17.夢の終わり


「神崎さん!!」

 物部昴(20番)が、トランシーバーに呼びかける。だが、次の瞬間、端末の先からは大きな雑音が轟いてきた。やがて、トランシーバーは静かなノイズ音だけを残して、なにも反応を返さなくなる。
門前晃(22番)は、同時に少し離れたところから聴こえてきた、ものすごく重たい轟音の正体をなんとなく感じ取る。

「体育館の方だ……やべぇな」

体育館。放送直後に、昴と通話相手の長山俊明(15番)がやり取りをしている間に、突如大きな爆音が響いてきた。爆音はトランシーバーの先から聴こえてきたことから、どうやら体育館の方が誰かに襲撃を受けたらしいということはわかった。
今まで、ほぼ誰とも戦闘がなく、見つかるのは死体ばかりだった自分たちにとって、まさに今、通話先とはいえ、誰かがすぐそばで殺されている瞬間を感じるのは、心苦しかった。
先程の放送の時点では既に14人が死んでいる。どいつもこいつも、こういう瞬間を迎えて、そして死んでいったのだ。

 痛い。痛い、痛い。

「アキラ、行くぞ」

森澤昭人(21番)が、機械室の扉を開けて一目散に飛び出した。当たり前だ。今、昴と通話をしていたのは同じ野球部の仲間だ。そして、キャプテンの深堀達志(18番)もおそらく爆発に巻き込まれたに違いない。仲間を見捨てることなんか、できない。
昭人の武器は剣道場で拝借した木刀に、ガラスの灰皿。一方自分の武器は、同じく剣道場で拝借した木刀に、ワイヤーテグス。よくもまぁこんな頼りない武器で今まで生き延びてこられたものだ。だが、ないよりはマシだろう。昴に至っては、トランシーバーが使えなくなってしまった今、完全に丸腰のただの女の子だ。
一刻も早く、キャプテンたちに加勢しなくてはならない。うかうかしているとあっという間に襲撃者に全滅させられて、それですべてが終わってしまうかもしれない。そんなのは、嫌だ。やっと、みんなに会えるかもしれないチャンスがやってきたんだ。このままでは、絶対に終わらせたくなんかない。

「ふたりとも、待って! 早まらないで! おかしいよ!!」

背後から、昴の制止をかける声が響いてくる。ごめん、マネージャーの意見を聞かないなんて、選手失格だよね。その可愛い声のくせに男勝りな口調、そのギャップ、嫌いじゃなかった。

「わり、昴! お前も適当な段階で下に降りて来い、な!」

どのみち今いるエリアは1時間後には禁止エリアになってしまうのだ。なら、早かれ遅かれ、移動はしなくてはならない。昴は丸腰だから自分たちにはついてこない方がいい。だけど、落ち着いた段階で、適当な場所でなんとかして合流しなければならなかった。
廊下をまっすぐ突き進む。昭人のあとに続いて、一気に廊下を駆け抜ける。普段なら、きっと途中で先生に見つかって、廊下を走るなとか注意をされてしまうのだろうけれど、今はそんな悠長なことを思っている場合ではない。有事なら、許される。

「アキラ、見てみろよ、これ」

突き当りの階段から、昭人が窓の外を見る。いつもならそこからは、体育館棟の屋上プールがちょうど見えるはずだった。

 だが。

「な、なんだよ……これ……?!」

そこから見えるのは、斜めに崩れ落ちたプールサイドと、だらしなく溢れたプールの大量の水だった。倒壊した体育館の一部からは、粉塵が今でも舞い上がっている状態だ。
先程までは確かにそこに『在った』体育館が、無残にも倒壊していた。

「さっきの、爆弾かなにかだったんだろうな」
「ひどい……」
「さっきまで昴と話をしてた神崎も、そして瓦礫の下敷きになったっていう俊明も、恐らくあの真下だ。こりゃあ……ちょっと救出はムリだな」

