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“まずは、試合が始まってから現在時刻までの死亡者の発表だ。試合に参加した人数は二十三人。そのうち、現在
 までに死亡した生徒、出席番号順にまず男子から。二番 河原雄輝”

 栄之助が、淡々と読み上げるように喋る。
 あたしが死亡を知らない生徒は、いるのだろうか。

“四番 小泉正樹、六番 下城健太郎、以上男子は三名。続いて女子、二番 北村晴香、五番 庄司早苗、十番 藤
 田恵、十一番 真木沙織、十二番 山本真理、以上五名。全部で八名だ”

「そんなに……!」

 隣で名簿にチェックをつけていた直子が、驚いた表情をしていた。だけど、あたしはその全てを既に知っていたの
だ。そう、しかもそのうちの六人を、あたしが殺している。
もしかしたら、あたしはとんでもないことをしているのかもしれなかった。

“んー、開始三時間にしてはかなりの好ペースだ。素晴らしい。この調子で、とんとんと頑張っていただきたい。では
 続いて禁止エリアの発表だ。一度しか言わないから、よーく聞いておくこと。ではまず一時間後、午前七時からA=
 3だ。地図見とけよ、わかったか?”

地図でA=3を確認する。北部の隅だ。ここは完全に山になっていた。こんな場所、まともな道もないし誰も入ることは
ないだろう。

“次、午前九時からB=1、最後、午前十一時からC=4だ。以上、ちゃんと書いたな?”

B=1は同じく東の隅、大通りが走っていた。C=4は商店街だ。比較的隠れている生徒は多いかもしれなかった。と
りあえず、現在あたし達がいるこのエリアは指定されてはいない。周辺にも特に禁止エリアになる場所はないので、
これで何処に逃げても安全だろう。

“一晩中降り続いていた雪もやんだ。天気予報によると今日は晴れだそうだ。今はまだ曇ってはいるが、それも明け
 方には消え去るからな、よりよい戦闘日和になることを期待する。では健闘を祈る”

ブンッ、という音がして、若干雑音が入っていた放送は終わった。とりあえず得た知識といえば、このあたりは禁止エ
リアには含まれない、それくらいだろうか。別に天候なんてどうでもよかった。まぁ、温かくなるならそれはそれでいい
のだけれど。

「残り……十五人、か。随分減っちゃったね」

「まぁ、予想はしていたけれどね」

「でも、早苗も……もう死んだんだよね」

直子との会話。そういえば、この子は知らない。庄司早苗が、プログラムの恐怖に押し潰されて発狂したことも、あた
しを拳銃で殺そうとしたことも、そして……あたしの持っているこの拳銃が、もともとは庄司早苗に支給されたものだと
いうのも。

「大事なのはどうやって今後、生き延びていくかだよ、ナオ」

「……杏奈は強いんだね」

直子が、悲しげな笑みを浮かべていた。
なんだかあたしは、この子はもう全てを知っているんじゃないかと思ってしまった。そうだとしたら、たいした演技力だ。

「さて、さっさとここからおさらばしようかね。あの転校生とは、対峙したくないでしょ?」

「そうだよ……ね」

あたしは引き上げるべく、立ち上がろうとした。その時、微かに聞こえた物音。それは本当に微かだったけれども、確
かに人の気配を感じさせていた。あたしはなにか嫌な予感がして、音の聴こえてきた方向、転校生がいる筈のそこ
を、もう一度見た。

 そこに、一人の生徒がいた。

「誰か、いる」

「え?」

そこに立っていたのは、進藤絵里子(女子八番)。クラス内では珍しく、どの部活にも所属していなかった女子だ。特
に普段から親しくしていた仲ではなかったけれど、別に敵対していたわけでもない。どこにでもいる、普通の生徒だ。
彼女が、転校生の真後ろに立っていた。
転校生が振り返る。恐らくあたし達なんかよりも先に察知していたに違いない。転校生は、その絵里子の手に握られ
ている拳銃を確認すると、瞬時に跳躍していた。
絵里子の方は、もともとが温和な性格でのんびり屋だったから、咄嗟のその事態を上手く飲み込めなかったのかもし
れない。ただ、たまたま茂みを掻き分けたら、そこにその転校生がいた。それだけなのだ。ぽかんと口を開け、そして
やっと状況が把握できたのだろう。やっとのことでその重たい拳銃(Cz75)を持ち上げたときには、既に転校生は絵
里子の眼前に立っていた。

 そして、一蹴。

「……杏奈、どしたの? 誰?」

 直子が、同様に窓から顔を覗かせた瞬間、それは起きた。
 直子の目が、見開かれる。

転校生の蹴りは、見事なまでに綺麗な弧を描いていた。それは絵里子の両腕を見事に捉え、下から上へと突き上げ
ていた。拳銃が真上に吹き飛ぶ。微かに嫌な音が聴こえた。絵里子の両腕が、曲がってはいけない方向に曲がって
いるのが確認できた。
絵里子の眼が見開かれる。突然のことで、痛みを感じる暇のなかったのかもしれない。次の瞬間には、転校生が背
後に廻って、その体を羽交い絞めにしていた。そして、ズボンから取り出したのは、どこの家にでもあるような、それ
はそれは立派な柳刃包丁だった。

「や……やめて! 殺さないで! 私死にたくないっ!」

 絵里子がもがく。

「誰も殺したくなんかない! 誰からも殺されたくない! お願い! 殺さないでぇ!」

 転校生が、その小さな口を左手で押さえた。それでも、絵里子は負けまいと悲鳴をあげていた。
 そして、次の瞬間。

「…………っ!」

 まるで放水のように、鮮血が絵里子の喉元から噴出していた。
 それでも絵里子は必死にもがいていて……だが、やがて力を失い、地に伏した。

 容赦がなかった。

 恐らく絵里子は、偶然あの場に居ただけだ。転校生だって、絵里子と会うのは今が初めてのはずだ。
 なのに、転校生は躊躇もせずに、出会った瞬間に絵里子を殺した。それも、冷徹に、そして精確に。

 地面に落ちた拳銃を、転校生が悠々と拾う。中に込められた弾を確認すると、慣れた手つきでそれを懐に仕舞う。


 唐突に、木下栄之助が言った言葉が蘇る。
 こいつは、要注意な、と。


 無理だ、こいつには勝てない。
 今のあたしじゃ、こいつにはなにも出来ない。

 逃げよう。そうだ、逃げるべきなんだ。ここは、逃げなければならないときなんだ。


 だが。
 事態はさらに、悪化する。


「いやぁぁあっ!」

 それは本当に突然のこと。
唐突に目の前で起きた惨劇。それを理解するのは、今までそういった現場を何度も潜り抜けていった者でないと、と
てもじゃないが認識することは難しいのだと、あたしは知っていたはずなのに。ようやく今の状況を理解した瞬間に。
直子が、悲鳴をあげた。
そう、あたしたちと転校生の間は、本当に僅かしかなかったというのにだ。


 そして。
 転校生が……ゆっくりと、こちらへと振り向いた。



  女子八番  進藤 絵里子  死亡



 【残り14人】





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