第四章 最後の一組 − 15


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 全て、終わった。


 栗田真帆の喉元に果物ナイフを突き刺して、引き抜いた瞬間、まるでそれはシャワーのように、紅い血が吹き出て
きた。
高松昭平にとって、それは初めての、人殺しだった。

「昭平!」

 びくっ! と肩が震えて、恐る恐る振り返る。そこには、最愛の親友である、大原祐介(男子二番)が、汗を流しなが
ら立っていた。

「やっぱり……殺したんだね?」

「……ああ」

 昭平は、自分でもびっくりするほど冷静だった。あれだけ自分で殺人は絶対にしないと決めていたのに、そしてそれ
を破ってしまったというのに、何故か自分は冷静だった。

「どうして……」

どうして殺したのだ? 祐介はそこまでは言わなかったものの、その先の部分は容易に想像が付いた。答えなんか、
わかっているくせに。何故、今更わざわざ聞くのか。

「ゴメンな……でも、許せなかったんだ。どうしても、俺はこいつを殺さなきゃならなかったんだ」

「殺していい理由なんて、ある訳ない」

 祐介の声が、震えていた。ペアである前田綾香が死んでから既に三分以上経過していたが、昭平の首輪が爆発す
る気配はなかった。

「前田が殺された。だから殺した。多分、こいつを殺す決め手となった動機はこれなんだろうな」

「それは、わかってる」

「まぁ、それでも本心を言うと俺は躊躇した。正志が町田に言った通り、俺だけが犠牲になれば良いんだ、って思った
りもした。でもな……。こいつが正志を殺した瞬間、決意したよ。俺が死んだら、こいつは世間に戻ってしまうんだ、っ
て。それだけは、許せなかったんだ」

「だから殺したんだね? 連動する僕のことなんて、どうでもよかったのかな?」

祐介は直接には責めはしなかったが、間接的に自分を責めていた。何故、どうして? 祐介は続ける。

「殺したら、僕も死ぬってのはわかってる筈じゃないか」

「俺は、こいつが世間に戻るのが許せなかっただけだ。勿論、お前は帰るべき人間だ。お前を殺させたりはしない」

「……どういう意味だよ?」

 静まり返っていた空間に、チチ、と小鳥のさえずりが聴こえた。それが、よりいっそう静けさを演出した。

「俺を殺せ、祐介。辛いかもしれないけど、それしかお前が生き延びる方法はないんだ」

 風が、強い風が吹いた。二人のいた民家の辺りを占めていた血の匂いは、何処かへ吹き飛んでしまっていた。
 その風が止んだ頃、祐介は首を振り、呟いた。

「出来ないよ」

 憂いを込めた笑顔を昭平に向けながら、祐介は歩き始めた。そして、栗田と平山。両者の死体の中間に立って、両
手を上げた。

「もう沢山だ。こんな悲しい連動なんて」

「……おい、祐介」

両手を下げて、祐介は振り返った。その顔から、常に微かに浮かんでいた笑みは、微塵にも感じ取れなかった。

 なるほど、表情が冷める、てわけか。

「こんな悲しみの連動。平山正志は吉村美香を殺されたから、栗田真帆を殺そうとした。高松昭平は前田綾香を殺さ
れたから、栗田真帆を殺した。なんだよ、この復讐の連鎖は? 今度は僕の番か? 大原祐介は、栗田真帆を殺さ
れたから高松昭平を殺した、てこと? すると、次はどうなるの? 君の両親が、復讐として僕を殺すの?」

「そんなことは……!」

「ないとは言い切れないじゃないか。親ってのは、時々我が子の為なら信じられない事だってするんだよ。先生に怒ら
れて子供が泣いて帰ってきたから、親が理由も聞かずにその先生に文句を言いに行ったり、他の子供と喧嘩して負
けたら、その子の家に行ってその子に謝らせたりしてさ。こんな連鎖、嫌なんだ」

 その時だ。聞き覚えのある電子音が、辺り一面に響き渡った。もう、二度と聞くことのないであろうそれを。
電子音の発生源である、祐介の首元が、赤く点滅していた。即ちそれは、首輪自爆装置が発動したという証拠。

「お、おい……」

昭平が手を差し伸べると、祐介は笑みを浮かべた。


「どうやら、お別れのようだな」


祐介がそう言う。その笑みは、邪悪な気持ちなどは少しもない。純粋な、笑顔だった。
悲しかった。死ぬべきは、俺なのだ。祐介が死ぬ義理なんて、ない筈なのだ。何故、祐介が死ななくてはならないの
だ?

「祐介、殺せ! 俺を殺せ! お前が死ぬ必要なんかないんだ!」

だが、祐介はそれに対して、右手を前に突き出した。それは、昭平が近付くのを拒むような、まさしくストップの構えだ
った。

「さっきも言った通り。僕はもうこの連鎖を止めたい。この一連の悲しいプログラムの連鎖は、僕で終わりにして欲しい
んだ」

「そんな……」

「あ、そうそう。一つ、頼み、いいかな?」

静まり返った空間に鳴り響く電子音が、やけに大きくて、正しく聞き取れたのかどうかはわからない。だが、それでも
昭平は頷いた。

「政府に対して、復讐なんかするなよ? また、そこから悲しい連鎖が始まっちゃうから。このプログラムに関しての連
鎖は、絶対にここで終わらせて欲しいんだ。いいかな?」

返事の代わりに、昭平は笑った。それは作り笑いだったけれども、でも、最後は。最後だけは、笑って別れたい、そう
思っての行動だった。

「昭平。最後にもう一つ」

「なんだよ?」

「振り返って、走ってくれ!」



   ピ――― 。





 次の瞬間、電子音がけたたましい音を鳴らした。昭平は振り返って、一目散に走り出した。
 直後だ。背後で、大きな爆発音が、ドォンとなった。だが、昭平は振り返らなかった。ただただ、走り続けた。



「……バカ野郎!」





 そして、背後にいる、物言わぬ親友に対して、罵声を浴びせた。






  男子二番  大原 祐介    死亡




  【残り1人/ゲーム終了・以上河内西中学三年A組プログラム実施本部選手確認モニタより】






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