10



「次、男子11番 駒川大地君。出発ですよー」

 名前を呼ばれると同時に、背丈の低い大地はすくっと立ち上がり、そのまま悠々とクラスを一瞥しながら前へ出て
行った。そして、道澤の持っていたデイパックを奪い取るように引っつかむと、そのまま舌打ちをして出て行った。

佐久良浩治(男子12番)はそんな大地を見て、おや? と感じた。

大地は身長170の自分よりも10センチ以上低く、趣味はインターネット上で流れている少女物の(そう、ちょっとエロ
イものがあって、あまり馴染めないやつ)フィギアかなにかを集めること。つまり俗に言うオタクだった。そのくせ性格
がねちっこく、よく独り言を言う癖があったために、『野良犬』の長井 修(男子21番)を中心にしばしば暴力を受けて
いた。要するに、差別から生じたいじめだ。
だがいじめと言っても、それが表面化したことはない。顔を殴れば痣が出来て誰かに察せられるので、腹をまずは殴
るのだ。そして、陰湿な方法で制裁する。恐らく担任の(いや故・担任の)ミヤビ先生も知らなかっただろう。目立たな
い少年だった。

逆に、自分は背も中学3年にしてはまぁまぁ高い方だったし、ひょろ長いイメージがあるけれども空手を習っていた時
期がある。別に一線を引かれていることはないが、付き合っている友人は少なかった。しかも、生憎その親友とは出
席番号が離れすぎている。

 話が逸れた、戻そう。

ずばり浩治が何故大地に疑問を抱いたのか。それは、オタク少年ならば、そしていじめられている者ならば、大抵は
脅えながら出て行くものだと思っていた。(実際、遠藤保美はそうだった。あと、坂本理沙も)だが、前の席に座ってい
た大地は堂々としていて、まるで全てを吹っ切ったかのような顔をしていた。いや、少なくとも脅えているような素振り
はなかった。



 あいつは、もしかすると……。

 いや、そんな筈はない。



もとい浩治は人を信じて疑わない性格でもあったし、その白くのっぺりとした顔は人に嘘をつかせない能力があるとい
っても過言ではなかった。



 まさか殺し合いなんて、する筈がない。



「じゃ、女子の11番。辻 正美さん、出発してください」

その言葉を聞いて、浩治はふと右斜め前の席を見た。ちょっとふっくらとした体格、その顔にあるはずの鋭い目は見
えなかったが、恐らく今でも想像したとおりの目をしているだろう。
正美はみんなが恐れている生徒だった。彼女も友好性がない為か、友達は多分、いないと思う。問題は、彼女が剣
道の凄まじい実力者であるという事。地方大会では3位の腕前で、とにかく彼女の周りの雰囲気は違った。なんか、
こう、オーラが出ている感じ。


 彼女とは絶対に組めない。


もともと剣道は一匹狼だ。一人で戦うものなのだ。人の手を借りる事なんて、絶対にないのだ。


さて、自分はどうしようか。絶対に信用できる親友は1人くらいしかいない。それ以外と組んでも、気まずくなるだけに
決まっている。



 となれば。



「2分経ちました。男子12番の、サクラ君……かな、どうぞ」

浩治は立ち上がると、その親友の方を向いた。彼もまた、自分の方を向いていた。
前へ行って、デイパックを受け取る。教室を出る前に、もう一度だけその、自分よりも一回り大きなその体を持つ人
間、本条 学(男子30番)を見た。
そして、笑って拳を上に振りかざした。



 自分の足音だけが聞こえる。辺りは静かで、その音が反響していた。
玄関はすぐそこにあった。同時に、教室と同じような匂いがする。
その時から既に嫌な予感はしていたのだ。もしかしたら、既にゲームは始まっているのかもしれないと。だが、見ない
わけにはいかなかった。そこの、恐らく女子生徒であろう床に突っ伏している黒い塊を。その顔は恐怖の面が張り付
いていて、見事に斧が刺さっていた。

「坂本……」

浩治の願い虚しく、それは簡単に砕け散った。



 殺し合いなんて、する筈がない。

 いや? そんなことはなかった。だって、実際に、死んでいるから。



「……くそっ!」



 浩治は走った。



 がむしゃらに走った。







 息切れがして、屈んだ。苦しかった。







「畜生…、畜生…!」











 止めたい。





 この殺し合いを、止めたい。















 彼がそう誓ってから数時間後、事態は急変するのだが、それをまだ彼は知る由もなかった。







   【残り67人】



 Prev / Next / Top