09.相  棒



 運命共同体。相棒が死ねば、自分も死ぬ。
 ならば、自分はどうすればいい??



 東雲泰史(男子4番)と松岡圭子(女子4番)のペアが出発して、ますます心臓はバクついた。
どうすればいいのかなんて、わからない。簡単な解決方法はある。だけど、それは上手くいくとは限らない。いや、む
しろ自分の首をしめかねないのだ。それだけ、その方法は危険なのだ。



 そう、相棒を、この手で殺すなんて。



森川 勇(男子7番)は、もともとは平凡な普通の男子中学生だった。
だから自分はこのまま平凡な人生を送って終わるのだと考えていたし、疑いもしなかった。そう、あの日までは。


 あの日は、いつも通りの塾からの帰り道。勇は、繁華街をぶらぶらと歩いていた。最近どうも勉強が身につかない、
いくら頑張っても成績が上がらない。いわゆるスランプという時期だ。
次第に彼のストレスは溜まり、発散する為に少しだけ寄り道をして、いつもは通ることの無い繁華街をぶらついていた
のだが、運の悪いことに肩がぶつかったということで不良に絡まれてしまったのだった。

「よぉよぉ、お前さぁ。そ〜れはないんじゃないのぉ?」

「自分からぶつかっといて謝りも無しかよぉ、ぁあ? ちいと、顔貸して貰おうか」

嫌だ、嫌だ、嫌だ。こいつらは屑だ、塵だ。こいつらの相手なんかしてらんねぇ。早く家帰って、勉強しないと。今日の
復讐しないと。成績が上がらない。畜生、邪魔だ、どけ、失せろ、バカ。
無視して先に進もうとすると、いきなり背中を蹴りこまれた。一瞬息が詰まり、咳き込む。

「……ってぇなぁ。何すんだよ、邪魔なんだよ、あっち行ってろよ」

それだけ言うと、再び歩き始めた。怒りは頂点に達した。勉強の出来ない不満が、いつしか勇の中に不穏な心を与え
ていた。そして、渦巻いていた。
絡んできた男の1人が、後ろから勇の襟首を掴んだ。

次の瞬間、男は後ろに吹っ飛んでいた。勇の、振り向き様顔面パンチを食らって。
完全に無防備だったもんだから、そのまま男はよろけて路地裏のゴミ箱に突っ込んでしまった。派手な音を立てて、
周りにいた人が何事かとざわつき始める。

「て……テメェ?!」

2人組みのもう1人が勇に殴りかかってきた。だが、大降りのそれはとてもまともに受けることなど出来ず、そのまま
股間を蹴り上げる。男はその場に蹲り、悶絶していた。一撃で決まった。

「あーハイ、やめやめやめー」

もう二度とこんなことしないようにさらに痛めつけてやろうとしたところ、唐突に隣から聞き覚えのある声が聴こえた。
振り向くと、同じクラスの三島幸正(男子6番)がいた。眼鏡をかけているその姿は一見秀才に見えたが、その奥に灯
っている瞳は危ない色に染まっていた。
なるほど、相当この繁華街には通いなれているといった体である。

「あ……、お、お前は……!」

男は三島の顔を見ると、一瞬だけびっくりとした表情を作った。当時、まだ勇は三島の顔の広さを知らなかったもの
の、この繁華街の不良どもの間では有名なのだと、雰囲気で感じ取った。

「よぉ、こいつに手ぇ出しちゃやばいよぉ。これさ、俺の同じクラスのダチなんだけどさ、空手3段なんだよねぇー。無理
して絡んで、骨折させられても知らないよぉ〜?」

「な、なぁんだ。マサの知り合いだったのか。わ、わかったよ。やめるよ、じゃな!」

そして、あっという間に消えてしまった。勇は少し残念な気もしたが、だが別にあいつらに構っている時間も無いの
だ。放っておいて、先を急ぐことにした。すると、三島が慌てて後を追いかけてくる。

「おーい、待てよぉ!! ちょっとだけ話、してくんねぇか?」

「……別に、何も話なんか。大体なんだよ、空手3段って。ウソついていいのかよ?」

「いいっていいって。そうでも言わなきゃあいつらに執拗に襲われるぞ。あの手のバカは弱い者いじめは好きだから
な。強いって事を知らしめなくちゃぁ。それよりさぁ……」

「ぁん?」

「お前……って、喧嘩強いのな」

その眼に宿る何かを勇は感じ取った。手首につけた時計を見る。なに、少しだけなら大丈夫だ。
黙って近くの市営公園に入り込む。ホームレスが1人うろついていたが、気にも留めずにベンチに座り込んだ。

「……何の、用だ?」

「少しだけ、話がしたくなったんだ、お前と」



 それが、三島幸正という男との最初の交流だった。不思議なことに、その日の夜からは勉学に驚くほど集中できる
ようになった。スランプも終わり、勉強に勤しむ毎日。だが、三島とは交流を続けた。そして、気が付けば、三島の周
りにいた熊田健人(男子2番)を始めとする他のクラスメイトとも親しくなっていった。小学校の頃は、あまり友達と呼べ
る存在などいなかったというのに。
お陰で、中学時代は楽しかった。三島がいたから、自分は変わることが出来たのだ。

