13.親  友



 お前は、たしかに俺の親友だ。それは、紛れもない事実。
 だけどな……これは、プログラムなんだ。


 加藤秀樹(男子1番)は、冷めた表情をして、展望台の入口の扉を見つめていた。
そこに現れる親友に待ってる結末を考えると、少しだけ、憂いの表情が顔に浮かんだ。ふぅ、と息をつく。出来ることな
ら、来て欲しくはなかった。
だけど、誘ったのは俺。ここに来るように言ったのは、俺。悪いけど、俺は。


 トントントン。


「加藤君、いるの? 加藤くーん」

木製のドアをノックする音が聴こえる。その外側から聴こえてくる声は、親友ではなかった。
だが黙って立ち上がると、そっとドアの鍵を開ける。扉をそっと開けると、そこには2人の男女がいた。

「あぁ、よかった。やっぱりいたんだ」

「秀樹……よぉ、しばらく」

黙って、俺は笑みの形を浮かべた。2人を歓迎するよと言わんばかりに。
親友である東雲泰史(男子4番)は、ペアである松岡圭子(女子4番)に支えられて、慌しく入ってきた。2人とも入っ
たことを確認すると、俺は再度扉の鍵を閉めた。

「よかった、本当に来てくれたんだ。心配してたんだぞ」

そこだけは、感情が篭っていた。今の泰史はあの部屋を出発したときについていた右足の傷だけでなく、右腕にも傷
があるように見受けられた。どうしたのかと心配していると、松岡が言った。

「あのね、ヤス君の怪我のことなんだけど……。熊田君に撃たれたんだ」

「熊田に? 右腕をか?」

「うん。それで……私、熊田君を」

「圭子」

苦しそうな顔をしながら、泰史が圭子をなだめる。だが、圭子は「言わせて」と言い、続けた。
まぁ、大体の予想は付いていたのだが。俺は冷静だった。冷めていた。

「私ね、熊田君を殺したの。かっとなって……つい。そして、同じように襲ってきた恵も……私が」

「そのマシンガンで、か」

先程から気になっていた松岡の傍ら、ソファの上に置いてあるマシンガンが、気になっていた。
俺の武器なんか比にならないくらいの当たりだった。

「そう。私さ、もうどうしたらいいのかわからなくなっちゃって。恵、助けを求めてたのに……」

「……疲れてるんだろう。ゆっくりとしていけよ」

あえてその相談に乗ることもせずに、俺は淡々とそう言った。ある程度の感情を籠めるのは、忘れなかったが。
松岡はマシンガンを再び首から吊り下げると、少しだけ恥ずかしそうに言った。

「あの……加藤君。おトイレって……ここある?」

「……部屋を出て階段の奥だ。階段を上がれば、見張りの大沢がいる」

「そ。ありがと」

よほど我慢していたのだろうか。デイパックをその場に置いたまま、松岡は慌しく部屋の奥へと出て行った。突然訪
れたこのチャンスに、少しだけ俺は狼狽した。どうやって2人きりになろうかと考えていたのに、至極呆気なかった。

「秀樹……」

「痛むのか、まだ」

「僕、頼りないよね。圭子に助けてもらってばかりなんだ。本当は僕が圭子を守らなきゃならないのにさ、もうこの怪我
じゃ、どうしようもなくって。ホント、情けないよ」

「仕方ないさ。松岡は、あのマシンガンを支給されたのか?」

そんな話はどうでもよかった。早く、あの女が戻って来る前に、なんとかしないと。
だから大沢の事だって言ったのだ。あの大沢と松岡が話をするとは思えなかったが、挨拶くらいはしに行くだろうと見
込んでのことだった。

「あ、うん。びっくりしたよね、あんな凄いものまで支給されるなんて」

「お前は何だったんだ?」

「え、あ、僕? ただのアーミーナイフだったんだ。あ、秀樹は何だったの?」

ズボンに差し込んであったナイフを取り出してこちらに見せる泰史。
全く、こちらのことなど警戒もしていなかった。それだけ俺を信用しているのだ。だけど、俺は。

「俺か? 俺はなぁ……」



 俺は、お前を。






 裏切るんだ。






ポケットに入れておいたそれを、素早く取り出して電源を入れる。蓄積された電量を、泰史の首元に押し付ける。バチ
バチバチと激しい音がして、泰史が悲鳴をあげる。だが、その口を左手で塞ぎ、音が洩れないようにする。

「ひ……秀樹……!!」

傷口が再び開いたのだろう。右腕から、血が流れ始めていた。
だがそれも気に留めず、泰史が取り出したアーミーナイフに持ち代える。

「俺の武器は、スタンガンだったんだ」

「どうして……?!」

「どうして、信じていたのに……か。仕方ないよ。俺はこのゲームに乗った。だからお前を騙してここまでやってこさせ
て、俺がお前を仕留める。それだけだ。生憎武器がはずれだったんでね、ちょっと乱暴になったけど仕方ない」

「そんな、嘘だろ? 秀樹は、僕を信用してくれたじゃないか」

「ああ、信用した。お前は絶対にプログラムに乗るような奴じゃないとね。お前は優しいやつだよ、まったく。本当に、
俺の思ったとおりの奴だった」

「僕を、ずっとそんな風に思っていたのか?」

「いや、そうじゃない。お前は俺の大切な親友だよ。ただ、今は違う。今はプログラムだ。最後の1組が決定するまで
は、お互いに殺しあわなきゃならないんだ。それがたとえ親友であろうとも、な」

「ひどいや……僕は、ずっと信じてたのに。秀樹を、信じてたのに……」

泰史の瞳から、涙が粒となって流れ落ちた。本当に、悲しそうな眼をしていた。
俺は、その純真な眼を見つめ、そして歯を食いしばった。本当なら、こんなこと、しなくたってよかったのに。
だけど、俺は。



 ズブリ。



「はっ……はっ……はっ……」

息苦しかった。喉元にアーミーナイフを挿した瞬間、一瞬息を詰まらせた泰史。ナイフを引き抜くと、そこからシャワー
のように血が、泰史の命が吹き零れていった。
泰史が手を、天に向けて上げる。目は虚ろで、焦点が合っていない。
そして、地に落ちた。

「畜生……、なんで俺は」

悲しかった。殺すと決めたのに。生き残る為に、殺すと決めたのに。
なのに。なのに。なのに。

後に残ったのは、虚無感だけ。罪悪感だけ。絶望感だけ。
何も得るものなんかなかった。何も、希望に満ちたものなんか残らなかった。
大切なものを自ら奪って、そして己の首をしめて。

扉が、開いた。
そこに、立っていたのは。

「松岡……」

「…………嘘だ」

目の前にいる親友は、ピクリとも動かない。ただの『物』と成り果てていた。
松岡は、その恋人を見て、狂った。そうとしか、いえなかった。眼は血走り、髪は乱れ、そして、その手には。

「嘘だ嘘だ嘘だ……嘘だぁぁぁぁぁあああああっっっっ!!!!」



 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……!!!



マガジンに搭載されていた弾が全て吐き出された。
カチン、と悲しげな音が鳴り、その場は静寂に包まれた。






















  そして、俺は。






























  何処へ。






























  男子1番 加藤 秀樹
     4番 東雲 泰史   死亡



【残り5人】





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