昭人が、苦々しくそう呟く。
目の前に広がる光景は、今までの戦闘の比ではない。あの巨大な瓦礫に押し潰されたのだとしたら、まずもう死んでいるものとみて間違いないだろう。目の前で通話していた相手が、すぐそこで、その尊い命を終えた。これが、戦闘実験なのだ。
可能なら、本当に死んでいるのかどうかを確かめるまでは、諦めたくはない。だが、あの瓦礫をひっくり返しているうちに、第二波、第三波の衝撃でさらに建物が倒壊する危険性は十分にある。ミイラ取りがミイラになる可能性は、非常に高い。

「だけどまだ、キャプテンとその仲間たちは生きてる可能性だってある。運よくあの倒壊前に逃げ延びてる可能性だってある。まずは下に降りよう、話はそれからだ」

その惨状を早々に見限った昭人は、再び階段を降り始める。
そうだ、確かに神崎聖美(7番)と長山俊明は死んだのかもしれない。だが、まだその他にキャプテンと、それから合流したらしい和光美月(24番)に平坂麻衣子(17番)がいたはずだ。3人があの惨劇から逃れた可能性は、ゼロではない。生き延びているなら生き延びているで、早く合流を果たさなくてはならないのだ。

 生きているなら、まだなんとかなる。
 みんなで、生きて帰るんだ。昴とキャプテンの言葉を、信じるんだ。

昭人のあとに続いて、階段を駆け下りる。すぐに、3階へと差し掛かったところだ。
いきなり、ぱぱぱぱ、と。マシンガンの音が、鳴り響く。その瞬間、先に階段を駆け下りていた昭人の体が、後ろへと、吹っ飛んだ。

   *  *  *

 森澤昭人は、なぜか山瀬陽太郎(23番)の顔を思い出した。
みんなが視聴覚室でビデオ学習をすることになった際、一番早く異変に気が付いた自分は、なんとかして入口の扉を開けようと踏ん張った。しかし、身体の重たさと猛烈な睡魔には、勝つことができなかった。
そんな自分を起こしてくれたのは、長らく不登校状態になっていた山瀬だった。最初は誰だかわからなかったけれど、なぜかそれは、少し小太りになっていたものの、山瀬陽太郎だとわかった。盲腸で入院して以来、そのまま学校に出て来辛くなったのだろう、よくある話だ。そんな山瀬が、心配していた山瀬が、なぜか目の前にいた。

 それは、とっても嬉しかった。

思えば、山瀬陽太郎も被害者の一人だ。
いきなり不登校状態だったのにこんな戦闘実験に参加させられて。わけもわからないまま、誰一人として味方がいないまま、ひとりぼっちでこの戦場に放り出されたのだ。残念ながら、戦闘実験中にその姿をもう一度見かけることはできなかったけど、死体になった状態でも発見はしていない。まだ、一人でどこかで、逞しく生き延びているのだろう。それだけで、こいつは強くなったなって、わかった。

 それは、とっても嬉しかった。

山瀬、そういえばお前、波崎蓮(16番)のことが大ッ嫌いだったよな。
お前の気持ち、わかるよ。あいつは人気者だし、たいていのことに成功してるし、それでいてなにも気にかけていないように思えるけど、内心他人を見下してるの、わかるもんな。自分はすごいことしてるけど、それをおくびにも出さない自分もすごいでしょって、そんな顔しているもんな。
まだ席が近くて話もよくしていた頃、足が遅いとかで悩んでたんだっけ。俺はほら、昔から足が速いのだけは取り柄だったから。お前の悩みってやつを完全に理解はできなかったし、お前からすれば俺も好きな奴ではなかったよな。でも、わかるよ。そういう人間くさいとこ、嫌いじゃない。嫌いなものを素直に嫌いって言えるお前は、少し空気が読めないこともあるけど、やっぱりすげぇって思うよ。

 あのな、山瀬。
 いま、おれ。そのお前が大ッ嫌いなやつに。

「昭人!!」

 ぱぱぱぱぱ。

 全身が、めちゃくちゃにもがれていく。そんな感覚だ。とにかく、ものすごく痛いんだけど、なんというか、その、もう、よくわからない。
後ろに吹き飛ばされたはずなのに、下り階段を駆け下りていたわけだから、気が付いたら頭から3階の床にたたきつけられていた。普通に考えたら、ものすごい衝撃のはずだ。痛くて辛くて、泣き出したくなるはずなのに。

