05.試合のはじまり


 身体の震えが、止まらない。
 これが夢なのだとしたら、なんという悪夢なのだろうか。

 明石真由(2番)は、窓際のポジションからまったく動けなかった。少し離れた場所ではあったが、そこからでもはっきりと間宮由佳里(19番)と副田紗耶香(11番)が波崎蓮(16番)によって撃ち殺される瞬間はばっちりと見えた。あれだけ騒いでいた問題児2人も、今は物言わぬ死体に成り果てた。
もともと天文気象部という名の幽霊部員だった2人は、少しだけ苦手だった。私はそこまで活動的に遊びまわれるような性格はしていなかったし、男子と話すのが苦手な私にとっては、2人がいろんな男子たちと夜な夜な遊んでいるという噂を聞いてからは、あぁ、自分とは住む世界が違うんだろうな、と思ったものだ。
そして、あの加納とかいう謎の男性が言うには、その夜な夜な遊んでいる仲間たちで、波崎くんのお父様を還らない人にしてしまったらしい。怖い話だ。そして、波崎くんは、彼女たちを、加納に渡された拳銃で、粛清した。それだけの話だ。

 粛清。
今の波崎くんの顔は、2人の女子を殺したにも関わらず、いつもと変わらない、淡々とした顔をしている。さすがに笑顔こそ見て取ることはできなかったけれど、動揺しているとか、泣きそうになっているとか、そういった感情は表情からはわからなかった。あれでいてポーカーフェイスな人間だから、もしかすると頭の中は既にぐちゃぐちゃになっているのかもしれない。
私だったら、どうしただろう。いきなりクラスメイトを殺せと言われて、はいわかりましたと命を奪うことができるだろうか。そんなの、やってみないとわからない。だけど、今回の場合は一方的な蹂躙だ。反撃できない相手を、容赦なく殺せと言われたら、どんな理由があっても、私は撃ち殺す自信なんてない。そんなの、無理だ。となると、この試合がはじまったら、殺す気のない人間は、先程間宮由佳里が加納に言われた通り、やる気のない人間は生き残れないと言われた通り、死ぬしかないってことか。

 死ぬ。
死ぬって、いったいなんなんだろう。今まで15年間、ただなんとなく生きて、なんとなく勉強して、なんとなくこのまま大人になって、そして働いて、結婚して、子供産んで、そして病院で死ぬ。ただなんとなく、概念として最期に待ち構えているのが、死だと思っていた。こんなまだ中学生の途中で、いきなり割り込んでくるような存在ではなかったはずだ。
でも、24人いたクラスメイトのうち、早くも2人は脱落してしまった。試合が始まったら、さらにここから21人の生徒が脱落して、優勝者だけが生き残って帰れる。私は間違いなく、その21人の中に入る。つまり、それが死だ。なんだか、おかしな感じだ。

「他に、質問はあるか?」

 波崎くんから返してもらった拳銃をスーツの胸ポケットにしまいこむと、加納は再度教卓からみんなに向かって言った。そういえば、質問タイムの途中だったっけか。すっかり、忘れていたよ。
でも、さすがに質問者が撃ち殺されたこの状況下で、新たに質問できる奴なんか。

「いいですか」

いた。部屋の後方に寄りかかっていた、和光美月(24番)が、鋭い眼を加納に向けていた。さすがバレー部のエース、女子の中では一番背の高い彼女の威圧感は、半端ない。

「和光くんだね。はい、どうぞ」
「どうして、私らなんですか。これも、教育委員会が決めたことですか」

美月は、その寄りかかった体勢を崩さずに、吐き捨てるように言った。

「関係ないよ。この戦闘実験の対象となるクラスは、完全に無作為で選ばれる。そこに作為的な要素は、ないに等しい」
「間宮さんと副田さんを事前に処分しろというのは、教育委員会の差し金だったんじゃ?」
「それはそれ、これはこれ。無作為に選ばれたこのクラスで、生き残るに相応しくない生徒を、教育委員会の方々が決められた、それだけだよ。逆に言えば、今この場に残っている君たちは、生き残っても許される存在だ。堂々としていればいい」
「……おもしろくない」

