07.連動制度



 原田真奈(女子3番)は、目の前で起きた突然の惨事を、ただ黙ってみることしか出来なかった。
自分達の学級委員である篠塚晴輝(男子3番)が必死に反抗した。あと一歩で本当にあの道澤と名乗った女の人を
倒せたかもしれない。だけど、そのあと一歩のところで、駄目だった。


 あたし達は何も出来なかった。
 彼が、命がけで、頑張ったのに。


無力な自分が憎かった。何も出来なかった自分自身の弱さが恨めしかった。
窓際の床に倒れた篠塚の死体。眼を逸らすことなんてできなかった。したくもないのに、嫌なのに、目は自然とそちら
の方を向いてしまう。全身に細かい穴を空けて、篠塚はピクリとも動かなかった。
でも、死んでいるんだという考えが出来なかった。死体なんて見たこともないし、ましてやそれがクラスメイトの者だな
んて、想像できなかった。
篠塚の体の穴という穴から出てくる紅くドロリとした液体。そこから臭ってくる血臭が漂う。
体が震えだした。反抗したら、殺されるのだと。反抗なんて、出来ないのだと。

なんてことはない。佐藤先生は、この人達に脅かされたのだ。きっと、ついてこなければ殺すとでも言われたのだ。あ
たしたちが参加することを許可してくれたのだって、脅かされたからなのだ。
そう、逆らえば、この篠塚のように殺されるだけなのだ。容赦なく、全身を貫かれて。
狂いそうだ。吐き気がする。逃げ出したい。でも、叶わない。

「はい、それでは、ルールを説明します」

部屋は不思議と静かだった。誰も叫び声をあげることはなかった。
殺される前の篠塚の絶叫が恐ろしすぎたのか。死に対する恐怖なのか。それとも。

「先程も言いましたが、殺し合いをしてもらいます。最後の一人になるまでです。反則はありません」

殺し合い。たった5文字の単語。それが、自分達を縛り付ける魔法の言葉。
これから自分達は、この単語の呪縛に取り付かれ、殺し合いをするのだろう。最後の、一人まで。

「……というのが今までのルールでしたが、今回は今までのものとは若干違う箇所があります」

そこで、場の雰囲気が少し変わった。
今までと違う。それは、どういうことだろうか?

「簡単に言うと……今回生き残ることが出来るのは二人です。場合によっては、一人の可能性もありますけどね」

「二人だと? 最後の二人なのか?」

こういう場でも、しっかりと自分の意見が言えるのは加藤秀樹(男子1番)だ。一見おっとりとしたその表情に騙されて
はいけない。実際はとんでもない度胸の持ち主なのだ。
事実、加藤は私でも無理だろうと思っていた有名私立を狙っていた。どう足掻いても無理だといわれていた。模試判
定も最低だった。だけど、試験直前に異常なまでの努力を見せた。周りからどんなに指図を受けても、絶対に曲げな
かった。そして、なんとそのまま合格してしまったのだ。

「うーん、一応最後まで残ったペア……ということになるわね。つまり、今回のプログラムはペアバトルです」

「ペアバトル……?!」

「そ、ペアバトル。二人一組になって殺し合いをしてもらいます。最後のペアが優勝って事になります」

ペアバトル。つまり仲間と一緒に殺し合い。
嫌だ、嫌だ。殺し合いなんて、やりたくない。絶対に、嫌だ。

「それとここが何処かということも言っておかなきゃね。ここは耶馬山。みんなも聞いたことあるんじゃないかな。耶馬
山の一角を切り取ったここが会場になってます。1キロメートル四方の広さですので、十分大きいと思います。その中
で自由に殺しあって下さい」

そう言うと、道澤さんは机の中から模造紙を取り出した。そして、後ろの壁に画鋲で端の4箇所を全て固定すると、マ
ジックペンを取り出して握った。
模造紙には方眼が描かれていて、縦横各5マスずつ、計25マスが書き込まれていた。

「これが会場の形です。この升目はエリアといって、それぞれ上からA=1、A=2……次の段はB=1、B=2……と
いうように、全部でE=5まで25エリアに分かれています。そして、今皆さんがいるこの山小屋の位置はここ」