 なんでだろう。すごく、楽しい。

「昭人!!」

 背後から、のろまなアキラが声を掛けてくる。バーカ、こっちに来るんじゃねぇよ。お前までハチの巣になりてぇのかよ。視線だけを階段の踊り場にいるアキラに向ける。もどれ。ここはお前の来る場所じゃない。

「……っ……あー」

どこから、こんな力が湧いてくるんだろう。
よくわからないけど、頭のどこかがいかれたのかもしれない。痛覚が変なところへ置き去りにされたのかもしれない。とにかく、全身が重たくて動かないはずなのに、動けと願っただけで、ゆっくりと体が動く。まるで、錆びたロボットのようだ。

「波崎ぃ……」

 立ち上がる。痛みは、ない。
 視界は、真っ赤だ。端の方は黒くすすけている。

「森澤くん、ムリしちゃいけない。素直に、倒れてなよ」
「……へへへへ」

 木刀って、こんなに重たかったかな。
 でも、こんなに重たい木刀なら、一振りで、あの野郎、叩きのめせるかな。

「へへへっ!」

 どうせ、俺は死ぬ。
 なら、最期くらい、暴れまわったって、バチは当たらないよな。
 存分に、狂ってやれ。

「……森澤くん、ごめん」

 なに、謝ってるんだよ。
 だったら、初めから撃つんじゃねぇよ。

「すぐに、楽にしてあげるからね」

 木刀を、振り上げる。
 勢いよくあいつの脳天に向けて振り落とせば、きっと、みんな楽になれるはず。

 さぁ、ぶちかませ。


 森澤昭人のもっさりとした動きは、当然波崎蓮の体を捉えることはなかった。
波崎蓮は、そんな彼の頭に照準を合わせ、制御の不安定なマイクロウージーではなく、ソーコム・ピストルを撃ち放った。その弾は、今度こそ、森澤昭人の命に終止符を打った。

物言わぬ肉塊となった彼に向けて、波崎蓮は、もう一度、悲しそうな顔を浮かべて、つぶやく。

「……ごめん」

 それだけ言い残すと、波崎蓮は、再び動き始めた。

   *  *  *

 和光美月は、その銃声に聞き覚えがあった。
あれは、自分が図書室で柴門秀樹(9番)に襲われた時に、波崎蓮と一緒に逃げ回った時に聴いた音だ。この音が上の階からするということは、やはりあのあと、柴門は波崎にやられたのだろう。いや、逆に考えよう。今のこの状況で、死亡している生徒のうち、私が手にかけた2人を除いて、はたして残りの何人が彼に殺されたのだろうか。

「深堀くん。銃声がやんだ」
「あぁ」

 先陣をきって、戦闘担当の私が前に出ている。手持ちのニューナンブM60の弾は残り一装填分、つまり6発だけだ。残りはすべて、あの瓦礫の下に埋もれてしまった。しんがりを務めるのは(といっても二人だけだからおかしな話だが)智将、野球部キャプテンの深堀達志。なにやら平坂麻衣子とつるんで仲間全員で生き延びるなんていう大事をやってのけようとしているらしいが、はたして本当にそんなことが可能なんだろうか。

「さっきの銃声、もともとは柴門くんが使っていた拳銃だよ」
「なるほど、てことは波崎のやつ、拳銃とマシンガンの両方持ち合わせているってわけか。和光、お前は耳がいいな」
「ま、わりと勘かな」

銃声が聞こえてきたのは、この上の3階からだった。自分たちがいるのは今2階、程なくして、波崎はこの階段を下ってくるはずだ。今度は、こちらが待ち伏せてやる。

「和光。なにも波崎を殺す必要はない。拘束するだけでいいんだ」
「拘束って。そんなことできんの?」
「大丈夫だ。平坂から武器を預かってきた」

そういって、深堀が目の前に掲げたのは、護身用のスタンガンだった。電流で大男も一撃で失神させてしまうという、恐ろしい武器だ。

「お前の銃弾は6発だけだ。だから、動きを止めるだけでいい。あとは、俺が奴にこいつを押し当てて、生け捕りにする。そうすりゃ、楽だろ?」
「うまくいけばいいけどさ。ま、体動かす系は任せるよ」

