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 D=4、会場のど真ん中。
殺し合いの中心地であるこの場所は、また舞台となるこの山村の中心地でもあるらしい。“金成村役場”という建物
の前に、僕達は立っていた。

「村役場……か。こりゃまたちんけな建物なこった」

「まぁ確かにねぇ……これはちっぽけだ」

僕と亮太は仲良く悪態をつく。目の前にある建物は、一階建ての木造建築。質素な作りになっていて、壁にはツタが
密生していた。今は雪が葉に付着していて、白い化粧をしている。まぁ、どう見ても村役場というには不釣合いな建物
だった。この村の規模が、この建物だけで把握できてしまうのは悲しい。

「まぁいっか。ここなら寒さも防げるだろうしな」

亮太はそう言うと、ずんずんと進んでいく。
時刻は午後二時過ぎ、先程までは澄み渡っていた空も、薄っすらともやがかかったような状態になってきた。恐らく夕
方頃には曇りになり、そして昨晩同様、再び雪が降り始めるのだろう。その前にどうにかして屋根のある場所には辿
り着いておきたい、それが亮太の考えだった。

「……おっと、流石に正面玄関は鍵が掛かってるか」

「いや、普通に考えたらどこも鍵はかかっているんじゃないかな」

「じゃ、亮太君のその馬鹿力でこじあけちゃえばいいよ」

美加は玄関脇の窓に手をかけて、ガタガタと揺らす。しかし、まぁ当然というべきだろうか、やはり鍵はきちんと掛かっ
ているようだった。冷たい窓枠に素手で触ってしまった為か、美加は寒そうに両手を擦り合わせている。

「やっぱし無理だよー、別にここじゃなくたっていいじゃーん」

「んー……そうだな。まぁ別にここでなくたっていいんだが……!」

すると、突然亮太はズボンに挿していたグロッグ33を構えた。自分が撃たれると勘違いしたのか、美加はひっ、と小
さく悲鳴をあげて屈んだが、対象はその背後に迫っていたのだった。

「……村田君」

そこに立つ人物。野球部に所属していて、四番を務めていた男子生徒。そして、河原雄輝(男子二番)と共に木下栄
一郎の親友であり、葬式で加害者達に対して本気で怒り、暴れたくらい親友思いの、とても熱くなりやすい奴。

 村田修平(男子十二番)が、そこに立っていた。

村田とは、別段にそこまで交流関係が深かったわけでもない。普段から適当がモットーとも呼べるような軽さっぷり
で、この間の終業式もブッチした程の男だ。まぁ、一応僕達と木下栄一郎が比較的よく一緒に話をしていた仲だった
から、必然的に同じ部活の村田とも話す機会は多かったのだけれども。

「亮太、よせ。撃つ必要はないよ」

だけど、その一見ちゃらけた姿の村田は、このプログラムに巻き込まれた瞬間から雰囲気が変わった。それは、もう
眼を見ればすぐにわかるくらいに。
ピクリと村田の眉が動く。一瞬だけ右手が後ろに動きかけて……だが止まった。

「……やぁ、久しぶりだね、村田君」

その目は、僕の肩から吊り下がっているマシンガン、ステアーTMPに向けられていた。恐らくそれがいとも簡単に人
名を奪うものだと悟ったのだろう、村田は静かに、喋り始めた。

「そうだな、成海。それと萩野に中峰も」

「どうやらご無事のようで」

亮太はグロッグを下げる。村田の目が見開いた。

「別に僕達はやる気なわけじゃない。村田君を殺そうだなんて思ってもいないよ。……だけど、アレだね。次回からは
 もう少しだけ、気配を隠さずに近付いてきてもらえると助かる、かな」

僕が言うと、村田は少しだけ笑った。

「まぁ確かにそうかもしれねぇな。やる気じゃないっつっても、殺る時は殺るんだろうな。不意打ちだと勘違いされて殺
 されたらたまんないわな」

「わかってもらえたようでなにより、と」

村田は唇だけ歪めて笑っている。それはきちんと皮肉を皮肉と理解している証拠だ。まぁいい、こいつはこういう男な
んだ。気にしていたら駄目だ。
村田は手を後ろに廻すと、次にそれを前に出したときにはその手に拳銃を握っていた。僕も亮太も一瞬だけピクリと
反応したけれど、その人差し指は引き金にはかかっていなかった。