ペンで中央やや左よりの升目にペンで大きく星印を書き込む。

「C=2に今皆さんはいます。よーく覚えて下さいね。地図は出発するときに渡しますので、そちらの方も参考にして
下さい。それから、このC=2というエリアは、皆さんが出発してから20分後に禁止エリアということになります。そち
らの方も忘れないで下さい」

聞きなれない単語が続出する。忘れてはいけないのだけれども、集中できなかった。

「禁止エリアというのは、入ってはいけないエリアのことです。つまり、皆さんが出て行ってから20分後、この山小屋
のあるC=2には立ち入ることが出来なくなります。もしも立ち入ってしまった場合は」

一瞬だけの沈黙。

「皆さんに事前に付けさせて頂いたその首輪が、爆発します」

その言葉は、全員を震え上がらせた。隣で弱々しく座っていた高橋 恵(女子2番)が、泣きそうな顔をしてあたしを見
た。吉田由美(女子5番)は、そこで初めて首輪の存在に気付いたのか、すぐに首元を押さえて、その存在を確認し
たのだろう、へなへなと力が抜けたように放心していた。

「無理に外そうとしても爆発しますから、下手なことは考えないように。この首輪は発信機にもなっていて、皆さんが
生きているのか死んでいるのか、また会場内の何処にいるのかを私たちのいるここ、本部に電波で送信してくれま
す。そして、皆さんが禁止エリアに入ると、自動的に爆発する仕組みになっています。会場の外も禁止エリアと同じ
扱いです。逃げ出すことは出来ません」

次々と潰されていく逃げるという選択肢。それを聴く度に絶望感は増え続け、そしてあふれ出す。

「毎日零時と六時の計四回、放送を流します。その時に、禁止エリアの追加分を放送しますので、必ずメモを取るこ
と。わかりましたね。禁止エリアは基本的には2時間に1箇所ずつ増えていきます」

それだけ、行動できる範囲も少なくなるのだ。必然的に、殺し合いが進行するように。

「それから、24時間誰も死亡しなかった場合は、そこで試合終了です。全員の首輪が爆発し、ゲームオーバーという
ことになります。つまり……」

再び、沈黙。

「貴方達は、殺し合いをするしかありません」

誰も、何も言えなかった。
突きつけられた現実。どうすることも出来ない未来。それに対する絶望。
全てが入り乱れて、どうすればいいのかなんて、考える能力さえ奪われる感じだ。そう、即ち洗脳。殺し合いをしなけ
ればならないと言われ、実際にそれしか生き残る術は無く、だから殺し合いに参加してしまう。嫌だとかいう考えも出
てこなかった。ただ、殺しあわなければならないのだと、思い知らされた。

「それから、もう一つ。このゲームには、もう一つだけ特別なルールがあります」

もう、反抗も出来ない。ただ、聞くことしか出来ない。

「今回はペアで行動してもらいますが、もしもペアが死亡した場合、もう一人のペアにはペナルティが与えられます。
そのペナルティを回避する方法は二つ。一つは、自分のペアを殺した相手を自分の手で殺すこと。もう一つは……自
らの手でペアを殺すことです」

背筋に悪寒が走った。殺す、自分の手で、ペアを組んだ相手を殺す。
そうすれば、ペナルティというものが与えられなくてすむというのだ。こんなに、おいしい方法があるだろうか。
だが逆に、逆に考えるとだ。自分はペアに背中を見せられない。もしかしたら、相手だって同じ事を考えているかもし
れない。相方が信用できないなんて、そんな、そんな。



  ピ……、ピ……。



その時だ。かなり近くで、頭に響く耳障りな電子音が部屋に響き渡った。
1秒ごとに規則的に鳴るそれは、頭の中に残りそうなリズムで、だが不快だった。好きになれない音だった。

「なに……何の音よ?」

「な、なんだよこれは……携帯か?」

「……ま、真奈!? その首輪……!!」

次々に言葉を発し始める生徒に混じって、由美があたしを指差した。
その指先にあるのは、私の顔ではなく、首元。即ち、そこにあるものといえば。
あたしは、いてもたってもいられなくなった。