平坂麻衣子がなにをしていたのかは知らない。だけど、深堀が自身のスマホのメモ帳で私に見せてきたとおり『なにもしゃべるな』という言葉は守った方がよいのだろう。平坂の武器はスタンガンで、そして、深堀の武器は。……武器は、こいつの武器は、なんだ?
口をぱくぱくとさせていると、深堀は苦笑いをしながら、口元に指をあてた。なんだよ、揃って内緒にしやがって。


 ふと、妙な感覚を覚えて、私は階段の上に向けて、ニューナンブの照準を合わせた。やがて、ぼんやりとした顔つきの波崎蓮の姿を見かける。あれ、そういえば見た目が違う。前に会ったときは確か白衣を着ていたはずなのに。そういえば、あの白衣も会った段階ではかなり血まみれになっていたっけか。つまりは、そういうことなのかもしれない。血で汚れすぎたから、捨てただけなのかもしれない。今の制服姿のあいつは、まだ誰も殺していないような、そんな綺麗なナリをしていた。
でも、私は知っている。あいつは、たくさんのクラスメイトを殺した。少なくとも、私が殺した2人なんて数は比にならないだろう。いったい、あいつは、何人を。

 両手で、ニューナンブを構える。波崎がどうしてぼんやりとした顔をしているのかはわからない。だけど、その顔は、少しだけ、悲しそうだった。なに、そんなツラしているんだよ。どうして、そんなに悲しそうなんだよ。
はっと気が付いたときには、もう遅かった。私の銃口は確実に波崎の身体を捉えていたし、あとはその引き金を引けば、この悪夢からも解放されるはずだった。だが、それは後ろにいるこの深堀が許してくれないだろう。

「手を上げろ、波崎」

 深堀が、そう言い放つ。波崎は素直に、両手を上げた。

「その銃を落とせ、こっちに投げるんだ」

 波崎は、ゆっくりと深く頷く。そして、肩から吊り下げていたマイクロウージーを、階段の途中の部分へと放り投げた。絶妙な位置で銃床が段差に引っかかり、こちらからも手に取れない位置で止まっている。計算だとしたら、かなりしたたかだ。

「これで、いいかな」

波崎が、あどけない表情で、深堀に確認をする。この声だけなら、間違いなくこちらには敵意はないし、言われた通りに従う優等生だ。でも、これはすべて演技だ。

「ダメだ。まだ拳銃を持っているんだろう? それもちゃんと投げろ」

 私も、深堀も、騙されない。
 波崎蓮は、ウソをついている。

 波崎は、私の顔をじっと見る。図書室でいきなり勘違いでマシンガンをぶっ放す奴があるか。私はあの時、お前に殺されかけた。今度は、私の番だ。銃口は、波崎の身体にセットしたままだ。
やがて波崎は観念したかのように息を吐くと、ベルトの後ろに差していたらしい拳銃を、ゆっくりと引き抜いた。そして、それを握りしめたまま、再度手を上げる。

「そのまま、拳銃を落とせ」
「……わかったよ」

カツンという無機質な音を立てて、ソーコム・ピストルが階段に落ちる。今度こそ、波崎蓮は無防備になった。

「やっぱり、和光さんはあの場で殺しておけばよかったのかな」
「柴門くんと私だったら、あの場では柴門くんを優先したことに対しては感謝の言葉を述べてもいいかもね」

波崎の顔は、とても、悲しそうだった。あまり考えたくはないが、つい先程も、この男は誰かを殺しているのだろう。その度に、こいつはこんなに悲しそうな顔を毎回浮かべていたのだろうか。そういえば、柴門秀樹に親友の木島雄太(8番)が殺されたあの図書室の一件でも、彼は悲しそうな瞳を眼に浮かべていたような気がする。

