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 柏木杏奈(女子一番)は、震える両手を無理矢理押さえつけた。
 呼吸が荒い。息を吐くたびに、それは白い霧となって空気の中へと溶けていく。


  ―― やった……やってしまった……!


 目の前に転がっているのは、紛れもなく死体。
 たった今、玄関から外に飛び出してきた河原雄輝(男子二番)の死体だ。


 あの教室を出るとき、なんとなく松本孝宏(男子十一番)の射殺体を眺めたくなった。あたしが最も許せない、麻薬
のバイヤーをしていたという松本の、無様な死に顔は、それはそれは酷いもので、いい気味だと思った。あたしがクラ
スの中で一番嫌いだった奴の死体。可哀相だとか、そういった感情は一切もてなかった。むしろ、汚らわしいとまで感
じていたほどだ。そして、不思議なことに。あいつの死体を眺めたら、自然と体が軽くなったのだ。そう……あたしたち
がプログラムという仮にも殺し合いをするゲームに巻き込まれたというのに、どういうことかすっかり落ち着きを取り戻
していたのだ。
きっと教室を出るとき、あたしは笑っていたのだろう。正気の人間のすることじゃない。死体を見て笑みを浮かべるな
んて、誰が見たってそれは“異常者”だ。教室の外に出て、吹き抜ける冷たい風に当たってから、あたしは後悔した。
だけど、これでようやく決心がもてたというものだ。

 あたしは、絶対にあいつらを許さない。
 この手で必ず、殺してやるのだと。

あいつら、それは即ち、覚醒剤などというくだらないものに手を染めていた佐野 進(男子五番)藤田 恵(女子十
番)北村晴香(女子二番)、そしてB組の加藤兵吾だ。こいつらを生かして返すわけには行かない。いや、加藤は別
のクラスだから意味がないか。なら、優勝して直接殺してやる。だって、こいつらは生きる価値のない屑なのだから。
社会に決して送り出してはいけない、膿なのだから。

 あたしの二つ年上の兄は、心優しい青年だった筈だ。サッカー部に所属していて、成績も中の上、ルックスだってな
かなかな好青年だ。まぁ、身内贔屓もあるかもしれないけれど、あたしは兄が大好きだった。
だけど、それも兄が中学二年生の時に終わってしまった。兄が、突然家出をしたのだ。理由は簡単。兄が、父親の財
布から金を持ち出していたのがばれたから。父は兄を酷く叱った。一体何に金を使っているのかを、どうしても兄は語
らなかった。そして、そのまま口喧嘩になり、やがてそれは殴り合いになった。母とあたしが仲裁に入ったけれど、止
めることは出来ずに、ただ無駄に巻き込まれて怪我をしただけだった。
そして……色々とあって。兄はしばらくしてから黙って家を出て行った。父は知らないとふてくされながらも、それでも
兄を気遣って警察に捜索願を出したのだ。なのに、兄は。

 隣の県で、バスジャックをした。

当時はかなりその話題で盛り上がった。兄はそのまま自殺をして、二度と家に帰ってくることはなかった。あたしはそ
れがどうしても信じられなくて。だけど、連日報道される事件、家族である我が家に押しかけてくる報道陣。兄は未成
年なのに、いったいどこから情報を仕入れてくるんだ。
父と母はやがて離婚した。あたしは母に引き取られることになった。あたしは知っていた。二人は本当は離婚などし
たくはなかったのだ。だが、世間がそれを許さなかった。二人が一緒にいたら、どちらの責任なんだと親戚一同から
追及される。本当の責任は、ただの麻薬だったというのに。
小学校を卒業すると、母とあたしは逃げるように埼玉に引っ越して、苗字も『柏木』になった。そして、中学校で心機一
転、新しい生活に浸っていた、そのはずなのに。

 なのに、麻薬はついてまわってきたんだ。
 木下栄一郎(男子三番)が死んで初めて、あたしはずっと麻薬漬けの学校にいたのだと知ったんだ。

兄を狂わせた麻薬。いったい誰に教えられ、兄は手を染めてしまったのか。さらに調べると、兄は両親の財布から抜
き取っていた金だけでは満足できず、遂にはバイヤーもやっていたのだという。暴力団の肩担ぎ。尊敬していた兄の
理想像は、ひび割れて、朽ち果てていく。
麻薬はあたしたち家族をも狂わせ、そして人生そのものを狂わせた。こんな狂物を作った奴は決して許せない。売っ
ている奴も、買っている奴も、使っている奴も、関係者は誰も許さない。だから、殺す。殺して、被害の拡大を食い止
めてやらなきゃならないんだ。
依存は決して消えない。表面上は消えたように思わせても、内面は決して癒されない。一度手を出したら最後、死ぬ
まで、逃れることは出来ないんだ。
治療なんて不可能だ。もう、殺すしか、方法なんかないんだ。