「あたしなの?! ねぇ、どうなってるの?!」

「なんか……光ってる……!!」

「はいはーい、ちょっと注目してね。それではペナルティを発表する前に、ペアの相手を教えまーす」

パンパンと手を叩き、道澤がみんなの視線をそちらに向けさせる。
あたしも何がなんだかわからず、絶え間なく自分の首元から発せられる電子音がただ、不気味だった。

「ペアは簡単です。出席番号で組んでもらいます。それで、男子は2人多いよね。そこは三島君と森川君でペアを組
んでください。それでは、ペナルティの発表です」



  ピ。 ピ。 ピ。 ピ。



電子音の間隔が早くなる。首元からひたすら鳴り続けているその音は何故か圧迫感をあたしに与える。
息苦しい、そう思い始めた。首をしめられている感じだった。

「ペアが死亡してから5分後、つまり首輪が鳴り始めてから1分後に、首輪はドーンと爆発します」

あたしは、意味を理解する前に反射的に立ち上がった。
死んだ篠塚の出席番号を思い出す。確か、篠塚は3番の筈。そう、あたしと……。

「嘘……嘘でしょ???」

「ですから、ペナルティを解除する為には5分以内に行動して下さい。というわけで、原田さん。お気の毒ですが、貴
女の命はあと30秒足らずです。ごめんなさいね、でも、運命だと思って諦めて下さい」

「真奈ぁ!!」

ぎこちない動きで、ゆっくりと後ろを振り向く。そこには、おどおどとした眼で自分を見つめる、親友である由美の姿が
見えた。その瞳には、赤い光が見え隠れしている。恐らく、電子音にあわせて首輪が赤く光っているのだ。
何かが自分の中を駆け抜けた。

「いやぁぁぁぁぁあああああああっっっっ!!!」

「皆さんは気をつけたほうがいいですよ。この首輪は試作品ですから、爆発の規模がどのくらいか実はまだ把握でき
ていません。真奈さんが爆発したときに近くにいると……大変なことになりますよ?」

その言葉が聞こえた途端、由美が後退りを始めた。
それが、信じられなかった。あたしを、おいていくなんて。

「嫌、嫌、嫌ぁぁっっ!! 死にたくない、まだ死にたくないよ!! 助けて、ねぇ、誰か助けて!!」

「やだ! あたしだって死んでたまるかぁ!! あっち行け、あっち行けよ!!」

それは、鮮明にあたしの耳に響き渡った。聞いたことも無い由美の罵声。あたしに向かって、あっちに行けと言い放っ
たのだ。そう、それは即ち。
篠塚は最後まで自分が死ぬなんてわかってはいなかった。だけど、あたしは死を宣告されている。



  ピピピピピピピピ。



「そんな……嘘でしょ?! 由美、あたしを助けてよ! なんとかしてよぉぉぉ!!」

由美に抱きつく。そしたら、由美はあたしを蹴り飛ばした。電子音が早まる。あたしは突き飛ばされて、そして突き放
されて、後頭部から床に転がり落ちた。鈍い痛み、だが、電子音は鳴り続ける。死の宣告は、やまない。

「だぁぁぁぁあああああああっっっ!!!」

あたしは、咆哮を上げた。ただ、絶叫した。喉が枯れた。だけど、叫んだ。

「ああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!!」

頭の中はぐちゃぐちゃだ。死ぬんだ。あたしは、みんなに見放されて死んじゃうんだ。
嫌だ、死にたくない。だって、あたしはまだ生きたいんだ。こんなとこで死ぬべきじゃないんだ。

「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!」

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死
ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタ
クナイ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌死死死死死死死死ぬ。









  ピ――――――――。










「うわぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっっっっ!!!!」

あたしは、駆け出した。おきだして、駆けた。
何処へ行こうとも構わない。逃げ出したい。どこか、安全なところへ。爆弾の無いところへ。
爆弾は、自分の首元にぶら下がっているのにだ。

















 まだ、生きたかったのに。
 みんなに見放されて、あたしは死んでいい存在なんだとわかって。



















 誰も、あたしを助けてくれなくて。



























 爆発音が聴こえたと思ったときには。
 既に、あたしは、もう。






























  女子3番  原田 真奈  死亡



【残り10人】





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