「波崎。さっきの体育館での爆発も、あんたの仕業ってことでいいんだね?」
「…………」
「返事がないってことは、肯定と受け取るけど、それでもいいのかな」

 私の質問に、波崎は返事をしない。
 でも、いいよね。波崎、もうたくさん人を殺しているし、反省の色も見られないし。

 ……殺しても、構わないよね。

 背後で、深堀がなにかを言いたそうな顔をしていたけれど、私はもう迷いはなかった。一発、二発、一気に引き金を絞っていく。波崎の身体が、後ろに仰け反る。弾は次々と彼の身体へと吸い込まれていく。私は一気に彼に詰め寄った。殺す。こいつは、殺さなくちゃダメなんだ。私が、この手で。この手で、殺さないと。

「甘いよ、和光さん」

そして、眼を見開いた。波崎の体には、確かに銃弾を叩きこんだはずなのに。なのに、全然彼の体からは一滴の血も流れていなかった。そんな、どうして。
そして、ブレザーの内ポケットから、今度は新たなマグナム銃、ブローニングM1910が抜き出された。こいつは、やばい。咄嗟に後ろに跳んで。

 私は、そこが下り階段だということを忘れていた。

失われた床の感覚。後ろから転げ落ちる階段の痛み。ゴツゴツと、そして次々と全身をぶつけていく。

「ああああああああああああああっ!!」

かなり大きな物音を立てて、私は一気に2階の地面まで落ちた。深堀のやつ、私を受け止めてはくれなかったみたいだ。この薄情者め。
全身が痛くて、立ち上がれない。たぶん、今度こそどこかの骨を折った。2階のテラスから飛び降りて無事だったというのに、踊り場から少し転げ落ちただけで人間というのはこうも脆い生き物よ。


 次の瞬間、私はまだ直接聞いたことのない、重い一発が辺りに響き渡った。
 全身の痛みにも勝るほどの衝撃が、一度だけ頭を襲った。それだけだった。


 3丁目の拳銃から吐き出された弾は、確実に和光美月の頭部を撃ち抜いた。
 痛みは一瞬だけだったに違いない。彼女は、一瞬の苦しみだけで、逝けたのだ。

 ……確かに、防弾ベストの威力は凄まじいな。

 波崎蓮は、腹部をポンポンと叩いて、柴門秀樹から奪ったそれの効果を、実感した。

   *  *  *

 深堀達志は、その一瞬の隙を逃さなかった。
和光美月が拳銃に残された全弾を波崎蓮に吐き出した時は、さすがに予想外の展開にも驚かされた。だが、そのおかげでチャンスはできた。今なら、スタンガンで彼を気絶させることができるかもしれない。しかし、この様子だと、恐らく和光は波崎を撃ち殺す。それはそれで、仕方のないことなのかもしれなかった。

その間に、階段の途中に放り投げられていたマイクロウージーの回収には成功した。ソーコム・ピストルは残念ながら距離がありすぎて奪い取れなかったが、このマシンガンだけでも立派な成果だ。
そして、そのまま流れ作業で波崎蓮を気絶させようとスタンガンを起動したところで、違和感に気が付いた。波崎蓮は、血を流していない。

和光に注意を喚起しようとしたところで、和光が階段から足を滑らせて転落した。しまった、遅かった。そして、踊り場にいる波崎が、新たな拳銃を取り出しているのも確認した。咄嗟に階段脇に隠れたものの、階下で重度の打撲を負ってしまった和光を助けることは、不可能に等しかった。
次の瞬間に放たれた銃弾で、今度こそ和光が死ぬ。先程まで一緒に行動していた仲間が、目の前で殺される。こんな理不尽があって、たまるか。死ぬってなんだよ、死ぬって。つい昨日までは、仲良くクラスメイトやっていたじゃないか。どうして、こんなにあっさりと殺しをやってのけるんだよ、お前は。なぁ、波崎。

 自分には、人を殺す覚悟がない。今こうして最強の武器をくすねたところで、それを使用してクラスメイトを殺す覚悟はなかった。一方敵は、これまでにも何人と殺してきたジェノサイダーだ。戦ったところで、結果は見えていた。

