17.始  末



 空白の5時間。
 その間に、俺がやってきた数々の出来事。


 西野直希(男子5番)は、大胆な男だった。多分なんとかなる、それがモットーだった。
長い人生、色々な困難が待っているとはいえ、そう深刻になることは無いと考えていた。何故なら、大体の悩みは、
気が付けば忘れてしまっているから。気が付いたときには、いつの間にか解決しているものなのだから。だからその
為に、少し大胆でもよりプラスになる行動をするのが、大切だと考えていた。
だが、このプログラムは違う。なんとかなるなら、こんなに苦労なんかしない。なんとかならないからこそ、いつも以上
に頑張らなければならないのだ。
そこで俺が考えた大胆だけど生き残る確率があがる方法。それは、武器をかき集めてくることだった。流石に、いくら
なんでもペアの吉田由美(女子5番)のフォールディングナイフや俺に支給された日本刀だけでは心許ない。
俺たちに襲い掛かってきた三島幸正(男子6番)は銃を持っていた。それが彼自身に支給されたものなのかどうかは
わからない。もしかしたら殺した相手が持っていたものなのかもしれない。だけど、少なくともあの時は痛み分けで済
んだが、今度はそうもいかないだろう。実際、三島に撃たれた左肩は酷く痛かった。動かすのに支障は無く、またあ
の出血にも拘らず比較的簡単に血が止まってしまったので、とりあえず持っていた絆創膏を貼って、雑菌が入らない
ようにしておいた。
まずは吉田を探さなければならないとは思ったが、あの女のことだ。性格から考えれば、じっと何処かに隠れ潜むに
違いない。意外とすばしっこい一面もあるし、そう易々と死ぬことは無いだろう。一通り会場を歩き回ったら、別れたあ
の場所へと戻ればいい。きっと、戻って来る筈だ。

そうと決まれば、早速俺は歩き始めた。まずは一番最初に禁止エリアに指定されたD=2だ。深い茂みの中では勿
論何も見つけることは出来ずに、結局禁止エリア指定10分前に脱出した。そのまま北へ進み続けて、今度は出発し
て幾分経った後に聴こえた銃声の方へと進む。日本刀はいつでも抜けるようにしておいた。勿論出発地点は禁止エ
リアになっていたので、ある程度考慮して会場の中心へと向かう。
そこに、探していたものがあった。
2つの死体があった。一つは顔面がつぶれていて確認できなかったが、その巨体から想像できる男子といえば熊田
健人(男子2番)くらいしかいない。近くにはデイパックが2つ転がっていた。中身を漁ったが、武器は出てこなかった
ので、水や食料だけ移して、後は放置した。
もう一つは、その丘陵になっている地形の下の方に転がっていた。喉元がばっくりと裂けた死体。その凄まじい形相
は見るに耐えがたかったが、その顔から熊田のペアである高橋 恵(女子2番)だとわかった。つまり、連動制度だ。
熊田が死に、そして高橋の首輪も爆発した。誰が熊田を殺したのかはわからないが、あのマシンガンで熊田はやら
れたのだろう。
と、高橋の死体は何かを握っていた。無理矢理拾い上げる、それはチーフススペシャルという拳銃だった。妙に出っ張
ったポケットを漁ると、その中には折り畳み式ナイフも入っていた。ふと気になったので、再び熊田の死体をよく調べる
と、最初は気味悪がって調べもしなかった学生服のポケットに、予備マガジンが入っていた。さらに放置したデイパッ
クを調べると、底の方にあって気が付かなかったが、弾も30発入りの箱が見つかった。
思わず笑みがこぼれ出る。やはりやってみるものだ。案の定、当たりに属する武器を難なく手に入れることが出来た
のだ。これほどおいしいことはない、そう思った。

その後だ。展望台の方から、熊田の命を奪った物と同じ銃声が響いてきた。チャンスだ、もしかすると、また武器を回
収せずに何処かへ去るかもしれない。そう思って、またも大胆だが、俺は展望台へと向かった。勿論自分まで襲撃さ
れるのを恐れて、充分に時間が経過してから中に入ったのだが。
中は悲惨な状況となっていた。喉元を切られた東雲泰史(男子4番)の痛々しい死体。アーミーナイフを持ったまま首
輪が爆発して死んでいた大沢尚子(女子1番)の哀れな死体。そして、全身に穴が空いていた加藤秀樹(男子1番)
の無残な死体。
武器はアーミーナイフしか見つからなかった。もしかすると、犯人が持っていったのかもしれない。そう、犯人とは即ち
松岡圭子(女子4番)のこと。これでマイナス3人、残りは三島と松岡、そして俺達ペアだけ。
まぁいい。俺は勝つ。日本刀と銃で、三島と松岡の2人を始末する。そして、ゲーム終了だ。