加納は、ばっさりと切り捨てた。つまり、今この場に生き残っている22人の私たちは、教育委員会によって、異分子とみなされなかった存在。生き残っても良しと、認められた存在だということか。この国の教育委員会らしい考え方だった。案外、査察とやらは本当に偶然この戦闘実験と被ってしまっただけなのかもしれない。
美月は床に座り込む。続けて手を挙げたのは、サッカー部の部長、谷村昌也(13番)だった。

「はい、谷村くん」
「この試合の制限時間ってのは、24時間のルールの他には、あるんですか」

やっと、ルールの確認らしい質問が飛び出た。

「ないよ。しいて言うなら、すべての場所が禁止エリアになったら、そこで強制的に終了にはなるけれども、今までの統計からすれば、試合終了までに3日以上かかったってパターンはかなり珍しい。時間切れになった実験は1パーセントにも満たない。気にしなくていいルールだよ」

要するに、そんな制限時間なんか気にせず戦えってことだ。ルールなんてほとんどあってないようなものだとも、とれた。

「それから、もうひとついいですか。12時から試合のはじまりってありますけど、どういった感じで始まるんですか」
「それはこれから説明するよ。他に質問ないなら、続けちゃうけど、もう大丈夫かな」

加納はそういうと、部屋をぐるりと見回す。もう、質問者はいない。

「大丈夫みたいだね。では、これからの流れについて説明する。この試合は12時から始まるけど、その前にみんなにはまたこれから寝てもらう。次に目覚めるときは、みんなはこの会場のいたるところにランダムに配置されている。支給品も傍に置いているから、それを使って積極的に試合に参加してもらいたい。12時になったらまたチャイムを鳴らすから、それで目覚めるんだよ。いいね」

ゆっくりと教卓の前を歩きながら、加納は喋り続けた。また、私たちは寝かされる。そのまま次に起きた時が、試合開始の合図となるチャイムってことか。いよいよ、その時が来てしまったらしい。
加納が再び教卓の前に立ち、こちらを振り向いた瞬間、違和感を覚えた。いつの間にだろうか、加納はガスマスクみたいなものをかぶっていた。そんな動作は微塵も見せていない。どこからガスマスクを取り出したのかもわからない。はっとしているうちに、背後に立っていた兵士たちもみんな、マスクをかぶっていた。
これが、プロってやつか。私はそんなことを思いながら、急速に訪れた睡魔に、やられる。

 ある者は寝るものかと、耐えた。
 ある者は逃げようと、立ち上がろうとした。

 だが、誰もその睡魔に勝つことはできなかった。

 残された3年A組の22人は、こうして、全員。
 問題なくプログラムに強制的に参加させられることとなった。

   *  *  *

 キーンコーンカーンコーン。

 一日目、午前12時の真昼間。
 試合開始を知らせる始業のチャイムが、会場となった中学校に、響き渡った。

 どうやら、そこまで酷い催眠性のガスを吸わされたわけではないらしい。目覚めは不思議とすっきりしている。というよりは、なんだ、この快適な寝心地は。
ぼーっとした頭を振り払うと、ようやく私はここが、保健室なのだと悟った。保健室のベッドに、ご丁寧にも布団をかけられた状態で寝かされていた。そういう意味では、間違いなく大当たりな目覚めの位置だと言えよう。おはようございます。
などと言いつつも、本当に試合は始まっているのだろうか。試合開始直後から、いきなり銃声が辺りに響き渡るといったことはなかったけれど、心配だった。とりあえず、保健室の中を見回す。この部屋では、私だけが寝かされていたらしかった。そして、ベッドの脇に安置されているドラムバッグ。チャックのタグには『2』という数字が印字されていた。出席番号2番、という意味合いだろう。誰のバッグかは、一目瞭然ということか。

私はさっそく、バッグの中身を確認する。
加納のいうことが本当なら、この中には武器が入っているはずだ。誰かを殺せるとは思わなかったけれど、自衛のために武器を携行することくらいは、みんなだってしているはずだ。そういいながら、懐中電灯を取り出して、バッグの中を照らす。まだ外は明るくかったものの、非常灯だけの室内は、お世辞にも活動に適した明るさとは言えない。
そして、バッグから出てきたのは、発火性の煙玉だった。これが……私の、武器? 煙玉なんて、テレビの中で忍者が逃げる時に使うものという認識しかなかった。火をつけるとたくさんの煙をあたりに撒き散らすから、その間に逃げろということらしい。よく探すと、側面のポケットの中にはご丁寧にライターも入れられていた。プッシュ式だから、私でもたぶん扱える。

