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 転校生は、それから一時間程経過してから、ゆっくりと本部へと戻ってきた。
 やけに戻って来るまでに時間がかかったなと思ったが、それを尋ねる気にもなれなかった。

 私は本部の面談室にて彼と対面した。若手兵士が、お茶を持ってくる。

「まぁ、飲みなさい」

「…………」

 彼は黙ったまま、私の眼を見つめていた。やけに挑戦的な眼をしていた。
私は少しだけ溜息をつくと、視線を逸らして自分の分の湯飲みを啜る。少しだけ体が温まった。外を見てみると、どう
やらまた雪が降り出したらしい。既に電気関係は全部遮断していたから、夜が深まるにつれて次第にこの本部も冷
えていくのだろう。
転校生を見る。どうやら再び雪が降っていることに気付いたのだろう、彼もまた外をぼんやりと眺めていた。試合が始
まるときにもしんしんと降っていた雪。彼はその時の事を思い出しているのかもしれない。

「さて、まぁ私は君のことについては上から色々と報告を受けているんだが……」

「…………」

私が喋りだすと、再び彼は私のほうを見た。ぼんやりとしていて、意識がまるで存在していないかのようだった。別に
精神がいかれているわけではない。ただ、恐らくはまだ、自身が今回も生き残ったということに対して、そこまで深く
考えられないということなのだろう。

「今回は優勝者……つまり生き残りは君だけだ。だが、君の存在は世間には公表されない。つまり、代理のものが
 優勝者としてマスコミには報告される。尤も、病院へ搬送する途中で死亡、ということにはなるが」

「…………」

業務連絡は、今までにも何度か受けているのだろう。これまでに三十回以上の優勝を果たしている彼だ。最早耳にタ
コが出来ているのかもしれない。特に興味なさ気に、再び窓の外を眺めていた。だが、一応これは規定であると共
に、彼に伝えなくてはいけない事項。省略するわけにはいかなかった。

「そして、勿論ビデオ撮影も行わない。君はまたいつもの場所で待機してもらい、次のプログラムの参加の召集を待
 つことになる。……ここまではいいね」

「…………」

一瞬だけ、彼は私と目を合わせた。別に頷いたわけではないが、それが彼なりの了承のサインだったのかもしれな
い。私はもう一度お茶を啜ると、続けた。

「これから君は、私達の手で元の場所へと戻される。以降はこの場所には戻ってこられなくなるが……なにか遣り残
 したこととかはあるかな」

「……」

だから私は、あえて規定外の質問を彼になげかけた。案の定、彼は視線を私に合わせた。眉をひそめ、再度睨みつ
ける形となる。私は、少しだけ表情を崩した。

「いやね、今回のプログラムは一日も経たないうちに終わったんだ。そして次のプログラムの開催日まではまだ時間
 的に猶予はある。その間、私達の監視下にはなるが、少しだけ君は自由になれる。どうだ?」

「……」

彼は、少しだけ心を動かされたみたいだった。だが、それも本当に一瞬だけのことで、すぐに俯くと、首をうな垂れて
力なく振った。彼には、今回も生き残ったのだという安堵とともに、すぐに迫り来る次回の殺し合いが、既に見えてい
るのだろう。

「……そうか、残念だ。少しだけ、君のことが知りたかったんだが」

「…………」

私には、彼の考えが読めなかった。前回のプログラムで一体何が彼の身に起きたというのだろうか。いや、もしかし
たら前回だけではなく、これまでの流れに一貫した何かが、彼を苦しめているのかもしれない。
とにかく、今回の彼はひたすらに遭遇した生徒を殺していた。そう、ただ、見えない誰かに操られているかのように。
それは恐らくこのプログラムで陰から彼を操っていた奴の存在もあるだろうし、それ以上に彼の内部からの抑制力も
関係していたのだと思う。
無駄に多くの人間と、それも遠からず死に逝く人間との関わりを持つことは、彼自身の精神を追い込んでいくことにな
る。それならば、最初から一切の余計な関わりを排除し、ただひたすらに、感情を殺して優勝という名の生還を目指し
て、敵を殺すのが一番なのかもしれなかった。

「これで私からの話は終わりだ。無駄に付き合わせてしまってすまなかったね」

「…………」

私は立ち上がった。同時に、的場と豪徳の両名が部屋の中へと入ってくる。迎えの車はとっくに到着しているのだろ
う。そして、彼は例の場所へと再び帰っていくのだ。
彼は立ち上がると、二人の老兵士の間に挟まれて、歩き始めた。

「……結局、君は私の前では一言も喋らなかったね」

「…………」

 私はすれ違い様に、彼にそう言った。
 そして、振り向くと。さらに私は続けた。

「もう、私と君が会うことは二度とないだろうね」

「……」

 彼は立ち止まる。そして振り向いた。
 これで、彼と眼を合わせるのは何度目だろうか。


  ―― どうかな?


 彼は、口元だけを歪めて笑っていた。

「…………!」

 私がそう感じたときには、既に彼は再び踵を返して歩き始めていた。
 私の手が、微かに震えていた。

 私は急におかしくなって、同じように口元を歪めて笑っていた。
 なんてことだ。あんな若造に、恐怖心を植えつけられるだなんて。変な話もあったもんじゃない。


 遠ざかる彼の背中を見て、私は確信した。

 あいつは、化けると。



 窓の外を見る。
 今夜もまた、積もりそうだった。






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