 だけど。

今は、そんな美しき日々の記憶など、何処かに葬り去られていた。記憶の欠片も、無かった。
ただただ、ペアの三島が怖かった。

「じゃ、次。5番ペア出てってね」

道澤の声が室内に響き渡る。既に西野直希(男子5番)は覚悟が出来ていたのだろう。何も言わずにゆっくりと立ち
上がると、同じように立ち上がった吉田由美(女子5番)を連れて、デイパックを受け取っていた。吉田は振り向くと、も
う一度だけ床に転がる原田真奈(女子3番)の無残な死体を見た。そして、ふっと振り返ると、小走りで出て行った。
そう、あの吉田も、親友の原田を最後に見捨てた。
吉田が見捨てたんだ。自分なんて、果たして共に生き残る価値があるのだろうか。
部屋に残っているのは道澤と小銃を抱えた兵士2人。そして、三島幸正。
すぐ傍に座っている三島の顔は、不思議だった。なんとなくそれは、笑みを含んでいるような気がしてならなかった。
まるでこれから起こる殺し合いを、楽しむかのように。
手首につけた時計の針は刻一刻と進む。それに伴い、自分の心の鼓動も大きくなっていくのがわかった。




 三島が、怖かった。
 何を考えているのかわからないから、不安だった。




 殺すしかない。




 そう、自分が三島に、殺される前に。






 信用したら、裏切られる。プログラムとはそういうものだ。
 自分が死んだら、巻き添えを食らうのは三島。果たして彼は、そう易々と自分の死を受け入れるだろうか。
 だから、殺すのだ。自分を、殺すのだ。







 だから。







 殺すしか、ないんだ。
 自分が殺さなきゃ、三島に殺されるんだ。










 殺らなきゃ、殺られるんだ―― 。










「それじゃ、最後。三島君と森川君。出発だよ」

道澤の声。それは脳内に反響し、心拍数を上げた。
自分の意思に反して、勝手に体が動き出す。三島はそんな自分を見てにっこりと微笑むと、鋭い目つきになって自分
を見据えた。それは、鷹の目。獲物を狙う、奪う側の眼。

三島が先にデイパックを受け取る。続いて、自分もデイパックを受け取る。重い。
三島が先に部屋を出て行く。続いて、自分も部屋を出て行く。寒い。
三島が少し歩いたところでデイパックを開ける。続いて、自分も少し歩いたところでデイパックを開ける。そっと。

一番上に安置されていたのは、拳銃。予備の弾が入った箱もある。そして、既に装着されている弾。撃鉄を起こして
撃てば、すぐにでも三島は。

三島はデイパックを閉めると、再び歩き出した。
続いて、自分もそっと拳銃、ベレッタM92Fを右手に握ると、音を立てずにジッパーを閉める。そして、再び歩き出す。



 殺せ。
 さぁ、殺せ。



ベレッタが、自分にそう叫ぶ。胸が、熱い。



 撃て、撃つんだ。
 早くしないと、あいつも武器を持っているかもしれないぞ。


 さぁ、撃て。撃て! 撃ち殺せ!!



ゆっくりと、撃鉄を上げる。意に反して、ゆっくりと腕が持ち上がる。
もう、殺していいのかとかいう迷いはいらない。目の前にいる者を倒してしまえば、もう恐れる者はいない。
自分は、楽になれる。





 撃つ。殺す。





引き金に力を込めようとしたときだ。突然、前にいた三島が振り向き、そして右手の拳を全身を捻らせながらグーから
パーの形にした。次の瞬間、眼に強烈な痛みを感じる。
熱い、熱い、熱い。その粉末は、眼が火傷するくらい熱いそれをもたらした。思わず呻き声を上げて、両手で両目をこ
すろうとする。何も見えない、何も聴こえない。パニック状態だった。
そして、唐突に横から体当たりされて、勇は為す術も無く転倒する。右手からベレッタが放れる。

眼が、辛かった。ひりひりとする痛みをこらえて、必死に眼をこじ開ける。
そこには、ベレッタを自分に向けて構える、三島の姿があった。

「み、三島……何を」

「ん? あぁ、その粉? 七味唐辛子だよ。多分、俺の武器」

額から汗が滲み出る。
やばい、この状況は、危険だ。

「ひどいな、お前。折角ペアになったのに、裏切ろうとするなんて」

「な……?!」

「俺が裏切るとでも思ったの? お前にとって俺は、その程度のものだったのか?」

違う、嘘だ。
お前は、やる気だった。でなきゃ、あんな眼を出来る筈がない。
お前はただ俺を殺す口実にしているだけだ。

「仕方ないよね、もう。お前は、俺を信用していない。ペア、決裂だ」

「違うな」

「……違う?」

「お前も、本当はやる気だったはずだ。その気になったら、お前はいつでも殺す気でいたんだろう。だから」

「もういいよ。俺は、自分がわからない。もしかしたら、お前を殺そうと思っていたのかもしれない。本当は、殺し合い
なんてしたくなかったのかもしれない。だけど、もういいや」

絡み付いても、絡み付いても、解きほぐされる。
そんな、虚無感。

「結果的に、お前は俺を殺そうとした。だから、俺がお前を殺しても文句は言えない筈だよね」

そして、ふいに訪れる死への恐怖。
三島の宣告が聞こえた瞬間、先程までの自分が甦ってきた。死にたくないという、自分の心の中の恐怖が。




 タァン……!!



だが、その恐怖が甦った瞬間。
篠塚晴輝(男子3番)のように痛み、苦しみ、悶えながら死んだわけではない。
原田真奈のように、死を宣告されて、裏切られ、絶望の果てに死んだわけでもない。

ただ、『死』を感じた瞬間、森川勇は散った。







 殺すとか殺されるとか、そういうのはどうでもよかったんだ。
 ただ、自分の自由が縛り付けられている、それだけが……気に入らなかったんだ。





  男子7番 森川 勇  死亡



【残り9人】





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