これでは人は殺せないなと思いつつも、なぜだか少し安心した。
これなら、なにかの拍子に人を殺す心配はなさそうだ。いくら戦闘実験とはいえ、事故でクラスメイトを殺してしまうのだけは避けたかった。

 さて、これからどうしようか。試合に積極的に参加する意思がない以上は、隠れているのが得策だとも言えるけれど、まずは隠れるにしても大前提で仲間が欲しかった。隠れている場所に、参加する気まんまんのやる気に満ち溢れた真面目な生徒が現れるとも限らない。そうなった場合は、私一人でたちうちするのはまず無理だ。だいいち、こんな煙玉でなにができる。
仲間集めとなると、やっぱりここは同じ吹奏楽部に所属しているクラスメイトが妥当かな。つまり、神崎聖美(7番)と香川優花(6番)、そして常田克紀(14番)だ。少なくともこのあたりのメンツなら、普段から部活動で一緒に過ごしている時間も長いし、そこまで気をつかう必要もないから、なにごともなく仲間になってくれるはずだ。
だけど、今回は出発地点がみんなバラバラなんだ。どうやって探すか、それが問題だった。闇雲に探しても、私を除いた21人のうちの3人、確率的に考えてもはっきり言って博打だ。やる気のあるクラスメイトに遭遇してしまう可能性だって、ある。

そこまで考えて、やる気のある生徒って誰なんだろうと、気になった。
波崎くんの顔が思い浮かぶ。加納の指示とはいえ、既に2人も殺している。そしたら、あとはもう何人殺しても同じなんじゃないかって、少しだけ不安になる。波崎くんはそんな人じゃないってわかっていても、少しだけ心配だ。もちろん、会えたら会えたで個人的にはすごくうれしい。だけど、うまく話せる自信はないし、それで彼に不安を与えてしまうのも、得策ではないのかもしれない。
ええい、もうよくわからない。とりあえず、保健室は出よう。ここにいても、なにも始まらないんだ。私は、廊下に出てみることにした。

 廊下は、薄暗かった。非常灯だけが点灯しているものの、あくまでこれは非常時の照明だ。避難するときに必要な最低限の明かり、つまりそこまで明るいわけではないのだ。保健室は校舎の玄関の脇に位置していて、そのまま校庭にも直結している造りになっていた。外は快晴だったけれども、今は外に出るような気分でもなかった。薄暗い廊下を、じっくりと見回す。誰かがいる気配もない。そもそも、これじゃあなにも見えない。

 私は、右手に握った懐中電灯をつけた。
 それが、そもそもの間違いだったのかもしれない。

「……だれだ?!」

 私の懐中電灯は、すぐ近くに潜んでいた人物を捉えた。眩しそうに顔を押さえたのは、男子だった。そして、その手には、大振りのサバイバルナイフが握られていた。
あ、やばい。直感的にそう判断した私は、急いで明かりを消して、保健室へと逃げ戻る。慌ててしまって、鍵を閉め忘れたのが致命的だったのかもしれない。私は机の上に置いてあった合金ばさみを咄嗟に掴み取る。先程までは人を殺せない武器を支給されて安心しきっていたというのに、このたった数分間でこの変わり様だ。自分でも笑えてしまう。

 あいにく、保健室で隠れる暇はなかった。扉が開いて、そこからナイフを構えた男子生徒、谷村昌也が現れた。彼も、きっとこの近くで目覚めたのだろう。そして、支給された武器は間違いなく、あの大振りのナイフだ。

「来ないでください」

谷村昌也は、ルール確認をしていた。なんで? そんなの簡単だ。彼は、やる気だからだ。この試合のルールをきちんと確認して、そのルールの中できちんと試合に参加する。スポーツマンシップにのっとって、だ。
彼は私にそう言われると、ふぅと溜息をついて、肩にかけていたバッグを床に降ろした。

