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 午前11時43分。H=6、森。


政岡 愛(女子26番)はそっと茂みから顔を覗かせた。
なんとなくだが、すごく近くに人の気配を感じたからだ。気のせいだろうか。



 彼女は、今はもう引退したが剣道部に所属していた。とりあえず練習の成果からか、人の気配を察知するくらいなら
並の人間よりは優れていると自負していた。
勿論、剣道の技術の方は大して上手くはならなかったし、たまに選手入りしても1分以内に勝負が決まるか、あるい
は粘りに粘って時間切れで1本負けか。どちらにしろ顧問から見れば、使えない存在だった。
使えない人間、大抵のそれ系の人間は雑務を負かされることとなる。試合用のたすき、これを選手のために選択して
くるなどだ。挙句の果てには後輩にさえ勝てなくなる。後輩はカモと見てなめて掛かってきて、そして私を打ちのめす
のだ。口先では丁寧語を使っているけれども、その腹の中は真っ黒だ。

 そう、愛はそんな自分が嫌だった。なめて掛かられることが大嫌いだった。

自分がこんなに一生懸命戦っているのに、相手は誠心誠意を尽くしてくれない。それどころか弱いあたしをあざ笑って
いる。そして適当に打って適当に勝つんだ。ああ、くだらない。
だからそういうことをする後輩とは口もきかなかった。同年代もあくまでうわべだけの関係。剣道部内で、愛は一人ぼ
っちだった。
才能の無い人間は、才能のある人間に嫉妬を抱くといわれているが、まさしく愛もそれだった。

 そう、辻 正美(女子11番)だ。

正美は昔から才能があった。中学一年の同じ時期に入部したのに、気がつけばその力量は天と地の差といっても過
言じゃなかった。正美は軽々と引退試合で先輩を打ちのめした。その腕は顧問の植松先生も苦労して勝っていたくら
いだし、まさに天性といえる。
正美は都大会予選を簡単に優勝した。都大会では準優勝。関東大会では優勝候補に負けて3位という成績で、それ
より上には上がれなかったけれども、十分都内でも強い中学生だった。
だからくやしかったのだ。初めて試合に勝ったときは中学一年の秋。それ以降は一度も勝つことなく引退した。でも正
美は剣道推薦で有名な都立学校に行けることが決まっていた。この差は何なんだ。
しかし、嫉妬間はあったものの。正美は常に全力を出してきてくれていた。あたしなんていつも二振りで負けていたけ
れども、正美は手を抜いてなんていなかった。


 それだけが、嬉しかった。


だが今は違う。今は、プログラムの真っ最中なんだ。反則なしの試合なんだ。
この試合に負けることは、すなわち死を意味する。そんな、ねぇ。まだ15年しか生きていないのに、こんなあっけない
死に方ってありなの?

そうはいかない。死んでたまるものか。今回は、どんな手を使ってでも勝たなくてはならないのだ。
そう、たとえそれがどんなに卑怯な手であっても。



 人の気配がしたという予想は当たっていた。

顔を覗かせたところに、切れ長の眼が存在していた。誰も寄せ付けないようなオーラ。間違いない。いや、見間違え
るはずも無い。


 彼女は、辻正美だ。


「辻!!」

呼び捨てで、愛は正美に叫んだ。茂みに隠している形で、支給武器の(どういうめぐり合わせなんだか)日本刀『村
正』をそっと握る。
そっと正美が、こちらの方を見返してきた。吸い込まれそうな眼。だがその眼をあえて見据えて、愛は続けた。

「……武器は何だ」

その質問に、正美は黙って右手を上げた。それも、一応武器なのだろう。因縁を持っているのかどうかはわからない
が、十手、だった。おもちゃなどではない。紛れも無い、本物だと、愛は瞬時に判断した。
だが、所詮は十手だ。日本刀に勝てるはずなど、ないのだ。

「辻。お前を、斬る」


 試合、開始。


正美はそっと右手を前に突き出し、十手を構えた。その時には愛はもう、鞘から刃を抜き出して一気に振りかぶって
いた。先手必勝なのだ。相手が完璧に構える前にすべてを決めてしまう。正美、あんたの戦法だよ。
愛は日本刀を持ったとき、重たい、と感じた。そう、日本刀は主に鉄でできている。竹刀なんかよりも、数倍重たい代
物なのだ。だがそれでも愛はすばやかった。生存本能かどうか走らないが、人間火事場の馬鹿力はどうも嘘ではな
いらしい。

「はぁぁっっ!!」

勢いよく振りかぶり、振り落とす。





 ふと、見据える正美の眼が、笑みを浮かべたような気がした。





 キィィン……!!



 ガキィ!





愛自身、何がおきたのかわからなかった。振り落とした瞬間、十手の二股の部分を正美は振りかざした。愛自身の
攻撃は二股に阻まれて正美に傷をつけることができず、逆に正美は十手をねじった。結果、捻りの法則で力が倍腕
にかかり、思わず刀が手元から離れて宙を舞った。


 そして、十手を構えながら正美は、淡々と愛の日本刀をも持っていたのだ。


「ねぇ、政岡。十手ってさ、攻撃にも防御にも使えるの」

「あ……ああ…………」



 自分には、もう武器が無い。



「だからさ、はるか昔の時代、大東亜共和国ができる前の時代の警官は、十手で悪党の刀から身を守って、生け捕
りにしたんだよ」



知らない。そんなの、知らない。
大東亜共和国は歴史ある国だ。そんな大昔のことなんて、知るはずが無い。



「でも、政岡はあたしの命を狙ってきた。これさ、死罪だよね」


「…う、あ……」


 逃げなきゃ。精神はそう呼びかけていても、肉体が動かなかった。
 辻正美という化け物に、完全にすくみあがっている。


「あたしさぁ、一度でいいから人間、斬ってみたかったんだぁ」


「や……やめてょ………」


「かごめ、かごめ。この歌はね、みんなが一人を真ん中でかごませるからかごめって言うの。ほら、今の状況と一緒
だよ。うふふ、か〜ごめかごめ〜♪」


「駄目……ごめん、辻さん、ごめん……!!」


 なす術も無くへたり込んだ愛に、無情にもゆっくりと近づいてくる正美。
 勿論、その手には日本刀が握られている。


「か〜ごのな〜かのと〜り〜は〜♪」


「ぃゃ……いや!!」


「い〜つ〜い〜つ〜出〜会〜う〜♪」


「こないでよ! こないで!!」



「夜明けの晩に〜♪」



「いやぁ、いやだぁ、くるなぁっっ!! くるな化け物ぉっっ!!」





 目の前に正美がいる。





「ツ〜ルとカ〜メがす〜べったぁ〜♪」







 正美が、日本刀を振り上げた。







「いやぁぁぁぁぁぁあああああああっっっ!!!」











 ザシュッ!!











心地よい新鮮な肉が切れる音。
首を跳ね飛ばされた愛の頭部はころころと転がった。そして、胴体からは大量の血がシャワーのように噴出してい
て、その血は愛と正美の制服を真っ赤に染めた。















「うしろの正面、だ〜あれ? あははははは!!!」















 女子26番 政岡 愛  死亡







   【残り61人】



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