#3



 突然、巻き込まれてしまったプログラム。
次々と生徒たちが教室から出発していく中、ボクはただ淡々と、目の前で起きている光景を処理することしか出来な
かった。
あの謎の人物がボクに接触してきたまさにあの時、木下栄一郎が交通事故によって死んだということ。そして、その
父親が担当教官だということ。松本孝宏が死体となってボクたちの前に運ばれてきたこと。次々と覚醒剤の常用者が
暴露され、手を染めていたものに容赦なく銃弾が撃ち込まれたこと。
プログラムに巻き込まれること自体はあの人物から聞いてはいたけれど、ここまで話が膨らむなんて誰も聞いてない
し、信じられない。なにより、ボクが恐れたのは転校生が介入してきたという事実。三鷹明弘とあの教官は紹介して
いたけれど、そんなのは勿論偽名だ。しかも、なんともまぁわかりやすいアナグラム。本名が高見広秋だと知っている
のは、クラスの中でもきっとボクだけに違いない。そして、恐らくあの転校生は無事に三十七号も切り抜けた、そう考
えていいのだろう。
まずボクが出発してからしなければならないこと、それはパソコンの確保だった。貧乏人である手前、ノートパソコンな
んて高価な品物はボクは残念ながら持ち合わせていなかった。データは全部フロッピーディスクに突っ込んできた。
そしてそれは、ボクの私物の中に仕舞いこまれている。ここまでは順調だった。
あとは、あの人物に指導されたとおりにプログラムを起動すればいい。ボクだけにしか出来ない技だ。ボクだけしか知
らない情報、それで、ボクは。

『38:残念ながら、貴方には全てを教えることは出来ない』
『トシ:どういうことなんですか? 生き残るのを保障してくれるんじゃないんですか?』
『38:私は貴方には必要最低限の知識だけを教える。それをどう利用しようと貴方の自由だ』
『トシ:つまり、仲間を作って脱出してもいいし、自分だけが逃げてもいいということですよね』
『38:私の本心で言えば、出来るだけ仲間を救って欲しいというのが希望なんだが』
『トシ:ちなみにそれが、政府側にバレる可能性はありますか』
『38:大いにある。政府もバカじゃない。試合が終わった後は、勿論死体の本人確認もすることになっている』
『トシ:身元を確かめるんですね』
『38:それこそDNAの分野にまで及ぶと私は考えている。だから、貴方やその仲間の存在が確認できないとなると、
 政府側はきっと感付くと思う』
『トシ:行方不明扱いということですか』
『38:いや、数年前に発生した脱走騒動で、向こうだって警戒はしている。情報が外に洩れないように、一生懸命対
 策は練っている。身元が確認できるまでは、生きているものとして指名手配をするかもしれない』
『トシ:それはつまり、脱走した者は、ということですよね』
『38:そうだが……』

そう、あくまでこれは、ボクが脱走した場合だ。
ボクが例えば底なしの池や沼に飛び込んで、死体を発見できなくしたような事態に陥ることでもしない限り、政府はボ
クが生きているものと仮定し、最悪指名手配にまで発展するというのだろう。
もしもボクがきちんと段階を踏み、優勝したならば。全てはうまくいくのだ。ボクがクラスメイトを殺すふりをして密かに
脱出の手配を廻す、なんていうカッコいいことだって出来なくもない。なにも、脱走するのはボクでなくたって構わない
のだから。むしろ、誰も脱走させない、というのもありかもしれない。
ボクが、優勝する。それだけなら、あとでいざこざも起きない。ボクは元通り普通の生活に戻れる。それで万事解決じ
ゃないか。みんなが知らない情報を駆使して、ボクが生き延びる。出来ないことは、ないんじゃないだろうか。

 村田修平山本真理河原雄輝、いかにもやる気になりそうな奴らが次々と出発していく。それ以外でも、まだ教室
には菅井高志萩野亮太など、プログラムに積極的に参加しそうな面子が残っている。ボクはそいつらに対しては絶
対に勝つことは出来ないだろう。勝つことが出来るとしたら、あの例の転校生くらいだろうか。なら、簡単な話しだ。ボ
クが転校生を仲間にしてしまえばいい。それで、転校生を脱出させてしまえばいいんだ。転校生が死んだということに
してしまえば、もう今後はプログラムに連続で参加する必要もなくなる。自由の身になれる。ボクも正式な優勝者とし
て帰還できる。生き残りは二人、表面上は一人、問題ない。おまけに、政府は転校生のことは公にしていないから、
大々的に指名手配することだって出来ない。うまい、うまいんじゃないか、これは。

 誰も助けない。
 誰も救わない。

 ただひとつ。優勝する為に、転校生を利用する。

ボクは壁にだるそうにもたれかかる転校生を、そっと見た。
なんて疲れた眼をしているんだ。次々に出発していく生徒を、本当に気だるげに見ている。対象となる獲物を、一人ひ
とり吟味するかのように。
ふと、転校生がこちらを向いた。ボクと眼が合った。

 ボクは、笑った。転校生が、きょとんとしている。
 さぁ、ボクの為に働け。お前を、自由にしてやるんだ。文句はないはずだ。

 ボクは、フロッピーディスクが入った鞄をぎゅっと抱きしめると、視線を逸らした。
 さぁて、高見とやら。君の腕前を、是非見せてもらおうではないか。

 ボクが、全てを裏から、操ってやるのだから。






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