「なんだ、明石さんか」
「そうです。だから来ないでください」

だけど、彼は立ち去る素振りは見えなかった。床に置いたバッグはそのままに、問診用の丸椅子に座る。そして、じっくりと私の姿を見回していた。

「ねぇ、明石さんの武器って、そのはさみ?」
「…………」
「だんまりか。まぁ、俺の話でも聞いてよ」

彼は、丸椅子に座ってくるくると体をまわしながら、話し始める。
いったい、なにを始める気だ。

「俺ね。東京の私立高校から、推薦の話きてんの。去年の全中……あぁ、全国中学校サッカー大会のことね。それの予選で、なんかいい人の目に止まったみたいでさ。スポーツ推薦だから、もちろん学費もかなり軽減されるっぽいし、なにより、なんか人から必要とされるって、すごくいい気持ちなんだよね」
「…………」
「だからさ、その推薦で俺なんかを選んでくれた人の期待に、こたえたいなって思ったわけよ、俺。明石さんさ、わかってくれるよね」
「つまり、それが私を殺す理由?」

丸椅子の回転が止まる。谷村昌也は、立ち上がって、笑った。

「ご名答」

次の瞬間、彼はナイフを構えて勢いよく突進してきた。私はベッド脇に放置していたバッグを胸元に構えると、それを彼に向けて投げつけた。だけど、そんな攻撃は跳ね飛ばされた。

「いやっ!」

投げつけた隙に、私は彼の横を走り抜ける。吹奏楽部だって、肺活量を鍛えるためにそれなりに走り込みはしている。フルート奏者なめんな。
しかし、彼の脇をすり抜けようとした瞬間、あっけなく両足がもつれて、床に転がりこんでしまった。違う、もつれたんじゃない。これは足払いされたんだ。谷村だって、伊達に推薦もらったわけではないのだ。

「手間取らせないでくれよ、明石さん。俺だって、生き残るために、最低限の労力でクリアしたいんだからさ」
「クリア? この実験をゲームだかなんかと勘違いしているの?」
「ゲーム……そうだね、ゲームだね。最高のクソゲーだよこれは!」

立ち上がろうとしても、腰が抜けてしまったのだろうか、思うように体が動かない。谷村が、悠々とナイフを構えているのも癪に障る。

「明石さん、悪く思わないでくれよな」
「……っ!」

もうダメだと覚悟して、私は目を瞑った。だけど、なかなか最期の一撃はこない。
恐る恐る目を開けると、谷村はじっと固まっていた。視線の先に、私はいない。さらにその後ろ側に、焦点は向けられていた。
いつの間にか、体は自由になっていた。床に縛り付けていた重しが外れたような、軽さだった。振り向くと、そこには谷村と同じサッカー部の境啓輔(10番)が、ブローニングM1910を持って、立っていた。

「境……くん?」

私の言葉がきっかけだったのだろう、背後の谷村も、口を開く。

「どういうことだ、啓輔」
「落ち着けよ昌也。おまえ、どうかしてる」

境啓輔に銃を突き付けられて、それで谷村は動けなかったらしい。たしかに、私を仕留めた瞬間、彼は鉛玉の餌食になって殺される。動かなかったのは懸命だと言える。私は、丸腰のまま境くんの傍へと立ち上がって移動した。

「境くん」
「明石さん、ケガはない?」
「ないです」

境くんと谷村の対峙は続いている。

「どうしてだよ、啓輔。俺、おまえは殺したくないよ……」
「明石さんは、殺してもいいのに?」
「それは……」
「昌也。人に優劣をつけてるようじゃ、まだまだだよ。正々堂々と戦うのが、スポーツマンシップってやつじゃないか」

谷村の目には、涙が浮かんでいた。
私にはこのあたりの事情はよく知らなかったけど、谷村には境くんは殺せないのだろう。それだけの事情があるって、ことなんだろうか。

「じゃ、おれら行くから。明石さん、別の場所に移動しよう」
「待てよ」

谷村は、涙目のまま、サバイバルナイフを水平に構える。
境くんが、私を保健室の外へと押し出す。必然的に、谷村に背中を向ける形だ。こんなチャンスを、谷村が逃さないわけ、なかった。

「待てって言ってんだろ!!」
「境くん! うしろ!」

 ズダァンッ!!