「成海の武器がそのマシンガンで、萩野の武器は拳銃みたいだけど……まぁ俺の武器も晒しておこう。これだよ、こ
 れ。えーと……なんだっけ、そうそう。ソーコム・ピストルってやつ」

村田はそういって、ソーコム・ピストルを見せた。距離にして大体三メートル、互いにギリギリで干渉できない位置だ。
しかし、うまいな。そうやって自分の武器を見せ付けることによって、必然的にこちらの武器を確認しようとする魂胆
か。そう思っていると、美加があちら側の思惑通り、ポケットから癇癪玉を取り出していた。

「村田君、これあたしの武器ね。クラッカーボール」

「ほぉー、なるほどね。なかなかいい武器、揃えているんじゃんか」

村田はこちら側の武器を確認するや否や、再びズボンの後ろに拳銃を仕舞いこんだ。僕達はどうすることも出来ず
に、ただ村田を見つめていることしか出来ない。

「……安心しろ。俺も乗り気じゃねぇ、意味もなくてめぇ達の命はとらねぇよ」

そういいながら、村田は両手を上げている。
僕は、これからいったいどうするつもりなのかを尋ねようとした。そのときだった。


「その言葉、本当なのか」


唐突に、背後から声が聴こえてきた。
バカな。僕達の後ろには、もう壁しかないじゃないか。誰も居ないはずなのに……いったい、誰が。

「……嘘だとしたら、俺は仲間はずれにするのか?」

振り返ると、そこには村役場へ入るための扉がそびえ立っている。その向こう側から、声はしていた。それをわかって
いたのか、村田は笑いながら返答している。

「……質問に答えてもらいたいね、村田さんよ」

「あー、わかったわかった。マジっぽいから、冗談は抜きにしとこうな。さっきの話はマジ話だって。これでいいんだろ、
 な?」

「…………」

扉の向こう側の人物は、黙ったままだった。それが三十秒ほど続いただろうか、カチャカチャと鍵が開く音がしたかと
思うと、ガラガラと引き戸式のドアが開いた。

「とりあえず、信用しよう。四人には仲間になってもらう」

そこに立っていたのは、一人の男子と一人の女子。いったいいつからそこに立っていたのだろうか。

「まったくよぉ、盗み聞きっつーのは感心できねぇな、菅井さんよぉ」

「抜き打ちテストを予告してたら意味ねぇのと同じだっつの」

そう言って、ニヤリと笑みを浮かべたのは、紛れもなくバスケ部の元キャプテン、菅井高志(男子七番)だった。そして
その傍らでは、今となっては唯二人の女子の生き残りであり、バスケ部の元マネージャーを務めていた、城間亜紀
(女子六番)が薄っすらと笑みを浮かべていた。

「アキ!」

美加が、亜紀に飛びつく。それは本当に久方ぶりの再開であると共に、よくここまで生き延びてきたという安堵、歓喜
なのかもしれなかった。

「美加、よく無事に生きてたね……!」

そんな光景を見ながら、僕は菅井に向かった。

「……さてと、菅井君。四人ってことは、僕たち三人もそっちの仲間になるってことでいいのかな」

「勿論だ、歓迎するよ。まぁこんなところで離しているのもアレだからな、とりあえず中に入れや」

「それもそうか。じゃ、お邪魔させてもらいますよ、と」

菅井が家に上がる。続けて僕が、亮太が、美加が、亜紀が、そして最後に村田が入ると、扉は再び音を立てて閉じら
れた。カチャンと、鍵がかけられる。


 そこはあの山小屋のような、血の臭いはまったくしなかった。
 本当に当たり前の、木の匂いが充満していて、心地よかった。

 出来ればここが血で汚されることのないように、と。
 僕は少しだけ、心の中でそう、願った。



 【残り9人】





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