#2



 ようやく、つまらない学園生活が終わった。
 これでボクは晴れて年内を自由に過ごすことができるのだ。


 ボクは真っ先に教室を飛び出すと、笑いながら家へと駆け戻った。成績表なんてものが渡された気がするけれど、
そんなものには大して興味がなかった。どうせ備考欄のところに、「もう少し社交関係を広く持ちましょう」なんていうあ
りがた迷惑なアズマの言葉が添えてあるだけだろう。見なくともそんなことはわかる。
家に帰ると、鞄を放り投げて早速パソコンの電源を入れた。そして、立ち上がるまでの僅かな間にいそいそと着替え
ながら、あぁ……ボクは完全に依存症だな、と苦笑した。だけど、まぁいい。依存しているのなら依存していていい。
ネットの世界でならボクはボクじゃなくなるんだ。ボクは無口で寡黙な中学生から、社交的で活発な中学生へと変身
出来るのだから。
それを周りの大人はなんと思うんだろうか。くだらないとか思うのかもしれない。でも、ボクにとってはネットが全てな
んだ。なにも働かなくちゃならない年齢でもない。その年になったらボクはきちんと働くさ。でも、それまでの間だけで
も、夢くらいは見させて欲しいじゃないか。別に学校には毎日通っているし、勉学だってそれなりにはしている。それ
なりの高校に入って、そこそこの大学に受かって、その調子で就職するだけだ。それまでの間、どうかボクがネット界
の『トシ』になれるように、少しずつ、少しずつ努力していけばいい。だから、中学の間だけは、せめてあと少しだけ。
世の中そんなに甘く行かないことはボクにだってわかる。このままじゃいけないんだなってこともなんとなくわかる。だ
けど、それは強い人間の考えることだ。ボクみたいな人間が四の五の考えたって無理に決まっているじゃないか。や
る時にはやる子、要するにやるやらないだけが一番の問題点なのだから。

ボクはいつも通り、メインとなるチャットにもぐりこむ。
今日のメンバーも三人、常連からは小太郎、チャコ、そして再び見慣れない名前の38という奴がいた。

『トシ:こんにちは、今日は早めに入室します』
『小太郎:おー、トシ今日は学校休みか?』
『チャコ:こんちはー。私もさっき入ったところ。朝の検査が終わったんだー』
『38:はじめまして。38であゆってよみます。よろしく』

38であゆ……あぁ、なるほど。キーボードのかな打ちであゆ、か。それにしても変なハンドルネームだ。

『トシ:あゆさんはじめまして。トシです』
『チャコ:あゆちゃんね、まだ小学生なんだってー。可愛いねー』

あゆ……あゆ、か。小学生というのが本当かどうかはわからないが、確かにあまり漢字も使っていないし、その変な
ハンドルネームもローマ字を知らなかったから、という可能性も捨てきれない。
とりあえずどんな奴なのか、探りを入れてみようと思った。

『トシ:今日は終業式だったんですよ。だからこんなに早く来ることができた』
『38:トシさんもですか。あゆもです』
『トシ:へー、小学生ももうそのくらいの時期で終業式なのか。早いね』
『38:二期制だから早いです』

二期制? てことは私立の学校か。随分といい身分らしい。うちとは大違いだ。
小学生からネットに入るというのも変な話かもしれないが、まぁ確かに最近の風潮を考えるとそういうのもおかしくは
ないのかもしれなかった。
その時だ。急に外でサイレンが鳴り響いた。またどこかで火事でも発生したのだろうか。それもかなり近所だった。え
ぇい、邪魔をするな。ボクはカーテンを勢いよく閉めると、再びモニタの前に座った。
すると、先程とは違う窓が開いていた。そこもチャットの形式になっている。いったいなんだろうか。

『38:トシさん、ちょっと個人的にはなししましょう』

そう覗き込んでいると、突然発言が表示された。あゆのものだった。ボクはよくわからなかったけれど、なにか事情が
あるのだろうと思って聞いてみることにした。

『トシ:なんだい?』
『38:トシさんは今中学生ですか』
『トシ:そうだけど』
『38:三年生ですよね』
『トシ:それがどうしたのかな』

『38:プログラムって、知ってますか』

ポーンと、パソコンの警告音が鳴った。ボクが席を離れたのかと思って、小太郎が呼びかけ行為をしたらしい。ボクは
二人での会話がバレないように、そちらでも細々と会話を続けるようにした。

『トシ:プログラムって、あのプログラムか?』
『38:そうです。この前学校でならいました』
『トシ:まぁ、そうなるだろうね。知っているけれど、それがどうかしたのかい?』
『38:確認していいですか。トシさんは、さいたまの人ですか』