「がああああっっ!!」

直後、境くんは銃を持つ左手を後ろに向けると、その引き金を絞った。
吐き出された弾は、境啓輔の背中を狙っていた谷村昌也の右ふくらはぎに、直撃する。なんとなく、その銃は本物だったんだなと、私は思った。

「昌也、残念だ」
「足が! 足がぁ!!」
「人殺しなんて、最低だ」

致命傷ではない。だけど、もう彼は、二度と満足にサッカーはできないんだろうなと、もがき床を転げ続ける姿を見ながら、私は思った。哀れな、姿だった。

 行こう、そう耳元でささやかれて、私と境くんは急いで保健室を飛び出した。そのまま2階へとあがり、突き当りの技術室まで駆け込むと、教室の中に入り、鍵をかける。ひとまずは、まだ生き残っているらしい。少しだけ、息があがった。

「ありがとうございます、助かりました……」
「よせやって、そんな堅苦しいあいさつ」

境くんは、少しだけ苦笑いをする。決して背が高いわけではないけれど、クラスで一番背の小さい私からすれば、彼の姿は大きく、そして頼もしく見えた。
左手に握られていた拳銃を、そのままズボンのベルトに装着したホルスターに差し込む。これが、彼に支給された武器なんだろうか。大当たりだ。

「どうして、助けてくれたの?」

私は、彼に素朴な疑問をぶつける。
すると、彼はえへへと笑いながら、答えた。


「そりゃあ、あの状況だったら、どっちがワルモノかは、明確でしょ」


   *  *  *

 谷村昌也は、後悔していた。
全部、自分が悪かったのだと、そう思っていた。たまたま、家庭科室で目覚めた。たまたま、支給武器がサバイバルナイフなのだと知った。たまたま、それを構えて部屋の外に出たら、誰かが自分を懐中電灯で照らした。たまたま、追跡したら保健室で合金はさみを構える明石真由と遭遇した。たまたま、身上話をして、殺人を正当化しようとした。たまたま、騒ぎを聞きつけたらしい境啓輔が駆けつけてきた。たまたま、説得された。たまたま、そんな境の背中を狙ったら、右足のふくらはぎを撃ち抜かれた。

 たまたま。たまたま。

いくつもの条件が連鎖して、結果的に、痛みで身動きが取れない状況に陥ってしまった。あの時、ひとつでも選択肢を違うものにしていたら、また別の結果も見えていたのかもしれない。なんだ俺、いまめちゃくちゃカッコ悪いぞ。
汗が、止まらない。血も、止まらない。弾は貫通したのだろうか。このまま生きて帰ったら、また元通りサッカーはできるのだろうか。
おそらく、床は血まみれだ。あの視聴覚室で起きた惨劇が、フラッシュバックする。波崎蓮が、加納に言われるがままに、間宮由佳里と副田紗耶香を撃ち殺した。状況は変わらないが、撃ち抜かれた点では俺だって同じだ。

開け放たれたままの保健室から、誰かが顔を覗かせていることに気が付いたのは、それから程なくしてだった。
現れたのは、波崎蓮。おそらくこの近くで目覚めて、銃声に導かれて来たのだろう。

「ぁ……ぅあ……!」

思ったように、声が出ない。痛みのせいだ。
波崎は少し離れた位置に転がっているサバイバルナイフを手に取ると、憐れんだような顔をこちらに向けた。やめろ、そんな目で、俺を見ないでくれ。

「かわいそうに」

 やめろ、やめてくれ!
 そんな目で、俺を見るな!

波崎は、そのままサバイバルナイフを構えると、俺の傍に跪く。その先の展開は、もうわかっていた。
吸い込まれるように、刃先は俺の右胸へと潜り込んだ。右足の痛みが、急速に右胸への痛みへと変わる。波崎が躊躇するような気配は、まったくなかった。

「いままで、よく頑張った。君はもう、自由だ」

 途中から、痛みは薄れていった。これが、死なんだと、悟った時には。

 俺は、自由だった。


 13番 谷村 昌也  死亡

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