11月上旬、東京都のある一軒家内にて。


少し髪の毛を短めに切った少女は、インターネット(この国では大東亜ネットとか呼ばれている、なんてネーミングセン
スのなさだ)のサイトを巡回していた。
自室に引きこもり、黙々と表示されるページを見ては、くすくすと笑ったり、じっとそこに表示される文章を読みふけっ
ていたり、たまにキーボードを凄まじい速さで打ち込んだりしている。俗に言う、ネットオタクだった。
別にそれはそれで構わないのだが、少女はどうもそう呼ばれる事が嫌いだった。
確かに間違ってはいないが、まぁネットオタクは気持ち悪い印象を受けているらしい。実際、登校拒否をしている生徒
の大半は自分の部屋に引きこもり、パソコンで何かに没頭しているらしいし、そういった奴等のせいで自分達も差別
視されているのだろうけれど。
だが少女は勉学の方も一概に良いとは言えないが上位だったし、運動神経も悪くは無い。勿論太ってもいないし、
(顔はともかくとしてだ)クラスメイトとの交流も結構あるのだ。



 ブンッ!



唐突に警告音がなった。
なんだ? 自分は何も異常なことはしていない。またビジー状態になったのか?
などと考えていると、突然ダイアログが表示された。


 ……何だ?


少女は恐る恐るそのダイアログを見た。
そのダイアログは中くらいの大きさで、何かが打ち込めるようになっていた(中央よりやや下の部分でカーソルが明滅
していた)。そして、ダイアログの上部になにやら小さな文字で文章が書き込まれていた。


“もしもし? AKINAさんですか?”


 誰だ、こいつは?
 なんで……何で私の名前(というよりはハンドルネームなのだが)を知っているんだ?


その意図がわからずに、他のプログラムを終了してダイアログだけを残すと、再びその下の部分に文字が表示されて
いた。どうなっているのかわからない。そこにはこう書かれていた。


“あ、返事はこの文字の下にあるテキストを使ってね。いつものチャット感覚でイイよ”


 ただ、恐ろしかった。
 こいつは誰なのか? 口調からして男のような感じだが、一体どういうことなのか?


まずはその事を確認する為に、言われたとおり文章を打ち込んで、選択/実行キーをそっと押した。


“貴方は、一体誰?”


その文字は先程の文章の一つ下に間隔を空けて表示された。
少し反応を待つと、また文章がぱっと出現した。どうやらチャットのような感じになっているらしい。勿論リロード機能な
どは無いので、何もせずただじっと待っているしかないのだが。


“あ、ボク? ゴメンゴメン、この間チャットした野郎さ。『MASTER』っていう名前だったんだけれども、覚えてる?”


そして思い出した。つい先日、夜中にチャットに没頭していた時に、唐突に出現した名前。
確かに覚えている。やたら粘っこくて、それでもきちんと会話の内容には筋が通っている、不思議な人だった。
だが、そんなことよりも、今はこの仕組みがどうなっているか問いたださなくてはならない。


“あのさ、これ、どうなってんの?”


“うーんとね、簡単に言うと今君のパソコンをハッキングしているんだよ”


すぐに返事がきた。その言葉を見て驚き、少女はすぐに返事を出した。


“ハッキング? 何それ、冗談?”


“冗談なんかじゃない。この間、君にゲームのプログラム送っただろ? 実はあれにウイルスを仕込んでおいたのさ。
ハッキング用のね”


“ウイルス?!”


“そ、ウイルス。これでボクは君のパソコンに侵入して、色々と弄りまわした……というより覗かせてもらったんだな。
まぁいつもは何もしないで帰るんだけどね。でも、ちょっと重大なことが分かったから、知らせたくてね、こうした”


なんて奴だ、プライバシーが一切この男には筒抜けだったというのか。いやらしい趣味だ。
その事に少女は腹をたてたのだが、一つ引っ掛かる事があった。


“重大なことって? チャットで会った時に話せば良いじゃない”


“そうはいかないんだ。他の人に聞かれたくないし、ログも残したくない。このパソコンのダイアログなら別に残らない
だろ? だからこうしてる”


“あっそ。で、何なの? そこまでして知らせたい事って”


少し反応が止まった。
それから1分くらい経ったろうか、突然デスクトップ上にフォルダが1つ、浮き上がった。なんとも不思議だ。


“フォルダ出現した?”


そこで初めてわかったのだ。要するに今ハッキングしてこちらに話し掛けてきている『MASTER』なる人物は、このパ
ソコンを占領しているのだ。つまり、今自分が何をしていたかも、全て筒抜けという事なのだろう。
だから返事もこんなに素早く出せるのだし、フォルダも簡単に転送できる。そういうことだ。


“出現した。なにこれ?”


“実はさ……君の学校は東京都の北区にある霧ケ峰中学だろう?”


“なんで知ってるのよ?!”


“ユーザーデータとか見れば一発で分かるさ。それで、A組だね”


“そうだけど……”


“実は君のクラスが今度、プログラムに選ばれる事になったんだ”


その文字が表示された瞬間、少女は絶句した。何かの冗談だろうと思ったが、ハッキングまでして伝えるようなもの
だとは思えなかった。それとも何か、新種の嫌がらせか何かなのか?
どちらにしろ、プログラムに選ばれるなどと冗談を言われるのはやめてほしい。何故なら、それは確実に死刑宣告の
ようなものだし、なにしろ自分達のクラス人数は……。


“ショックかい?”


男の言葉が続いて表示される。
少女は震える手を抑えながら、一文字ずつ打ち込んでいった。


“あなた……何者よ?”


“え、ボクかい? 僕はちょっと政府に反感を持っている人間さ。まぁ……反政府組織って言ったほうがいいのか
な?”


“で……何? 貴方は何がしたいの?”


“プログラムを中止させたい。今君のパソコンにファイルが表示されたろ? それ、ハッキングの材料とか入ってるし、
脱出する為に必要なテキストも全部揃っているんだ。僕のオリジナルだよ”


“それで、どうすればいいの?”


“学校へ行く時とかは、常にパソコンを携帯しておく事。それからそのファイルのバックアップを取って、肌身放さず持
っている事だね。そしてあとはそこに書かれているように行動して、みんなを助け出すんだ。わかったかい?”


少女は、少しだけ感謝の意をこめて、ありがとうと打ち込んだ。
早速机の引出しの中にしまってあるブランクのフロッピーディスクとCD−ROMを取り出す。


“じゃ、とりあえずこのダイアログは消すからね。それとファイルも巧妙に隠しておくこと。パスワードは勿論、隠しファイ
ルで設定してね。見つかったら大変な事になるから”


“わかったわよ”


“じゃ、おやすみ。このことは誰にも言うなよ”


“わかったわ、おやすみ”


発言した途端ダイアログが閉じられた。

そのまま数十分の時間が経過しても、今目の前の画面で起こった出来事が、現実の物ではないような気がして、少
女は動けなかった。



少女、米原秋奈(女子23番)はパソコンの、その今は何も表示されていない画面をただ呆然と見つめていた。







   【残り68人】



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