２８

　しばらく歩いて、僕はようやく先程の、美加と別れた場所まで戻ってきた。
精確には、戻ったというよりは、勝手に向こうがふらふらと歩いている僕を見つけて連れ込んだ、といった方が正しい
のだろう。亮太も美加も、特に傷一つない状態で、元気だった。
一方僕は無駄にあちこちを走り回ってしまったことと、脇腹を銃弾が掠り、それなりの出血をしていたことですっかり体
力的にも厳しい状態だった。

「ユーヤ、お疲れ」

「疲れているとこ悪いんだけど、また少しだけ移動するな。転校生がまだあの辺をウロついてんじゃねぇかと怖くてよ」

二人は僕が戻ってきたことに安堵したようだったが、流石にその喜びをいつまでも分かち合うことの出来ない状況だ
ということはわかっていたらしい。そりゃそうだ、転校生の襲撃確率が最も高いと思われる場所で、僕の帰りをじっと
待っていたのだから。少しでも早く、この場所から逃げ去りたい、そう思うのが普通だ。僕もそれがわかっているから、
文句は言わなかった。転校生から逃げる際に撃ち抜かれた右脇腹はキリキリと痛んだが、それは移動先で治療して
も問題ないだろう。もしも雑菌が入ってしまったとしても、既にここまでに戻って来る間に感染してしまったのだと考え
れば、諦めもつこう。

「よし、じゃあ行くか」

「うん、わかった」

亮太が先陣を切って先を歩き出す。僕の体力を考慮して、わざわざ後方支援に立たせてくれたのだろう。恐らく、自ら
の危険を理解しながらも。亮太は、そういう奴だった。
だから僕は亮太が好きだった。時折暴走しがちだけど、いつも仲間思いで、常に気遣ってくれて、真っ直ぐな人間。そ
の恵まれた肉体で、いつもかばってくれた。だから、いつも一緒に居たかった。そして、それはこのプログラムでも叶
っていた。そう……彼は、紛れもなく親友と呼べる仲間だった。

「ユーヤ。少し落ち着ける場所に行ったら、すぐに手当てしてあげるからね」

「……参ったな、バレちゃってたのか」

「当たり前じゃん。まったく、バカにすんなよ」

そして、美加。僕は彼女も好きだった。恋愛感情とは全く別の意味で、彼女が大好きだった。いつも気の弱い僕を見
守ってくれていて、そりゃまぁ言葉遣いはちっとも可愛げの欠片もないけれど、本当に細かなところまで目が行き届い
ている奴だった。本当に自分に素直で、常に誰かを気にかけている。そして……照れ屋だった。
そう、本当は彼女は恥ずかしがりやなんだ。自分の気持ちに素直すぎて、結局制御も出来ずに突っ走ってしまう。だ
からほら、木下栄一郎（男子三番）が学級委員になったときは同じように学級委員に立候補したし、なにかと話題が
あれば彼を巻き込んでいたじゃないか。少しでも多く彼の傍にいたくて、少しでも多く彼と話がしたくて。直接は言わ
なかったけれど、僕も亮太もそんな光景を見るたびに思っていたんだ。あぁ、また頬を赤らめてるなって。

　だから彼女は許せなかったのだ。だから彼女は、激怒したのだ。
　だから彼女の最後の鍵は……虚しくも崩れて、そして消え去ってしまったのだ。

彼女が自棄になっているのは手にとるようにわかった。それは本当に亮太と同じ。大切な人を奪われて、その復讐を
果たそうとして、だけど冷たい現実を突きつけられて、結局どうすることも出来なくて。

　だから彼女は大胆な行動に出た。だから彼女は簡単に自分の命をかけた。
　だからこそ僕は……彼女に人殺しをさせてはならないのだ。彼女自身の最期の理性を、失ってしまわない為にも。

「ほーら。ユーヤ、立ち止まってないで行くよー」


　道中は本当に、奇跡的にも誰とも遭遇することはなかった。
太陽はどんどんと空高くへ上っていく。方角を考えれば、今自分達は会場の中央部へと突き進んでいる筈だ。そう、
丁度出発点の近くにある、住宅街。うまい判断だ、試合が始まってから間もなく半日、大方の生徒はまんべんなく散
り散りになってきている。移動を繰り返すものもいれば、じっと留まるものもいる。その中で会場の中心部というのは、
意外と盲点になりやすい場所だと考えられたのだ。亮太はそこまで考えているのだろうか。あるいは、本能で行動し
ているだけなのだろうか。だとしたらこの男、サバイバルとかやらせたらかなり強いのではないか？