もう後は探しても出てこないだろうと踏んで、元の始まりの地へと戻った。まだそこに吉田の姿は見えなかったが、わ
ざわざ探しに行こうとも思わなかった。じっと待つ、それが安全策だった。勿論、まだ生き残っている2人のうちどちら
かが現れたら、始末するつもりだったが、生憎そのような都合のいいことはなかった。
放送30分前だ。松岡のマシンガンが、再び火を吹いた。結構近い。襲われている人物が吉田である可能性は五分
五分。少しだけ、不安になったので、武器だけを持って移動を始めた。
数分後、再びマシンガンの音が響き渡った。嫌な予感は、確信へと変わった。もしも襲われているのが三島なら、別
の銃声も聴こえている筈だ。となると、襲われているのは。
舌打ちをして、銃声の下方向へと赴こうとしたときだ。ふいに、茂みの中から女子生徒が姿を現した。そして、背後を
気にしながら、きょろきょろと辺りを気にしている。そして、納得したように頷くと、再び歩き始めようとしていた。

「吉田」

名前を呼ぶ。辺りを警戒していたからか、そんな小さな声でも彼女はすぐに反応した。
そして、振り向いて俺の姿を確認するや否や、その場に崩れ落ちた。

「西野君……」

おいおい、勘弁してくれよ。ここからが正念場なんだぜ。
こんな所で疲れられたらたまらない。そう思いつつ、俺は近くの茂みへと彼女を連れ込んだ。

“午後6時でーす。それでは、2回目の放送をしまーす”

折り良く、とでも言えばいいのだろうか。道澤の声が、会場内に響き渡った。
慌てて地図を取り出す吉田。だが、俺は既に死者が誰だかわかっている。

“まずは死んだ友達の発表です。男子3番 東雲泰史君、1番 加藤秀樹君、女子1番 大沢尚子さん。以上の3名
です。これで残りは4人となりましたー”

「やっぱり……ケイちゃん、もう……」

吉田が傍らでそう呟いた。だが特に気に留めることもなく、ペンで地図に書いてある名簿に取り消し線を引いていく。

“続いて禁止エリアの発表です。7時からB=2、9時からC=3、11時からE=4がそれぞれ禁止エリアになります。
大分多くなってきたね。もうこの6時間で決める気で行って下さいよー”

元から禁止エリアだった部分を含めると、大分行動が制限される。会場は主に2つに別れ、ちょうどこのE=2は通り
道となる。なるほど、これで嫌でも戦闘を起こそうという寸法か。

“それでは、また6時間後。頑張って下さいねー”

ブツッと放送が途切れる。
最初に口を開いたのは吉田だった。

「あたしね、ケイちゃん……松岡さんに襲われたの」

「松岡に? さっきの銃声か?」

黙って、吉田は頷いた。なるほど、よく生き延びてくれた。
少しだけ、吉田が偉いと思った。そう、あくまでも彼女は運命共同体。殺されたら、元も子もない。

「西野君は、ずっとここにいたの?」

「いや……会場を色々と探索していたんだ。それで、武器、かき集めてきた」

そういって、ズボンに差し込んでおいた折り畳み式ナイフと、腰に挿していた日本刀を彼女に渡す。

「使え。お前には、死なれたら困るんだ」

「西野君……わかった。あたしも、戦う。どんな手を使ってでも、生き残るって決めたんだ」

「死ぬのは……怖くないのか?」

深く深く、吉田は頷いた。その瞳は、本物だった。
なんだ、心配して損した。要するに、彼女も、こちら側の人間だったというわけだ。

「本当は、死ぬのが怖いんだろ? ……だから、生き残りたいんだろ?」

少しだけ申し訳なさげに、再び彼女は頷いた。結構、可愛い。

「俺も、そうだよ。死ぬのは、怖い。だから、戦うんだ。戦って、生き残るんだ」

「うん。みんな、敵。殺すべき、人間」

「そうだ。……じゃ、いきますか」

「……うん!」





 目の前を歩くその人物は、真っ直ぐに自分達を見つめていた。
 松岡圭子。脆く儚い、絆を破壊され、発狂した、女生徒。


 戦いが、始まる。




【残り4人】





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