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 このヤロめ。
 最後の最期で、本性を見せやがって。

 村田修平(男子十二番)は、部屋へ急いで戻る途中で、ふとそんなことを考えた。普段から温厚な性格をしていた
成海佑也(男子九番)。その彼が、まさか本当にこのプログラム中に殺人を犯しているなんてことは、予想もつかなか
ったのだ。最初に遭遇したときに感じた微かなあの違和感。それはつまり、そういうことだったのか。

  ―― これで僕を殺せたとしても、この先どうするつもりだい。亮太や菅井が黙っちゃいないよ。
  ―― ふん、この僕を殺すんだ。無駄死になんかしたら、七代先まで祟ってやるからな。

 成海の言った、最期の言葉。正直、怖かった。あの成海から、まさかこんな言葉が出てくるとは。成海だって本当は
わかっていたんじゃないか。自分自身がプログラムを経て変わってしまっていることに。それを認めたくなくて、必死で
元の自分を“演じていた”ことに。
可哀相に。まさかプログラム中に、しかも自分が殺した相手に対してこういった感情が出てきたのは、自分でも意外
だった。非情になろうとしていたのに、やっぱり自分は、それこそ“演じきれてない”のかもしれない。
そのことが、再び俺を奮い立たせてくれる。俺は立派に“演じきらなければ”ならないんだ。このプログラムで生き残
る、唯一人となるために、俺は最期まで、“演じ続けなければ”ならないんだ。非情に、徹して。

 みんなが揃っていた会議室の扉を、俺は凄い勢いで音を立てて開けた。先程の銃声が聴こえたからなのだろう、場
こそ静かだったが、その雰囲気は喧騒に包まれていた。頭の中に、あの歪な笑みを浮かべた成海の顔が蘇る。

  ―― さぁ、村田君。君はどうやってこの面子を皆殺しにするんだい?

うるせぇよ。お前は黙って地獄の淵から俺を見てろ。実戦経験なら、少なくとも俺はお前よりは優れていると信じたい
んだからよ。

「逃げろ」

俺は、静まり返った部屋に、そう告げた。事態を察したのか、菅井が、萩野が、各々の武器を持って立ち上がる。

「それだけじゃわからない。状況を手早く説明してくれ」

「村田……佑也は、どうした……」

そう言いながらも、菅井と城間は手荷物を素早く整理していた。いつでもここから抜け出せるように、体制を整えなが
ら。中峰だけが、どうすればいいのかわからずに、おろおろとしている。

「便所の窓ごしに、成海が狙撃された。即死だよ。俺も多分見られたと思う……くそっ、しくったな。すまん」

そう告げた瞬間、全員の顔が醒めた。成海の、死。それもようやく信頼できる仲間同士で合流できた途端の、死。中
峰が、震えながら首を振る。

「そんな……嘘、嘘だ。ユーヤが死んだなんて、そんなの……!」

「……村田。それで、佑也を撃ち殺したのは誰だ」

萩野が、苦痛そうな顔をしている。それもそうだ。この二人は、恐らくこのプログラムが開始してから、ずっと成海と行
動を共にしてきたのだろうから。それだけ、ショックも大きいのだろう。

「……悪い、一瞬の出来事だったから顔までは判断できなかった。多分茂みかなんかから狙撃したんだろうと思う。
 相当の名手だぜ、ありゃ」

「スナイパー……くそ、やっぱりあの転校生とかいう奴か! 俺たちを追ってきたんだ!」

萩野が机をたたく。成海が座っていた席に、寂しげに取り残されていたステアーTMPが、カシャンと音を立てて落ち
た。それを俺は拾い上げて、未だに震えて、両手を顔に当てている中峰に向けて、差し出した。中峰が震える手で、
そっとそれを受け取る。

「中峰、時間がないんだ。こいつはお前が持っとけ」

成海の、遺品。それはとても冷たいものだけれど、しっかりと成海が身に着けていたもの。それを理解してか、中峰は
それを大事に抱えた。その頬には、うっすらと涙が流れていた。

「村田君……ユーヤ、ホントに死んじゃったの?」

「便所でな。あいつを想うんだったら、死に顔は見ないほうがいいぞ」

それは本当だった。俺はあいつの顔をぶっ飛ばしたのだ。今それを中峰が見たら、気絶するのはほぼ間違いないだ
ろう。案の定中峰はそれを察知してか、へたりと床に座り込んでしまった。それは本当に年相応の女子の反応らし
い。こんな奴が、本当に殺人に加担するほど豹変してしまうのか。成海の言葉からは、それは想像できなかった。

「とにかく、俺の存在もばれている以上、あまりここにはいない方がいいと思う。相手はかなり腕の立つ奴だ。この中
で篭城するよりも、さっさとどこかに移動した方がいい。そうだろ、菅井」