 なら、せめて。
 戦わないで、済むのであれば。

「わかった、波崎。話がしたい」
「……興味ないよ」
「そんなことはない。みんなで生き残るんだ。そのためには、みんなの力が必要なんだ」

 もう、話してしまおう。
この首輪には盗聴器がついていて、本部に戦闘の様子が筒抜けなのは平坂麻衣子の解析のおかげで判明しているし、もしかすると話すことによって自分たちがしてきたことが本部にバレてしまうかもしれない。だけど、具体的な方法がわからなければ。あるいは自分のこの言葉が、ただの虚言で波崎を騙すためのものだと信じてもらえるのであれば。

「話を聞け、波崎。みんなで、助かるんだ」
「だから、興味ないよ」
「そんなこと言うな。俺達なら、みんなを助けられるんだよ」
「興味ないって」
「頼むから信じて」
「興味ないって言ってるだろ!!」

しつこく食い下がった結果は、波崎の怒号という結果に終わった。
同時に、物陰から姿を現した波崎。咄嗟にマイクロウージーを構えようとしたものの、既にその拳銃から吐き出された弾は、マイクロウージーを持つ腕の部分を貫いていた。銃を支える力がなくなり、マシンガンは、再度床に転がる。

「しつこいよ、深堀くん……みんなを助ける? 俺達を信じろ? そんなものには、まったく興味がないんだよ。僕が興味あるのは、単純にこの殺し合いで優勝して、一人で父親の看病をしている母親を、迎えに行ってあげること。それだけだよ。それに」
「……っ」
「約束したんだ、死ぬ前の雄太と。優勝しちまえよって」
「波崎……お前は……!」

 波崎の言葉は、とても悲しそうな顔から吐き出された。
 父のため。母のため。そして、死んだ親友との約束のため。

 なにかのために、生き残ろうとする波崎の言葉を聞いて、我に返る。

 俺は、なんのためにみんなで生き残ろうと思った? なんのために、仲間を集めた?
 死にたくないから? まだ生きたいから? 本当に、たったそれだけ?


 俺が生きる理由って、なんだ。


「波崎、俺は」
「だからさ。深堀くん、ごめん。君の誘いには、乗れない」


 ごめん。君の誘いには、乗れない。

 山瀬陽太郎にも、同じ言葉を言われて、仲間入りを断られた。
 彼の目的は、波崎蓮を殺すこと。理由はどうあれ、方向性は一緒だ。

「……そっか、ダメか」
「夢は、もう、終わりだよ。おやすみ、深堀くん」

 波崎蓮の手元から、再び鉛玉が吐き出される。
 弾は一直線に、俺の体を、貫いた。


 そう、これが、夢の終わり。
 深堀達志は、ようやく、長い悪夢から、解き放たれたのだった。

   *  *  *

 門前晃は、1階の放送室を目指して階段を下りていた。

 非常灯がついている以上は、電源回路は辛うじて非常用のものが生き残っているはずだ。つまり、非常電源さえあれば、放送室から火災報知器と連動している非常放送機器を通じて、館内に音声を流せるはず。そう提言したのは、マネージャーの昴だ。
言っていることはよくわからないけど、つまりは館内放送で、どこかにいる波崎蓮を説得しようという試みらしい。

 森澤昭人が波崎蓮によって全身に弾を浴びたあと、彼の最期の意思をくみ取って、晃はすぐに4階の昴の元へと引き返した。状況を説明し、昴はすぐに今回の行動を決めた。波崎蓮がいるのは体育館棟側の階段だ。まだ、そちらの方からは銃による交戦が続いている気配がある。もしかすると、昭人との戦いを聞きつけた誰かがさらに波崎と銃撃戦を繰り広げているのかも知れない。なら、早くその戦いを止めなくてはならない。だが、ヘタに近づくと自分たちも巻き添えをくらってしまうかもしれない。なら、安全な場所から、じっくりと説得をすればいいだけの話だ。そう思っての、昴の機転だった。

「昴、うまくいくかな」
「やるっきゃないよ、こればっかりはね」

正直、これまでにもたくさんのクラスメイトを殺してきて、そして今もなおクラスメイトを手にかけている彼が、いまさら説得に応じるとは思えなかった。だけど、自分たちはこれしか方法を知らない。ろくに戦うこともせず、戦闘実績もない平和ボケした自分たちができるのは、対話だけだ。


