26



 午前8時30分過ぎ。エリアH=3、南部丘陵。


佐久良浩治(男子12番)は、その手に持った黒いプラスチック製のものを、必死に弄っていた。
時折その物体をくるくると回す行為は、周りから見たら奇妙な光景であろう。だが、事情を知ればなんとなく掴めてく
るのではないか。
すなわち、その物体とは、彼に支給された武器だった。


 初めてデイパックを開けた浩治の目についたものは、ずばり『それ』だった。
小さな紙片が輪ゴムで括り付けられていたので、早速それを読んでみることにした。


“  −取扱説明書−

 これは、盗聴器です。方向と距離が合わされば、島中にある機械からの特殊な電波により、会話は勿論、小さな雑
音に至るまでをすべて聞き取ることが出来ます。これを役立てて、やる気である生徒を識別したり、所持している武器
などを調べてみてください……”


その後は詳しい操作方法などが書かれていたが、大体の感覚はつかめた。
換えの電池は単四乾電池が2本、一回取り替えるだけでおしまいだ。電源をOFFにすることは出来ないらしく、電池
を入れている限り、常に盗聴電波とやらを受信し続けるのだそうだ。ボリューム設定が備わっているのが唯一の救い
か。
ちなみに一回の電池で24時間は持つらしい。つまり、使用期間は最低でも2日間。長いのか短いのかはわからな
い。だが、自分に支給された以上、なにか有効に使いたかった。



 このゲームに乗る? んなアホな。
 俺はこのゲームに乗る気はまったくないし、むしろぶっ壊したいくらいだ。



だが浩治は、それを口から音として出すのを控えた。
彼は思ったのだ。もしかすると、この電波は本部であるあの分校にも届いているのではないか。そして、自分たちの
会話がすべて筒抜けになっているのではないかと。
このような反政府的な発言をした途端、この首輪を吹っ飛ばされることもありえるかもしれない。それだけはごめんだ
った。
それで、彼は朝の放送以来、ずっとこの機械で辺りを探っていたのだ。

まずは150mに設定して、ぐるりとあたりに向けてみた。
自分のいる位置は丘陵だ。多分辺りから見ればがらあきだし、隙だらけに違いない。それはとても危険だということを
暗示していたのだが、そんなことを言うよりも今は周りに人がいないかどうかを確かめるのが専決だった。
勿論生徒がいたとしてもその生徒が会話をしていないと見つけることは困難極まりない。だから同じ場所でも耳を澄
まし、少しでも草を踏み分ける音などがしたら集中することにしたのだ。
だが、じっと集中し続けていたものの、この2時間あまり、何一つ音は聞こえてこない。相変わらず、鳥の鳴き声や風
に草がそよぐ音など、人為的な音は何一つ聞こえてこない。
かと思えばつい1時間ほど前には銃声が聞こえた。こうして自分が何も出来ない間に、確実にこのゲームは続いてい
る。それを食い止めるために、自分は今がんばっているのだ。





 あれ? もしかして、俺って馬鹿じゃないか?



 仲間を探すんだったら、自分が動けばいいのに。

 何故動かないで、こんな盗聴器でいちいち面倒なことをやっているのだ?



 よし、決めた。みんなを探そう。





彼自身気がついたのは遅かったが、逆にこれだけ集中しても人がいる気配がないということは、それだけ周囲にクラ
スメイトはいないということなのだ。少しくらい大胆に動き回っても、大丈夫だろう。
腰を持ち上げかけ、だがふと眉をひそめ、もう一度腰を下ろした。
そして慎重に方向を変えないように盗聴器を持ち上げ、耳を近づけてみる。

『……うせ…なんか…』


 聴こえた。
 誰かの声だ。誰だ、こいつは誰なんだ?


盗聴器の受信方向は真南。距離は250メートル。エリアI=3だ。地図を取り出してみてみてみたが、このエリアに民
家は存在しない。ただ、灯台へと続く道路と、切り立った崖があるのみだ。
こんなところに誰かが居るなんて。まぁ、いいや。会いに行こう。

『やっぱ……ぬしか……いのかな?』

感度はそれほどよくない。曖昧な音声を頼りに、慎重に歩を進める。こっちは丸腰だ。だが、向こうは武器を持ってい
るのかもしれない。いくらこのゲームに乗らないからといって、死ぬことは流石に嫌だ。このただっぴろい丘陵に立って
いたら、それこそ他のやる気になっている奴のいいカモとなる。
丁度電波がぴったりの位置に来たのかどうかは知らないが、唐突に声が鮮明に聴こえた。

『……駄目だ、ここから飛び降りるなんて。やっぱりできない……』

その声、独り言だ。独り言の多い奴で心当たりのある生徒は、浩治にとっては1人。
そいつが、飛び降りようとしている。



 どこから?



