終 章 エピローグ − 18


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「……ただいま」

 昭平はそう呟いて、靴を脱いで玄関に上がると、親の顔も見ずにすぐに自室にこもった。今は、引越しを明日に控え
ているため、必要最低限の荷物以外は全てもうダンボールに詰めてしまっていた。
明日で、やっとこの町から出られるんだ。そう思うと、嬉しいと思う反面、寂しい気持ちもあった。

 プログラムで生き残ってこの町に帰って来た時、野次馬達は冷ややかな眼をして自分を睨んでいた。人殺しだ。クラ
スメイトを殺して生き残った、残酷な奴だ。観衆はそれこそそういうことは口にしなかったが、そういう眼をしていた。自
分を、否定していた。
どうしてなんだ。自分だって、好きで殺しあったわけではないのに。なのに、どうして何もわかってない一般人が、自
分を馬鹿にするのかがわからない。そう、わからないから、何とでもいえるんだ。実際に体験してみたら、わかるん
だ。
そんな奴ら、気にしなければいい話だ。自分のことをわかってくれるのは、プログラムで優勝した記念の色紙を書いた
総統でもない。ましてや生半可に同情してくれる自分の両親でもない。本当にわかってくれるのは……共に殺しあっ
たクラスメイトだ。

 それから、昭平は引越しまで外には出なかった。親も、それに対しては何も言わなかった。外に出たら、また一般
人の冷ややかな視線を浴びるだけだったし、引越しまでの期間、我慢すればいいだけの話だ。だけど、前日になっ
て、衝動的にクラスメイトに会いに行きたくなった。だから、墓参りをした。そして、そこで前田綾香の母親に会い、こ
の手紙を受け取った。

「手紙……か……」

 今、昭平が握っている一枚の手紙。表には『高松昭平君へ』と丁寧な字体で書かれている。あの日、あのプログラ
ムに出くわした日に、前田綾香が家に置き忘れていったものが、今、ここにある。

「……読むか」

昭平は、未だ仕舞い込んでいない家具類から安置されている椅子を引っ張り出して、その上に座った。硬い、木製の
椅子だった。
そっと、封を切って、中身を取り出して、読む。



  高松君へ
 先日、貴方達二人が県立東高校に合格したことを知りました
 おめでとうございます
 おそらくもう知っていることでしょうが、実は私も東高校を受験していたのです
 もちろん、私も合格いたしました
 どうして私が東高校を受験したのか、どうしてそれを貴方達に言わなかったのか、それをここに書いておきます
 先に、一つだけお願いがあります
 この手紙は、読み終えたら破り捨てて下さい
 そして、もう誰にも見つからないようにしてください
 特に、大原君には見せないで下さい
 この手紙のことは、秘密です

 私は、大原祐介君が大好きです
 あまり早紀くらい話をしたことはないけれども、私はずっと彼が気になっていました
 彼が、大好きです
 彼を見つめるだけで、私は嬉しくなる
 彼を見つめるだけで、私は楽しくなる
 だから、私は彼と同じ高校に行こうと思ったのです
 特に夢はないけれども、彼と一緒ならそれだけで幸せなんです
 でも、そんなこと、とても言えないから
 だから、私は東高校を受けることは秘密にしていたんです
 もちろん、早紀にもです

 高松君にこの手紙を書いたのは、高松君に私の気持ちを知って貰いたかったからです
 彼と親友の貴方なら、きっと私もわかってもらえる
 そうしたかったんです
 今まで、黙っていてごめんなさい
 私は、大原君が大好きです


                      前田 綾香



 ジジジ……、と何かの音がしていた。夕暮れの中、自転車が外を猛スピードで走っていた。
 昭平は、汗を流しながらその手紙を読み返した。

「そんな……」

 前田が、こんなにも祐介のことが好きだったなんて。
もしかして、あいつは、俺なんかよりも……祐介と組みたかったんじゃないだろうか。いや、むしろ。あいつは、祐介を
優勝させたかったんじゃないだろうか。

