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 12月23日、午後六時。木下栄一郎の、告別式。
 この日も、相変わらずの曇天だった。あれから、晴れた日は一度もない。


 アズマの呼びかけに応じた生徒は二十一人。来なかった二人……つまり、松本孝宏(男子十一番)佐野 進(男
子五番)は、なんらかの事情があって、来られないということになる。
あの二人が……本当に栄一郎を殺したのか。だが、修平の言葉が信じられないわけでもなかった。実際に、昼のワ
イドショーでも事件のことが話題にあげられて、そして取調べを受けている少年は、既に犯人同様の扱いを受けてい
るのだ。名前は一切明かされてはいないが……ネット上では、実は既に情報が洩れている。

 式も滞りなく進んでいた。栄一郎の棺桶は、閉められたままになっていた。前に一度だけ、そう、親戚のおじさんが
癌で死んだとき、葬式に出席したことがある。その時のおじさんの顔は、やけに白くて……でも、今にも目を開けそう
な、そんな雰囲気を出していた。それが死化粧だとわかったのは、随分後になってだった。
だけど、今の栄一郎は顔を見ることさえ許されないのだ。それが、一体何を意味しているのか。わかっていても、誰も
……何も、言わない。
本当はこの中には栄一郎はいないんじゃないか。もしかしたら、今までのは全部ドッキリだったのかもしれない。そう
思いたい。そうなればどんなに幸せだろうか。どんなに笑って、そして涙を流せるだろうか。

 お経が、聴こえてくる。ただそれを……黙って聞くだけだった。

頭を垂れる。……自然と、涙が流れてくる。
周りから、クラスメイト達のすすり泣く声が聴こえてきた。隣に座っている修平は……ぎっと口を真一文字にしめてい
る。堪える、そういえば、いいんだろうか。


「……それでは、同中学校に通われていて、同じクラスであり、また同じ野球部に所属し、バッテリーを組まれていた
 親友、河原雄輝さんからの、手向けです」

 司会者に促されて、僕は立ち上がった。ゆっくりと前に歩いていって、まず親族に礼をした。そして……振り向いて、
クラスメイトに礼をした。最後に……閉じられたままの棺桶に、深く深く……礼をした。
アズマから、この役を頼まれたのだ。栄一郎と、最も親しくしていた仲として、頼まれてくれないかと。そして、僕は今
ここに、いる。
そっと……目の前で永眠している栄一郎に、僕は話しかけた。

「……ねぇ、栄一郎。聴こえるかい?」

 静寂。
 返事は……勿論、無い。

「栄一郎、なんか……僕、とても変な気分なんだ。ついこの間まで一緒に話していたのに……元気にキャッチボール
 もしてたのに……いったいどうしたんだよ? ……だろ? お前はバカだから、そのまんまじゃ受験だって受からな
 い。だから、冬休み中に勉強教えてやるって……約束したじゃんか。それ、どうすんだよ……? だって、栄一郎、
 約束破ったこと、一度も無いじゃんか……。うそつきは針千本呑ますんだよ? お前、ただじゃすまないんだよ? 
 僕は本気だからね? ほら……遅れたっていいんだ、僕が全部許してやる。だから……頼むよ。勉強、僕にもう一
 度だけ、教えてくれよ。もう、むやみやたらに宿題だって頼まない。頑張って全部自分でやる。だから……だから、
 最後に……頼むよ、栄一郎……」

 背後で、泣き声をあげる女子の声が、会場内に響く。

「栄一郎……お前、なんで死んじゃったんだよ? まだ、十五年しか生きて無いじゃんかよ。まだまだ、これから先、
 いっぱい遊んで、いっぱい勉強して、いっぱい子供作って……いっぱい、生きたかったんだろ? なのにさ……なん
 で、今、死ななくちゃならないんだよ? お前、いったい何があったんだよ……? あの時栄一郎、僕に言ったよね、
 教室で待っていてくれって。僕、ずっと待ってた。栄一郎を信じて、ずっと待ってた。なのに……君は来なかった。ど
 うして、僕との約束をすっぽかして、あんな歩道橋から落ちなきゃならなかったんだ? 栄一郎……それだけがわか
 らないんだ。教えてくれよ、栄一郎……なぁ、答えてくれよ……!」


  ガタンッ!!


