03



 はじめは、嘘だと信じたかった。

 だって、信じられる?
 あんなに元気だったのに、そいつが……もう死んでいるんだよ?

「そんな……栄一郎が? 嘘だ……」

 栄一郎が持っていた携帯電話。その発信履歴に最初に乗っていたのが僕だった。駆けつけた救急隊員から、色々
と聞かれた。栄一郎の家族の連絡先なども、聞かれた。
だけど、本当に僕はぼーっとしていて。ただただ、聞かれたことに事務的に答えることしか出来なかった。

 信じられなかった。
 あの、木下栄一郎(男子三番)が死んだなんて。

僕、河原雄輝(男子二番)は、栄一郎とはとても仲がよかった。同じ野球部に所属していて、ともにバッテリーを組ん
でいた。結局、成績自体はあまりよくなかったけれど、本当にこの三年間、楽しく過ごすことができたのは栄一郎の
おかげだった。
でも、その栄一郎は、もう……いない。
手が、震えた。顔が蒼白になっていくのが、鏡を見ずしてもわかった。……怖かった。言葉では簡単にあらわすことの
出来ないこの気持ち。どう表現すればいいのだろうか。どうすればいいのだろうか。

 職員室に駆け込んだ。
いつまで待っても栄一郎が教室にやってこなかったときは、なにかあったのかもしれないという考えは全く浮かばな
かった。きっと、用事が少し長引いているんだと思っていた。そう、栄一郎が僕より優先する用事なんていくらでもあ
る。きっと、アズマにでも呼ばれたんだ。それをキャッチボールをしている最中に思い出したんだ。
そう、きっと……職員室に行けば、栄一郎が笑って、僕に向かって手を振ってくれるんだ。

 栄一郎は、いなかった。

当たり前だ。栄一郎は、死んだのだから。ここにいるはずが無いのだ。なのに、なんで僕はここへ来た?
……簡単だ。信じたくなかったからだ。親友の、死を。

「河原」

アズマが、珍しく真剣な眼差しをしてこちらを見ていた。既に学校にも連絡は来ているらしい。職員室の中が、少し騒
がしくなっていた。

 歩道橋から転落。その後、やってきたトラックに轢かれ、死亡。

どうやら即死だったらしい。病院へ運ばれる前に、既に死亡を確認したということは、それは相当のものだったに違い
ない。なんて、ひどいんだ。
……おかしい。どうして、教室で僕を待たせておきながら、大通りの歩道橋を渡っていたんだ。どうして、わざわざ歩
道橋から落ちなければならなかったんだ。
どうして、どうして。一体、どうして。

 その答えは、後程……警察の取調べによって、明らかにされた。


 お通夜は、全員で行くと混乱するからと、アズマは全体で行くのは控えるように言った。個別に行く分は構わないと
は、言っていたけれど。そして、葬式は広い会場で執り行われる為、全員で出席する、とのことだった。連絡網で、ま
るで普段の元気を感じない柏木杏奈(女子一番)の声。本当は、慰めの言葉をかけてやるべきだったのかもしれない
……だけど、それも出来ないほど。僕は、自分を見失っていた。
いるのが当たり前だと思っていた人間が、いない。それだけで、人は壊れてしまう。

お通夜には、村田修平(男子十二番)と二人で行った。両親もついていくと言ったけれど、断った。なんとなく、修平と
話さなければならないことがあると、思ったからだ。
栄一郎の家の近くにある公園のベンチに座っていると、修平は自転車に乗ってやってきた。

「よ。遅れてわりぃ」

口調は普段のままだったが、まるで生気を感じない。その笑顔も、とてもぎこちなかった。見ているこっちも、苦しくな
ってしまう。それを察したのか、修平は表情を消した。

「……じゃ、行こっか」

玄関は、喪で染まっていた。誰に言われることも無く、僕も修平も、制服を着てきていた。中に入ると、喪服姿の大人
が沢山いた。父親の同僚なのかもしれない。ふと、そう思った。その人たちに、礼をしておく。すれ違う人たちの中に、
中峰美加(女子九番)がいた。声を掛けようとしたけど、やめた。眼を真っ赤に腫らしている彼女を、そっとしておくべき
だと、そう思った。
結局線香をあげるまでに、家に入ってから三十分くらいかかった。かなりの人が、訪れているのだ。栄一郎という人
間の大きさが、よくわかった。
黒い額縁に飾られている写真の中で、栄一郎は満面の笑みを浮かべていた。これは……三年生の夏の大会が終わ
って、部活を引退するときに、記念に撮った写真の中の一枚だ。栄一郎の母親がカメラを持ってきて、僕たちも撮って
くれたんだ。その写真は、僕の机に貼られている。修平も、同じものを焼き増ししてもらった筈だ。

 そう、この笑っている少年は……もうこの世にいない。

つ……と、頬を涙が流れていった。堪えていたつもりなのに、徐々に、声が、漏れ出す。

「うっ……ううぅ……! 栄一郎……栄一郎ぉ…………!」

修平に肩を叩かれて、僕はそっとその部屋をあとにした。あとが支えているから、と、修平は淡々と言った。だが、微
かだが、その声は……震えていた。
待ち合わせ場所だった公園まで戻る。ベンチに座って、曇り空を見上げる。吐く息は白くて、寒い。なにをする気も起
きずに、そのまま十分ほど経過した。

 沈黙を破ったのは、修平だった。

「雄輝」

「……なんだい」

「栄一郎が死んだ原因、知っているんだろう?」

あの日。最後に栄一郎を見たのは、校庭で別れたときだ。だけどその後、携帯に電話がかかってきて、栄一郎が死
んだということを知った。原因は……言うまでもない。

「歩道橋から落ちた……でしょ」


「……誰が突き落としたのか、知らないのか?」


 ……突き落とした?
 そんなこと、知らない。全く、知らない。

「ニュース、見てないのか? 結構……マスコミの奴ら、騒いでいるんだぜ」

「……そうなのか?」

 あの連絡を受けてから、全くテレビは見ていなかった。ただただ、自室に引き篭もっているばかりの毎日だった。
 何をする気も起きない。どうすればいいのかわからない。そんな日々が、続いていた。

「突き落とした奴と、その関係者と思われる同校の生徒三名を、警察は重要参考人として取調べ中。……そりゃ騒ぐ
 さ。中学生が、同じクラスメイトを殺したんだからな」

「……誰だ? 誰なんだよ?!」

「俺も調べてみた。ネット、週刊誌、あとは警察官の親父の伝手も使ってな。……そしたら、案の定な奴だったよ」

「ま……松本、か?」

「あとは佐野。それから、B組の加藤もだ。まぁ、未成年だから名前は伏せられているけれど、ほぼ間違いない」

クラスの中の問題児といえば、松本孝宏(男子十一番)と、佐野 進(男子五番)だ。それから、B組で評判が悪い生
徒として、加藤兵吾。その三人が、栄一郎を殺しただって?
……間違いであって欲しい。いくらなんでも、酷すぎる。同じクラスメイトに……殺されるなんて。それがたとえ問題児
だったとしても……そんなの、ないよ……!

「間違いじゃ、ないんだね?」

「……さぁな。警察が、動機をきちんと調べてくれるだろうが。もしも……」

 修平は空を見上げていた。曇天の、空。
 その顔は、決意に満ちていた。怒りが、滲み出ていた。

「もしも本当なのなら……俺は、絶対に許さない。絶対にだ」

「修平……」


 絶対に許さない。修平が言った、その言葉。
 その本当の意味を……僕はまだ、知らなかった。





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