も少しだけ見えてくる。
だけど、所詮は夢物語だったのだ。ただの中学生には、到底無理な話だったのだ。

「諦めるの?」

「んー……そうなるっかなぁ。また適当な死体を見つけて首輪を回収したところで、結果は見えてるからなぁ」

脱出できるのなら、いくらでも力になってやる。そう思ってはいたけれど。死体だって探す。首輪だって、嫌々だけどき
ちんととってきてやる。その意気込みはあった。だけど、岡本が無理だと、そういうのなら仕方ない。首輪をはずすの
は、諦めたほうがいいのかもしれない。
と、そこまで悲観に暮れたあたりで、岡本はメモ用紙を差し出してきた。なにか書かれてある。

『首輪はずすぞ』

「……え?」

「まぁ、なにはともあれまだ時間的にはたっぷり余裕がある。30分前だ。30分前になったらこの家を出る。そっから
 でも遅くはないでしょ」

「いや、え? あのさ」

頭がこんがらがってきたところで、岡本は唇に手をあてた。もうしゃべるなということか。
メモ用紙に、岡本がせっせとつづる。殴り書きではあったけれど、読むのに支障はない。

『マイクがついてる』

マイク。岡本の顔を見ると、机に置いてある首輪の中央部分を指し示していた。確かに、周音器のようなものが見え
ている。はっとして、自分の首輪を押さえた。

 盗聴。

なるほど、頭のいい政府が考えそうなことだ。そうやって会話を聞いて、会場の様子を掌握しているのだろう。となる
と、岡本が諦めた云々と言っているのは盗聴されていることを想定したダミー情報ということになる。つまり。
諦めたというのは誤りで、本当は首輪の解析に成功したということか。解体、出来るということか。

『首輪を無効化する。電波を切る。そしたら、こっちの情報は向こうに行かなくなる』

解体ではないらしい。ただ、無効化出来るのなら爆発しない首輪なんか怖くない。もっとも、爆弾が首からぶら下がっ
ているというのは怖いといえば怖いけれど。
電波を受信できなくなるようにするためにはどうすればいいか。多分、ゴムかなにかをかませるとか、そういうことなん
だろう。ちょっとだけ解体して、絶縁体をかませればそれで簡単に無効化出来る。なるほど、簡単で素晴らしい。

『完全じゃない。だけど簡単。禁止エリアになる前にここでお前にやってみる』

僕に? 僕が、実験台ということか?

『自分じゃ出来ない。成功したら、お前にもやってもらう』

そういうことか。簡単だ。岡本が僕の首輪を無効化して、僕は岡本からやり方を教わって同じように首輪を無効化して
やればいいだけの話なんだ。簡単なことだ。
そこまでの流れで、ようやく気がついた。ここが禁止エリアに指定されるのは非常に都合がいいことに。そうなると、
他の生徒は立ち入ってこない。死亡報告が伝えられたはずの自分達が生き残っているという事実が、外部に漏れず
に済む。素晴らしい話だ。

「そういう、ことか」

「じゃ、疲れたから寝る。30分前になったら起こしてくれ。以上」

岡本はそう言うと、再び大きなあくびをした。いや、してみせた。
これまでのは全て彼による演技だったというわけだ。もしこの会話が兵士に盗聴されていたとしても、別に誰も疑問に
は思わないだろう。なんともまぁ、素晴らしい奴だった。岡本は。
寝るといいながら、岡本は工具を引っ張り出す。いよいよ、首輪の無効化がはじまるのだ。

 成功して欲しい。
 そう、僕は切に願っていた。





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