 だから、殺さなきゃならないんだ。
 折角のチャンスなんだ。殺さない手はないじゃないか。

だから殺す。佐野も、藤田も、北村も、加藤も、全員あたしが殺してやる。
このクラスの主謀者だった松本の死体を見て、あたしは冷静に、そう決意したんだ。

 玄関に転がっていた山本真理(女子十二番)の死体。予想だにしなかったところに、それは転がっていた。流石にこ
んなところで死んでいるなんて、まだ心の準備もしていなかったので、これには驚かされた。
真理は一応音楽部に所属していたけれど、恐らく女子の中では中峰美加(女子九番)の次くらいに運動神経がいい
はずだ。背丈も私より十センチは高い。もし真理がこのプログラムに乗ったとしたら、厄介な相手になることは必至だっ
た。なのに真理は、ここで呆気なくゲームから退場してしまっている。
それは一見喜ぶべきことに見えるが、そうも言ってはいられない。真理をこうもあっさりと殺した人物は、きっと凄い奴
だ。その凄い奴がゲームに乗っているとなると、それはとても厄介だ。候補から考えて、女子ではないだろう。すると
自動的に真理を殺したのは前後に出発した村田修平(男子十二番)か、あるいは榎本達也(男子一番)だ。村田は
調子のいい野球部の四番だ。運動神経は抜群。それに比べて榎本は真理と同じく音楽部。ひょろひょろの眼鏡君だ。
恐らく真理よりも鈍いだろう。となると、真理を殺したのは村田になるのだろうか。
真理の胸元には、大型のサバイバルナイフが突き刺さっていた。心臓を一突き、間違いなく即死だろう。もしかしなく
ても、こいつは使える武器に違いない。

 あたしは、肩膝を着いて左手で真理の死体を押さえた。
 そして、右手でナイフの柄を握ると、一気に引き抜いた。

瞬間、大量の血が噴出した。間一髪で直撃は免れたものの、右手が少し血で汚れてしまったのは嫌な気分だ。しか
しこれで、このデイパックの中に入っていた武器よりも殺傷能力の高いものが手に入ったわけだ。

 だけど。あぁ、出来ればもっともっと強い武器が欲しいな。
 そうでないと、あいつらを殺せない。

もたもたしていたからだろう。遠くの方から、次の者が出発した足音が聞こえたのだ。出席番号順に出発しているの
だから、必然的に次は河原が出てくる筈。河原も村田ほどではないにしろ、野球部のエースだった男だ。あたしなん
かと交えたら、確実にあたしの命はないだろう。ここはやり過ごすのが一番だ。そう思って、あたしは玄関の下駄箱の
近くに身を潜めていた。
すると、河原も案の定真理の死体に気がついたらしく、少しだけそれを眺めると、自分の持っているデイパックを漁り
始めた。そして、中から取り出したのは、拳銃、ブローニング・ハイパワーだった。河原はそれに弾を込めて、いつでも
撃てる状態にしたらしく、いそいそと外へ出ようとした。

 これはチャンスだった。
 河原の背後は簡単に取れる。これは、銃を奪うしかないじゃないか。

あたしはそっと後ろから河原の後をつけた。そして、河原が校庭に出る。そこには雪が積もっていて、さらに今も尚雪
が降り続いていたのだ。河原が一瞬だけ、足を止めた。あたしは完璧に河原の背後を取った。

 ……そして。


 雪の上に赤い紋様を描いて、河原の死体は冷たくなっていた。
殺すつもりがなかったといえば嘘になる。だが、あたしは銃さえ奪えればそれでよかったのだ。しかし、結果として河
原は死んだ。それは仕方のないことだ。
再び河原の腹部に突き刺さったナイフを取ろうとした。だが、完全にそれは貫通していて、何かが引っ掛かっているら
しく、あたしの力では抜き取ることが出来ないらしい。しかしもうその必要はない。あたしは河原の銃を手に入れた。こ
れで、粛清をしていけばいいだけのことなんだ。

 それから間もなく。
 河原の次の出発者である北村晴香が、ゆっくりと玄関から姿を現した。

「北村さん」

 びくん、と北村の肩が揺れた。そういえば教室で木下の父親に撃たれていたんだっけ、この子。うちのクラスでは珍
しく部活に所属していないから、よっぽど暇なんだろうと思っていたけれど、まさか麻薬に手を染めていたとはね。大
人しく見えて、結構なワルだったんだね。

「あ……か、柏木さん……ひぃ!」

蒼白な顔をして、北村はあたしの足元に転がる死体に気がついたらしい。逃げようとしたのだろうか。だが雪で滑った
ようで、後ろ向きに尻餅をついていた。あるいは、単に腰が抜けただけか。この低脳者め。

「北村さんさ、麻薬やってんだって?」

「え……あ、あの……! 違うの、私はただ……!」

たしか出発の間隔は二分間だったはずだ。次は三番、木下は死んでいるから工藤聡美(女子三番)が出発だ。別に
彼女を殺す理由はない。武器もこちらには銃があるのだから、わざわざ彼女を殺さなくとも大丈夫だ。

 なら、さっさと片をつけるしかない、か。

「聞いて、柏木さん……私はね……!」


「うるせぇ。死んじゃえよ、バーカ」


  ダァンッ!


 初めての銃を撃つ感覚。
 弾は真っ直ぐな軌道を描いて、見事に北村の頭部を捕らえた。たった三メートルの距離だ。外すわけがない。

 北村晴香は、もう何も言わなかった。雪原に、真っ赤な華を咲かせて、砕け散った。
 その光景が……なんともおかしくて、愉快で。

「うふふ……あははははは」

「何がおかしいんだ、柏木」

 笑った。
 刹那、背後から声がして、はっとして振り返る。

「…………!」

「お前……なに、してんだよ……!」


 そこには。
 ベレッタM92Fを構えた、榎本達也が、いた。



  女子二番  北村 晴香  死亡



 【残り20人】





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