もう、取り返しの付かないことだ。前田も、祐介に思いを伝えることなく散ってしまった。不憫だ、それだと、あまりにも
不憫じゃないか。だって……。


 祐介は、前田のことが好きだったのだから。




「昭平。好きな子って……いる?」

 学校の帰り道、祐介が唐突にそんなことを言い出した。昭平は笑って言い返す。

「まぁ、いるよ。……てか、気になってる子ならな」

「それ、誰?」

「ん? 意外かと思うだろうけれどな……若本、かな」

 ほぉ、と撫で下ろす祐介を見て、昭平は笑みを浮かべた。

「なんだ、そんなに嬉しいのか?」

「いやさ……違って、よかったなぁと思ってさ」

「ふぅん、誰がお好みなんだ、祐介?」

 頭をかきながら、祐介は言った。前田綾香が好きだ、と。
 それは、丁度今と同じくらい、夕日が美しかった。




「嘘だろ……」

 結ばれなかった二人。
 一体、自分はどうすればいいのだろうか。この事実を知って、どう対処すればいいのだろうか。わからない。
 いても立ってもいられなくなって、昭平は自室を飛び出した。
 そのまま、台所で夕飯の支度をしている母親の元へ、走った。

「母さん!」

 トントントン、とキャベツを包丁で千切りしながら、母は振り返らずに言った。

「何処行ってたの? ただいまくらいきちんと言いなさい」

「そうじゃないんだ。あのさ、住所録、何処?」

 手を止めて、母が振り返る。

「どうするの、そんなもの?」

「なかったら別にいい、連絡網でもいい。電話掛けたいんだ」

「……誰に?」

 母の顔が曇る。電話、その単語は暫く禁句になっていたのだ。町内の知り合いから、昭平がプログラムで生き残っ
たことを知った人がどんどん電話を掛けてきていたからだ。
だが、そんなものはどうでもよかった。

「前田だよ。前田の家に……前田のうちの母さんに電話したいんだ!」

 そう、これは、伝えなければならないこと。自分だけが知っているこの両思いの実らなかった愛を、伝えなければな
らない相手。
もう、苦しみたくなかった。


 だが。


「前田さん……電話掛けたって意味ないのよ?」

「どういう意味だよ?」

「知らないのね?」

「だから何を!」

「前田さん、死んだのよ?」


 時が、凍った。




 何だって? 今、なんて言って―― 。




「合同葬式の時、知ったんだけれどもね。前田さん、娘さんがプログラムに巻き込まれたこと知らされたときに、猛烈
に反対したらしくてね、娘さんと一緒に、両親も墓入りしたのよ」

「……嘘だ」

「嘘じゃないわ。だって、現に棺桶が三つあって、その中に」

「嘘だ!」

 昭平がそう叫ぶと、母がひっ、とたじろいだ。
昭平は、自分がおかしくなったのかと錯覚した。いや、多分、本当におかしくなっていたのだろう。頭を抱えて、首を振
っていた。

「嘘だ……じゃあ、なんであの手紙は……」

「昭平、大丈夫? ねぇ、大丈夫なの?」

 衝動的に、昭平は走り出した。

「昭平!」

 背後から母が怒鳴っていたが、そんな声は聴こえなかった。急いで自室に戻って、鍵を掛ける。

「嘘だ……嘘だ……!」

 急いで、口実通り破ってゴミ箱の中に捨てたその手紙を探した。しかしいくらゴミ箱を漁っても、そんなものは出てこ
なかった。ゴミ箱を逆さまにして全て床にぶちまけた。そして慎重にかつ乱雑に探したが、そんな紙は見つからない。

「ない……!」


 背筋が凍った。
 前田の墓の前に立っていた、前田の母親、幸江。



 あれは、一体なんだったのだ?

 あれは、一体誰だったのだ?



 何故、手紙は消えたのだ?

 そもそも、手紙なんてあったのか?

 全て、俺の幻覚だったんじゃないのか?




 ……幽霊……なのか?





 俺を、プログラムで生き残った俺を、呪いに―― ?






 祐介、笑ってくれよ。どういうことなんだ、一体?
 まだ、悲しみの連鎖は、続いているじゃないか?




















 何かが、俺の周りで蠢く気が、した―― 。



















   【 連 動 2  完 】




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