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 粕谷 司(男子7番)は、森の中をさまよっていた。
 もう昼も近いというのに、森の中はいまだに薄暗く、鬱蒼と茂る草の匂いが緊張感を高めていた。


ふと、右手に握られている銃を見た。H&K MK23(ソーコム・ピストル)という名前なのだと説明書には書いてあっ
たが、そんなことはどうでもよかった。マグナム銃のそれは弾を12発込めることができ、また弾詰まりもおきにくい有
能な銃であるが、自分のものではない。

 自分が殺した、坂本理沙(女子7番)のものだ。



 あの時、本当に理沙を殺す必要はあったのだろうか?



確かに理沙は気が狂っていて、本来の自分の支給武器であった斧を持っていた自分を見て、やる気であると誤解し
た。そしてこの銃で自分を殺そうとしたのだろう。
だが理沙は撃鉄の存在すら知らず、拳銃は引き金を引けば弾が出る、とでも思っていたのだろう。そのおかげで、自
分は死んではいない。だが、すぐにそのことに気付き、撃鉄を起こしていたらどうだったろうか。銃が暴発したら、その
とき自分は無事でいられただろうか。



 やはり、理沙は殺しておくべきだったのか?



これまで幾度と投げかけた自問だが、結局答えは出ず、過去のことを振り返る必要も無い、という結論にしておい
た。だが、やはり。

そうこうしているうちに、どうやら森を突き抜けたらしい。舗装された道が、司の目の前を通っていた。
確か自分は真北に向かって進んでいたはずだ。となると、必然的にこの道路はD=2を通っているということになる。
少しだけ左、方角的には西の方を向いていたが、そちらの方面には海が広がるのみ。潮の香りも風に乗ってきてい
る。どうやら、間違ってはいないようだ。

「粕谷」

その声が聞こえた瞬間、反射的に司はソーコムを声の聞こえた方へ向けた。誰であろうと容赦はしない、簡単に言え
ばそう取れるような獰猛な目を、今の彼はしていた。
拳銃を向けた先にたたずむその姿は、だがその銃口から逃げようともせずに、直立不動の姿勢で立っていた。

「……!」

司は目を見開いた。


 まさか、こんなところで出会うなんて。


そのブレザー服に身をまとわせている男。決して笑うことの無い目。冷静を通り越して、むしろ冷たすぎる淡々とした
性格。そして、抜群の運動神経と思考能力。
どこにも落ちどころの無い人間。それらのうち、どれかひとつでもいい。たった一つだけでも勝ちたかった人間。

「唐津……!」

唐津洋介(男子8番)。優等生を気取るわけでもなく、最低限の言葉しかしゃべることは無い。勿論、彼の周りを漂う
オーラはたとえ『野良犬』の一員の長井 修(男子21番)がねちねちと文句を言っても一切を受け付けることは無い。
そのオーラは他の生徒さえ近づけることなく、不気味に彼の周りを漂っているのだ。
彼は恐れられている。なにもかにも男子の中では一番だから。だからこそ、司は一生懸命努力した。唐津に勝ちたい
から、一生懸命運動した。勝ちたいから、勉強も頑張った。
だが所詮は2番どまり。唐津など、到底抜くことなんてできなかった。




 勝ちたい。勝ちたい。
 どうしても、お前には勝ちたいんだ。


 だから言いたかった。
 出席番号が幸運にも一番しか違わないからこそ、言いたかった。
 一度は坂本理沙に邪魔はされた。だが、こうして奇跡的に自分達は遭遇している。


 チャンスは逃したら、もう2度と回ってこないかもしれない。
 そう、しかもこんな状況下では。




「唐津、頼みがあるんだ」

そう、これは最大のゲーム。
これが唐津としたかったから、自分は死ぬわけにはいかなかった。そして、これからも死ぬわけにはいかない。


 命を賭けたゲームなんだ。









「俺と勝負しよう。どっちがより多くのクラスメイトを殺せるか、競い合おう」









 デス・ゲーム。
 この言葉が司の口から出た瞬間、唐津の目が見開かれた。


そりゃそうさ。こんなこと、ありえるわけないだろう。自分と一緒に行動しよう、ならともかく、どっちがより多くのキルス
コアを稼ぐか、競い合おうということなのだから。

「どういう意味だ」

「俺は簡単な言葉しか使ってないよ。つまり、俺とお前で、どっちがより多くの生徒を殺せるか、ようはキルスコアだ
な。それを競い合おうって言っているだけさ。……いっとくけど、本気だからね」

「……そうか。わかった、要するに、最期くらいは勝ちたいわけだ」

「さすが。察しがいいね、優等生は。ちなみに俺はもう1人殺してしまっている。その分はハンデとしていいかな?」

「……坂本、だな?」

「ご名答。もう残り何人だかはわからないけれど、勿論やってくれるよね? 武器は何?」

唐津は黙って頷き、右手の上に掲げた。
その手には拳銃が握られている。なるほど、こいつも銃を支給されたくちか。

コルト・ガバメントだ。互いに銃ならハンデはないだろう」

「ないね」

「次の放送がなった後、俺は行動を開始する。キルスコアの判定はどうやるかわからないが、まぁ生きている限りは
大丈夫ということにする」

「どうとでも。互いに再び遭遇した際は、中間報告をすること。そして最期の2人になったら決闘だね」

「……わかった」

再び唐津は頷くと、後ろを振り向いて歩き出した。
その姿が民家の陰に隠れて見えなくなるまで、司は見続けた。

これで、とりあえずは完了だ。
唐津は間違いなくゲームに乗る。だから自分もゲームに乗る。



 上等だ。どっちがより多く殺せるか、勝負だ。



 ゲームオーバーは死んだとき。
 そう、デス・ゲームだ。



「唐津、死ぬなよ」



 ライバルとして。

 そして対戦相手として。





 正々堂々と戦う。





 そう、司は誓った。







   【残り62人】



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