ボクは、少しだけ気味が悪くなった。中学三年生ならまだしも、埼玉在住を一発で当てるとは。表示されているプロバ
イダからそんなことが小学生にわかるのだろうか。

『トシ:埼玉だけど、なんで? それがどうかした?』
『38:ひばり中学A組ですね』

違和感は、予感に。ボクは、意を決して書き込んだ。

『トシ:お前は、誰だ』
『38:戦闘実験第六十八番プログラム、任意の中学三年生のクラスを最後の一人になるまで互いに殺し合わせ、そ
 の戦闘データを参照するプログラム。今年度第三十八号に、貴方のクラスが選ばれています』

急に口調が変化した。思わずボクは仰け反った。
38……? それはつまり、三十八号のことか? あゆっていうのは、全部嘘なのか。

『トシ:なんでそんなことがわかる』
『38:私は報告したまでです。信じるのも信じないのも貴方の自由です。私はこれまでにも何度かプログラムに参加
 する生徒に事前に通告はしてきたのですが、まぁそれをうまく役立てたのはあまりいませんでしたね』
『トシ:小学生じゃなかったのか……』
『38:貴方がいつもここのチャットに入り浸っているのは知っていました。だから、ようやくこうして接触に成功したわけ
 です。ですが、ログを管理者に取られている以上、特定の個人情報をここで打ち明けるわけには行きません。それく
 らいはわかりますよね』

それくらい、といわれてもボクには全然わからなかった。ただ、いきなり現れた奴に、学校のクラスまでピンポイントで
当てられて、それでも信用しないというわけにはいかなかった。

『トシ:で、どうしろと?』
『38:どうしようもありません。今年のプログラムはなんか変なんですよ。生存者が一人なのか二人なのか、あるいは
 それ以上なのか、それさえもわかっていないんです。だから、私が出来るのは貴方に情報を与えること、それだけ
 なんです』
『トシ:情報?』
『38:今年のプログラムでは、ある企画が進行中です。それも、過去に例を見ないくらいとんでもない企画が。詳細は
 把握できていませんが、どうもある生徒がずっと一人で優勝し続けているとか』
『トシ:え?』
『38:その生徒の名前はタカミヒロアキ。それしかわかりません。本年度の第一号に参加していた生徒ですが、その
 後のプログラムでも、どうやら彼が参加しているとの情報が多々ありまして。まぁ、恐らく偽名参加なのでしょうけれ
 ども。恐らく、そちらのプログラムでも転校生として現れるはずです』
『トシ:まだそいつ、生きているんですか?』
『38:死んでいなければ、あるいは。政府の公表によると、その生徒は存在を抹消されているので、生存確認がこち
 らでも取れないんですよ。ただ、転校生が存在したら、間違いなくそいつはタカミヒロアキだと思って下さい。恐らく
 偽名で突き通してくるとは思いますが』
『トシ:それで? わかったところで、どうしようもないじゃないですか』
『38:少しでも私は多くの生徒を助けたい。脱出したくはありませんか?』
『トシ:脱出できるんですか?』
『38:えぇ、出来ますよ。私が貴方に色々と教えます。それをどう使うかは、貴方の自由ですがね』

ボクの、自由。それはつまり、ボクだけが知る情報を、誰に伝えても良いということだった。
そして、ボクには友達なんてものは勿論いないし、別に誰かを助けたいという心もない。それは即ち、向こうが頼み込
んでこない限り、ボクしか脱出する人間はいないということになる。そんな可能性は、ほぼ皆無だろう。

『トシ:でも、それってあとあと面倒になりませんか』
『38:面倒? そちらこそ、死ぬよりはマシだとは思いませんか?』
『トシ:確かに、死にたくはないけれど……でも、面倒です』

そして、暫くチャット画面は更新されなかった。向こうも向こうなりに、考えているのだろう。こんな人間、初めてに違い
ない。この人物、もしかしたらこれまでにも何度かこういう手助けをしてきたに違いないが、助かる権利を放棄するよう
な人間に、有益な情報を与える価値があるのかどうかをきっと考えているに違いない。

『38:貴方がきっとプログラム中に考えを改めることに期待してみましょう』
『トシ:いいんですか?』
『38:接触できないよりはマシでしょう。間違っても、私の存在は告げないようにして下さい。それだけが私の望みで
 す。よろしいですね?』
『トシ:では、その方向で』

 その日の話し合いは、結局深夜近くまで及んだ。
 その間に手に入れた知識で。ボクは。

 ボクは、全てを操ってみせるんだ。






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