「まずい!!」

浩治は走った。我武者羅に走った。今、自分がしなければならないことは既にわかっていた。自分に支給された盗聴
器、それによって未然に防ぐことができるなら、自分はそのことをしなければならない。
そう、『あいつ』の自殺、という最悪の出来事を防がなくてはならない。


 その『あいつ』の姿が見えた。崖っぷちに立っている。もう、盗聴器なんて必要ない。今は『あいつ』、駒川大地(男
子11番)を止めなければならないのだ。

「駒川ぁぁぁああっっ!!!」

教室内で舌打ちしていた大地のくやしそうな顔が浮かぶ。オタク少年のいじめられていた、苦しそうな顔が浮かぶ。
あいつは誰かに助けを求めていた。誰でもよかったのだ。いじめから逃れたかったのだ。
だが、誰も助けようなどとはしなかった。そう、目の前の席で起こっていたのに、自分は何も出来なかった。自分には
空手がある。だがあいつにはなにもない。
今、俺があいつを助けなかったら、いつ俺はあいつを助ければいいんだ?

「まてっ! 駒川、早まっちゃ駄目だっ!!」

自分の存在に気がついたのか、大地が自分の方に視線を向けた。
それで安心したのがいけなかったのだろうか。突然、大地が悲鳴を上げたのだ。

「わ、わぁぁっ!! くく来るなぁ!!」

「何言ってんだ?! お前、自殺なんて考えてんじゃないだろうな?」

「さ、佐久良……お前こそ、僕を殺そうって考えてんだろう?!」

「なっ?!」

意外だった。オタク少年がらしからぬ金切り声を上げたからではない。自分が大地を殺そうとしていると思われたの
が、意外だったのだ。
そりゃあ、たしかに身長10センチの差は大きいだろう。怖く思われても仕方のないことなのかもしれない。
だが、だからといって俺がゲームに乗るなんて考えられるか? どんな論理を経たんだ?

「ぼ、僕は殺されるのなんて御免だよ。だって、だってどうせ僕なんかいらないって思ってんだろ? だからみんなして
僕を殺そうとしてんだろ? 全部わかってんだよ!」

「待て、駒川。俺は……」

「黙れ! でもそうはさせない。僕自ら命を絶って、みんなを後悔させてやるんだ。僕がどんなに苦しんでいたか、どん
な思いで学校に通っていたか、すべて僕の部屋にある日記帳に書きとめてあるんだ。日にち、ぶたれた回数、全部
書いてある。もうこの世に未練はない。自殺しようと思って悩んでいた矢先のプログラムさ。別に自殺したって政府の
側はつまらない人間だって思うだけだろう。でも違う。間違いなく僕をいじめてきた奴らも死ぬんだ。当然の報いだよ。
笑いが止まらないね。いっそのこと、そいつらに殺されるんだったら改めて自殺したほうが楽だろう?」


 こいつは、何を言っているんだ?
 いじめ、日記、報い。自殺が楽だって?


「どうして、そんな考えが思いつくんだよ……」

「うるさい。どうせ僕なんかいらない人間なんだ。いらないからみんなしていじめて、無視して、そして陰から笑ってい
るんだろ? お前だって、僕を殺すんだ。そうやって、快楽を得ようとしているんだ。でもそうはさせない。お前は僕が
死ぬ場面を見て、一生その光景が脳内にインプットされてしまうんだ。一生ついて回るんだよ!!」




 ……狂ったか。




 一体いつから?
 プログラムに巻き込まれたときから?
 それとも自殺を考えたときから?


 あるいは……このクラスに入ってから?



 気がつくと、目の前から大地の体が消えていた。
 残っているのは、彼に支給されたデイパックのみ。私物は一切ない。












 崖下を覗く。









 地面が赤く染まっている。
 中央にいる、一人の、生徒。







 大地。










 男子11番 駒川 大地  死亡







   【残り63人】



 Prev / Next / Top