 その時だ。背後から、異音がした。はっとして振り返ると、修平が、立ち上がっていた。
 修平の座っていたパイプ椅子は、床に倒されていた。

「修平……?」

「……アズマ。松本と佐野はどうした?」

 来賓の椅子の中で、最も端に座っていた担任に、修平は言った。
 アズマは、苦い顔をしていた。

「どうしてあいつらは来てねぇんだよ!!」

「……松本と佐野は……今日は来ることができない」

「理由はなんだ? ……言ってくれよ、全部知っているんだろう?」

「…………それは、駄目だ。言えない」


  ガタタンッ!!


 瞬間、修平は隣の僕のパイプ椅子を蹴り飛ばした。けたたましい音を立てて、椅子が床に倒れる。
 周りにいるクラスメイトが、呆気にとられていた。

「素直に言えばいいじゃねぇかよ……栄一郎は、あの二人に殺られたんだろ?!」

 その言葉が吐き出された瞬間、会場内が騒然とする。
 冷静な顔をしていたのは、親族の席で静かに座っていた、栄一郎の母親と、その隣の父親。そして、アズマだ。

「あの二人がここにいないのも、警察にいるからなんだろ?!」

「……村田。それについては、今じゃなくても」

「うるせぇ、黙れ! いいから質問に答えろアズマぁぁ!!」


「静まりなさい」


 興奮して大声をあげた修平。混乱する会場内。
 だが、凛とした声が響き渡る。静かで、だが、威厳を持った、高い声で。

 栄一郎の、母親だった。

「……息子、栄一郎の母の文枝です。今頃になって挨拶をするのも……本当はいけないことなのかもしれませんが、
 今、挨拶をさせていただきたいと思います。そこで騒いでいる者、座りなさい」

「……あんだと?」

「修平……座ろうよ、ね?」

 木下文枝が、しずしずと前に出てきた。僕はそっと修平のもとへ行き、倒された椅子を起こす。そして、座るように促
した。修平も、素直に従ってくれた。

「確かに、息子の命を奪ったのは……同じクラスの生徒だと、聞いております。ですが、それをどんなにここで騒ぎ立
 てても、息子はもう還ってこない。それも、また事実です。……ごめんなさい、他の来賓、親族のみなさん、少しだけ
 ……ご退席願えませんでしょうか。この子達に、言わなければならないことがありますので」

 唐突に、文枝は他の来賓に、退席を命じた。言われると同時に、父親を始めとする親族が、アズマを含めた他の来
賓が、続々と式場を出て行く。ものの数分で、会場に残されたのは、三年A組の生徒と、木下文枝。そして……棺桶
の中の栄一郎だけとなった。

「それでは……続けたいと思います」

 いくらなんでも、何かがおかしい……そう、思った。


「私は……息子がここで死んで、本当はよかったのではないかと……そう思っています」


 ……え?
 今、この母親、何て言った?

「……ここで消えた方が、何の苦痛も無く、死ねたわけなのですから」

「ま……待て、何を言っているのか……理解できないんだが……」

 修平が、眼を丸くして、立ち上がる。だが、すぐに力を失ったかのように、床に崩れ落ちてしまった。
突然のことに、何が起きたかわからない。呼びかけようとした自分の体が、急激に重たくなるような感覚を覚えた。お
かしい、何かが、おかしい。文枝を見ると、既に振り向いて、向こうへと消え去ろうとしていた。さらに辺りを見回す。同
じように、クラスメイトが気絶している。それは、とても異様な光景。

「な……に、が……」

 何が起きているんだ。そう言おうとして……だが、叶わずに、僕も意識を失った。


 部屋の中。
 三年A組の生徒二十一人だけが、昏々と眠り続けていた。





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