05.担  任



 プログラムがはじまる前の話だ。
相変わらずの調子で終えたホームルーム。今日は土曜日ということもあって、午後がフリーな生徒達にとっては楽し
みな休日の筈だ。だが、生憎明日の日曜日は毎年恒例の卒業式の演習会だ。いくら受験が全員終わったからといっ
て、いつまでも浮かれ気分で夜更かしできるわけではないのだ。

そう、この日は、妙に静かだった。

佐藤敏夫は古川中3年クラスの担任だ。土曜日といえども早々に帰宅できるわけではなく、卒業式の準備が今の彼
の主な仕事といえる。
今朝のことだ、校長が自分を呼んだのは。自分が呼ばれることは珍しかったが、まぁ卒業式も近いし校長には卒業
証書を書かなければならないという課題もあるのだ。何かそれ関連で話があるのではないかと思い、なんの準備も
せずに校長室へと足を入れた。すると、校長は机の上においてあった紙を差し出すと、だんまりである。
紙には、卒業式の予行演習の日時が1週間早まり明日になったのでその程を伝えて欲しいとの事。これくらいのこと
ならば校長が自分の口で言えばいいだろうとさえ思ったが、別に気にも留めず、ホームルームで伝えた。
可愛い生徒達は面倒そうに返事をしていたが、この面々も後少ししか見られないのだと思うと、少し寂しくなった。

 翌日、日曜日。
校長に朝早くに呼び出される。集合は9時なので、それよりも早く来て欲しいとのこと。
その言葉に従い、校長室へと赴く。何か話でもあるのだろうかと部屋の中に入ると、多分初顔であろう紺色のスーツ
を着込んだ女性が静々と椅子に座っていた。

「古川中学3年A組担任、佐藤敏夫先生でいらっしゃいますね?」

「はぁ、といっても3年生は1クラスしかありませんけどね……確かに、私が担任の佐藤です」

「まぁ、楽にして腰掛けて下さいな」

逆三角の眼鏡。その奥に灯る瞳は全てを射抜いているかのごとく。
妙に緊張して、校長室の黒い革椅子に座る。対面すると、意外と整った顔をしていた。

「実は、先生のクラスが本年度最後の戦闘実験第68番プログラムに選ばれることになりまして、それをお伝えにあ
がりました」

校長室に校長の姿は無い。何処に隠れていたのだろうか。専守防衛軍兵士が2名、小銃を抱えて控えていた。
部屋は妙に静かで、窓に映る青空は何処までも澄んでいた。

「あの……えっと、それって……」

「すみません、申し遅れました。私の名前は道澤 静、今回のプログラムの担当です」

突然告げられた真実に、戸惑うしかなかった。
目の前に座っている女性がにっこりと微笑む。与えられた仕事はきっちりとこなす、お局タイプに見えた。

「プログラム……ですか。それは、もう決まってしまったことなんですか?」

「はい、厳正なる抽選の結果、先生のクラスが当選しました。つきましては、先生に生徒達を戦闘実験に参加させる
許可を頂きたいのですが」

その眼は、攻撃的だった。拒否することは許さないという、強い眼。
だがその奥に、少しだけ憂いを感じた。それは、躊躇か。それとも、哀願なのか。

「断った場合は、ただでは済まされないようですね」

「ええ、残念ですが……それ相応の制裁を下すことが規則になっています」

「1つだけ、頼みを聞いていただけませんか?」


 それは、賭け。
 自分の度胸を試す、人生最大の賭けだ。


「頼み、といいますと……?」

「生徒達の最期を、見せて欲しいんです」







「というわけで、この会場には特別に佐藤先生に来ていただきました……佐藤先生」

「……はい」

「これより先、先生は生徒達と話すことは出来なくなります。最後に、教室を出て行く前に、言い残したいことは?」

 ――――

「先生は、ずっとお前達が生きていたという証を最期まで見届ける。絶対に、忘れない」

流石に、頑張れとまでは言えなかった。だが、言いたい事は大体は言えた。
開催日が今日だということにまず驚かされたが、急に予定が1週間早まった事実を考えると、頷ける。こんな風に、思
考が冷静に働いてしまうのが、辛かった。
室内にいた兵士に先導されて、部屋を後にする。後ろから先生、と叫ぶ声が聴こえたが、それを沈める為だろうか、
銃声が室内に響き渡っていた。これは威嚇だ、まさか、殺しはしないだろう。

 特設のモニタールームに入ると、生徒のデータを忙しくキーボードを叩いて入力している青年がいた。その青年は私
の顔を確認すると、隣に座るよう言った。その通りにすると、手を一旦止める。

「佐藤先生、でしたね? 貴方が言った先程の言葉通り、最期まで生徒を見届けて下さい」

「……覚悟は出来てます」

青年はうん、と大きく頷くと、少し愁いを帯びた笑みを浮かべた。
はだけた上着の間から、ネームプレートが見えている。

「そして、生徒一人ひとりの事を、絶対に忘れないでやって下さい。いつまでも、心の中で生かしてやって下さい」

それだけ言うと、また青年はモニターとにらめっこをしていた。
よく働く青年、そのネームプレートには、苗字であろう『寺井』とだけ、読めた。



【残り12人】





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