 放送室の扉を、開ける。そこに飛び込んできたのは、むわっとした血生臭い香りだった。これは、まだ死んで間もない臭いだ。

「これは……」
「あ、ま……麻衣子?!」

放送室の片隅に、首を吹き飛ばされた女子の死体が転がっていた。小柄な女の子が、パソコンとスマホが接続された機器を大事そうに抱えている。だが、そのモニターの光は、既に消えていた。
まぎれもなく、それは平坂麻衣子の死体だった。状況から察するに、これは首輪を爆破されたに違いない。しかし、この場所はまだ禁止エリアでもなんでもない。つまり、首輪を爆破できる武器が誰かに支給されていて、それが使用されたか、あるいは彼女がなんらかの手違いで首輪を爆破させられたかのどちらかだ。
とにもかくにも、平坂麻衣子は死んだ。昴の情報によると、今回の要となる人物は、この平坂のパソコンとスマホの連携によるハッキングだったはずなのだが。そのキーパーソンを失った今、もう自分たちにできることはなにもないのかもしれない。

「こりゃあ……いよいよ、詰みかもしれないな」
「あ……ぅあ……そ、そんなの認めない……! あたしたちは、絶対に助かるって信じて、ここまで頑張ってきたんだから!!」
「お、おい」
「そうよ! こんなの間違ってる! ……まだ終わりじゃない! 終わらせなんかしない!! あたしたちはみんなで生き延びるの、絶対にね!!」

 昴の眼は、血走っている。いけない、極度の興奮状態だ。
 やめてくれ。狂わないでくれ、昴。落ち着け、落ち着くんだ。

 昴の気持ちは、わかる。
通話していた相手が、爆発によって死んだ。そのトランシーバーを受け継いだ神崎聖美も、死んだ。そして、今度は一緒にいた森澤昭人も、死んだ。関わっていたクラスメイトが、立て続けに死んだのだ。これで正気を保っていられる方が、本来ならばおかしいのだ。

 昴が、非常放送ボタンを押す。サイレンが、館内に流れ始める。マイクのスイッチをオン、サイレンがやみ、昴の荒い息遣いが、校内放送に流れ出した。
自分にできること。それは、昴の小刻みに震えるマイクを握った両手を、しっかりと包み込むように支えてあげること。それだけだった。
わかったよ、昴。付き合ってあげるよ。本当にお前は、だらしないマネージャーなんだからな。

「聴いて、波崎くん! もうあなたが頑張って戦う必要はないの! あなたは解放されるの、楽になるの! ムリなんかしなくていい、今すぐに楽になりなさい!! そしたら、残っているみんなも救われるし、みんなが幸せになれるの! 幸せだよ、幸せ! もう、それでいいじゃない! みんなで幸せになれたら、それがきっと一番なんだよ!! さぁ、波崎くん! 武器を捨てて、さぁ!!」

昴の、病んでるのかと思うほどに滅茶苦茶なカルトじみた演説は、止まる素振りを見せなかった。聴いているうちに、自分まで洗脳されてしまいそうになるくらいには、今の自分も相当疲れていたのだろう。
ここは放送室だ。いうなれば、放送委員、つまり波崎や平坂の聖域だ。そんな場所に土足でズカズカと上り込んで、こんな宗教みたいな演説をされたら、波崎だって黙っちゃいないだろう。


 程なくして、ブザー音が放送室に鳴り響いた。
 自分は、この音を知っている。この、忌々しい音を、トランシーバー越しに聴いている。

 だが、昴は演説を、やめなった。

 直後、轟音が辺りに響き渡り、世界は暗転する。
 校内放送は、こうして、強制終了を迎えた。


 だから、言ったじゃん。夢は終わったんだって。
 終わった夢を、いつまでも終わりじゃないと喚いたところで、いいことなんかないんだって。

 もう、夢は、終わったんだよ。


 18番 深堀 達志
 20番 物部 昴
 21番 森澤 昭人
 22番 門前 晃
 24番 和光 美月  死亡


【残り2人】

 next → 18. リベンジ