ずっと黙りこくっていた菅井に、俺は振る。菅井は、二、三秒俺を凝視すると、ゆっくりと頷いた。そして、デイパックか
ら地図を取り出して、机の上に広げる。全員が、それを覗き込む。

「よし、いいか。今俺たちは、D=4にいる。ここからそれぞれ別れて行動しよう。それで……集合場所はここ、B=7
 の金成八幡だ。なるべく位置がわからないように、各々別ルートで向かうことにしよう」

「どうしてわざわざ会場の端にするんだ、菅井」

「もう俺たちには仲間はいないだろ。目立つ会場の中心にいるよりは、まぁ隅に隠れたほうが効率的、そうは思わな
 いか?」

「……それもそうだな」

萩野は頷くと、デイパックを担いだ。今にも飛び出さんとするばかりだ。

「よっしゃ、先陣は俺がきる。俺はぐるりと会場の北西を大回りして向かうよ」

「……萩野、このルートは山道だ。大丈夫なのか?」

「おーい、誰に向かって言ってんだよ菅井。俺の持久力はお前だって知ってるだろ」

そういえば萩野は元バスケ部のフォワードだった筈。今は受験勉強でろくに運動もしていないのだろうが、それでもそ
の桁外れの体力は山道を乗り越えることくらい朝飯前なのかもしれない。菅井は再び黙り込んで、大きく頷いた。

「……わかった。よろしく頼む」

「了解」

「ただ、出るときは勝手口からそっと出るんだ。入口で待ち伏せされていたら厄介だからな」

「わかってる。新海の二の舞にはならないよ」

新海。あぁ、そういえばこいつら、前にも転校生の襲撃を受けていたんだっけな。その時に、のこのこと外に飛び出し
て射殺されたのが新海とか何とか言っていたような気がする。なるほど、確かに萩野は変わった。こんな不謹慎な発
言をするようなやつじゃなかったはずだ。それとも、これがこいつの本性なのだろうか。

「じゃあ、その次に女性陣に出て行ってもらおうかな。二人でなら大丈夫だろ。ルートはこの正規の短いルートで大丈
 夫だな」

「えー? 菅井君にも来て欲しいな。そしたら安全じゃん」

城間が駄々をこねる。まぁ、これは彼女なりの配慮だろう。バスケ部のマネージャーとして、レギュラー陣の緊張をほ
ぐすのも役目のうちの一つなのだから。菅井は少しだけ笑みを浮かべると、言った。

「村田から成海の武器、貰っただろ。お前の手榴弾だってある。これだけあれば、襲われても立派に反撃できるさ。
 大丈夫、また向こうで会おう」

「へへへ、やっぱりそっか。別にいいよ。あたしは一人で走って行く。二人で固まってると危ないからね。手榴弾だけ
 で充分、逃げ慣れてるからね」

城間も菅井同様笑みを浮かべると、デイパックから手榴弾を取り出した。それを、スカートに差し込む。いつでも投擲
できるようにする為だろう。そのいでたちを見ると、少しだけ恐ろしい片鱗が垣間見れた。

「……美加。一人で、大丈夫なのか?」

しかし、菅井はどうやら二人で向かわせる本当の目的は中峰にあったようだ。確かに、ずっと行動を共にしてきた仲
間を殺された今、まともに行動できると考える方がおかしい。だけど。
だからこそ、俺はそれを見越して、マシンガンを彼女に託したのだ。そうすれば、彼女は必ず一人で行動してくれる
筈。そう、信じて。

「……大丈夫。ユーヤの、マシンガンが……きっと守ってくれる」

「……そうか。襲われたら、無理はするな。生きることだけ考えるんだ」

中峰は、小さくコクンと頷いた。ぎゅっと、形見のマシンガンを握り締めるその光景も、少しだけ歪んで見えた。

「よし、村田。俺たちは最後に正面から堂々と出発する。それでいいな」

「……は?」

唐突に言われたその言葉に、俺は唖然とした。わざわざ、どうして正面から出る必要がある?
その質問こそ口には出さなかったが、菅井はどうやら感じ取ったらしい。やれやれと苦笑しながら、続けた。

「俺たちでその襲撃者を倒していくんだよ。その方が効率がいいだろ?」

「あぁ、なるほど」

 そんな襲撃者は、いない。そんなことは、口が裂けても言えなかった。
 だって。成海佑也を殺した本人は、お前の目の前にいるんだから。

 俺は顔が笑ってしまうのを、必死に堪えた。
 まさか、こんなに簡単に全員を騙せてしまうとは思わなかったからだ。

 成海、見てるか。どうやら神様は、俺に味方してくれたらしいぞ。



 【残り8人】





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