03.拉  致



 日曜日の朝。
天候に恵まれたお陰で、原田真奈(女子3番)は自転車で人気の無いアスファルトの歩道を全力で駆け抜けることが
出来た。その手首に撒きついた腕時計は、午前9時5分前を指していた。


 冗談じゃない、なんでこんな時に限って――


要するに、寝坊である。
前日に確かにセットした目覚まし時計は、見事に壊れていた。

「あーもう! 間に合わないよぉ!!」


 起床してから、真奈はこの事態に気が付いた。もう朝食など取っている時間は無い。慌しく制服に着替えると、母親
にいってきますの一言もせずに家を飛び出した。
自転車通学は基本的には認められていない。だが、そんなことはどうでもよかった。自転車を注意されるよりも、遅刻
を注意される方が嫌に決まっている。
……というわけで、真奈はしょっちゅう自転車通学をしていた。お陰で遅刻にならずに済んだ回数は2桁に上る。
勿論、その都度出来るだけスピードを出していたので、恐らく西野直希(男子5番)以外に真奈に自転車競走で勝て
る奴はいない筈だ。

急げ、急げ、急げ。
とにかくスピードを出した。と、突然曲がり角から黒い自動車が出てきた。

「わ、あわわ! 危ない!」

キキーッ、と渾身の力でブレーキをかける。立ちこぎをやめてサドルに跨り足でもブレーキをかける。その甲斐あって、
ギリギリの所で交通事故にはならずにすんだ。その自動車は気付いていたのだろうか、再び少し走ったところで、そ
の場に停まっていた。

「ふぅ……危なかったぁ」

再び学校へ急ぐべく漕ぎ出したときである。
くんっ、と体が後ろにつんのめった。そして次の瞬間。


 ガッシャン!


「あいったー!! 何?!」

強烈な力で下半身が引っ張られる感じだ。自転車ごと転倒した真奈は、打ちつけた膝を押さえながら何が起こったの
か原因を探した。
立ち上がろうとしたところで、自転車の後輪に制服のスカートの裾が巻き込まれていることに気が付いた。

「あーもう、こんなとこでぇ!!」

無理矢理にでも引っ張り取ろうとしたものの、タイヤとチェーンの巻き込み部分に裾はびっちりと絡んでいて、びくとも
しなかった。手首につけた時計の針は刻々と時を刻む。
その時だ。先程の黒い車から、同じく黒いスーツを着た男性が降りたのに気付いた。そして、じっと自分の方を見てい
ることにも。その男はゆっくりと近付いてきて、真奈に声を掛けた。

「大丈夫かい?」

優しい、声だった。ドクン、と心臓がなる。
恥ずかしかった。裾が巻き取られているせいで露わになっている太股を、少しだけ気にした。

「あぁ、スカート……絡まっちゃったんだね。取ってあげるよ」

そう言うと、いきなり男は自分が奮闘している自転車の後輪に手を付け始めた。すると、なんということだろう。するす
ると裾がほどけていき、ものの数分で体が自由になった。なんとも不思議だ。

「あ……ありがとうございます」

「いやいや、ところで君は……古川中の原田真奈さんだよね?」

唐突に呼ばれた自分の名前。思わずはい、と返事をしてしまったが、自分はこんな男性を見た覚えはない。
倒れていた自転車を立て直すと、周りには誰もいないことがわかった。妙に、静かだった。

「あの、なんであたしの名前を?」

だが、その返事を聞くことは無かった。
突然男は白いハンカチを取り出すと、真奈の口と鼻をそれで覆った。薬品の匂い。


 力を失った原田真奈を持ち上げて、男は黒い自動車にゆっくりと乗せた。
そして運転席の扉を開けると、身を乗り出して無線を取り出した。その時、男の背広から桃色のバッチが覗く。

「女子3番、原田真奈を捕獲しました」

了解、と答える声が、無線機から流れた。
男は扉を閉めると、再び車を走らせた。

原田真奈は意識を失ったまま、わけのわからない男の手によって、会場へと運ばれていった。



【残り12人】





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