　　ブンッ……、ザザッ、ザ―― 。


その時だ。突然、あたりに雑音が飛び交った。はっとして時計を見る。時計の針は十二を指し示していた。なるほど、
お昼の放送なわけだ。そろそろ昼飯時だね、そういえば。

「亮太、放送だ。一旦あの塀の陰に隠れよう。一応ちゃんと書きとめたほうがいい」

「……そうだな。まぁ放送の最中に殺し合いをする奴なんていないとは思うけどな」

亮太は簡単に引き下がると、すぐに塀の陰に身を潜めた。鎖を放された犬小屋が見える。本当はここに住んでいるは
ずの家族は、この犬と共に避難しているのだろうか。

“んー……ちょっと雑音入ってるな。まぁ大丈夫だろ。よーし、正午の放送を始めるぞー”

若干の雑音と共に、栄之助の声が流れてくる。僕は地図（と名簿）を取り出すと、じっとそこに書かれているものを見
据えた。覚悟は、出来ていた。

“ではまずはじめに、午前六時から午後零時までに死亡した生徒の発表、まずは男子……えーと、一人だけだな。
　一番　榎本達也”

男子は一人だけ。それは、あの山小屋で転校生に射殺され、無残な姿に成り果てたあの榎本達也（男子一番）だ。
出発前に、自分は決してやる気にはならないと豪語していた彼は、もうこの世にはいない。そしてあの瞬間、もし一歩
間違えていたら、僕も、そして亮太も今この放送で名前を呼ばれていたのかもしれないと考えると、ぞっとした。

“続いて女子な。一番　柏木杏奈、三番　工藤聡美、四番　霜月直子、七番　新海優希、八番　進藤絵里子、以上五
　名だ。合計で六名、現在の残り人数は九名だ”

「嘘だろ……？」

亮太が、目を丸くしている。男子の数が少ないことに安心していたら、今度は怒涛の女子の激減だ。気がつけば僕の
名簿にも、女子の名前はほとんど残っていなかった。自身が殺害した柏木杏奈（女子一番）に、目の前で転校生に
射殺された新海優希（女子七番）、そしてＢ級スプラッタ映画の如く体中が崩壊した工藤聡美（女子三番）も勿論、そ
の仲間に含まれている。

“もう残り一桁か、随分と威勢がいいな。さすが、とでも言うべきなのかな。特に女子はもう二人しか残ってないなー。
　城間と中峰、お前達二人の頑張りに期待してるぞー”

そう、そして残された女子二人は、今真横で蒼白な顔をしている中峰美加と、同じくバスケ部のマネージャーを務め
ていた城間亜紀（女子六番）の二人だけになってしまったのだ。

「そんな……あとは、亜紀だけ？」

“えーとそれから、禁止エリアだ。一時からＧ＝７、三時からＥ＝６、五時からＤ＝１がそれぞれ指定される。まぁ幸い
　にも禁止エリアに引っ掛かった生徒はまだ出ていない。だが油断は禁物だ、くれぐれも用心するように”

Ｇ＝７は、会場の南東隅だ。万が一の集合場所として指示していたここが真っ先に禁止エリアに指定されて、本当に
散り散りにならなくてよかったと安心する。Ｅ＝６は東地区の公園がある場所のようだ。出発点と近いこともあり、ここ
に潜んでいる猛者はいないと思った。そして最後のＤ＝１にいたってはまったくもって山だ。僅かに国道が掠っている
ようだけれど、こんな辺境まで足を伸ばす生徒もいないだろう。とりあえず今回も前回同様、注意すべき点はあまりな
いように思えた。

“では、次回の放送は午後六時に行う。さて、次にこの放送を聴けるのは何人になっているかな？　それでは次回の
　放送もまた聴けるように、各々頑張ってくれ、以上だ”

そしてまた唐突に、ブンッ、という音と共に放送は終了した。

「また六時間後に、か……。俺たちどうなってっかな」

静まり返っていた周囲空気を揮わせたのは、亮太だった。だがその言葉はとても意味深で、かえって周りの鼓動が
止まってしまったかのような錯覚に陥る。

「な……なに縁起の悪いこと言ってんの！　あたし達はまだ生きてる。そしてこれからも生きるの！　絶対に死んだり
　なんかしないんだからね！」

美加が慌ててその言葉を取り消そうと必死になっている。
だけど、きっとこの場にいる全員がわかっているのだ。いつかは必ず、死ぬということに。ただそれが数分後か、それ
とも数時間後かの違いなだけで。

　そう、これは知らず知らずのうちに定められた、暗黙のルール。
　決して発動してはならない、非情なルール。

　この三人の中で生き残った最後の一人が、優勝する為に立ち上がるという、非常に簡潔で、かつ単純なルール。


　そう、この暗黙のルールが成立してしまっている今だからこそ。
　僕はまだ、死ぬわけにはいかないのだ。



　【残り９人】

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