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「……谷君? 谷君じゃん!」

満は、思わず大声を出してしまい、慌てて口をふさいだが、秀和はただため息を一つついただけで何も言わなかっ
た。それが満にとって、嬉しかった。

「だから、何の用なんだ?」

「用なんて……僕さ、一人でずっといてさ、怖かったんだ。お願い、僕と一緒にいてくれない?」

それが意外だったのかどうかはわからないが、秀和は面食らったような顔をしていた。そりゃぁそうか、僕と谷君は全
然付き合いなんてなかったし、ましてやこんな状況でわけわからんデブを信用することなんて、やっぱり無理だったの
かな。
だが、一方で満はわかっていたのだ。自分に信頼の出来る友達など誰一人としていないということを。だからこそこの
チャンスを逃すわけにはいかなかったし、もしかすると話したことのない相手だからこそ、この頼みを聞き入れてくれる
かもしれなかったからだ。
頼むよ、谷君……。僕と、一緒に。頼むから。

「ふん、好きにしろよ」

その言葉から秀和の口から発せられた途端、満はうつむいていた顔を上げた。



 今、谷君は何て言ったんだ? これは、肯定として受け入れていいのか?



「ボクは別に君のことを必要としているわけじゃない。一緒にいたいんだったら、一緒にいればいい」

「それ、本気で言ってるの?」

「ウソなんて、この状況で言ったってすぐバレるだろ」

嬉しかった。この僕と、一緒にいることを谷君は許可してくれたんだ。これでもう、寂しい思いをしてたむろうこともな
い。悲しい気持ちにならなくたってすむんだ。
ああ、ありがとう。感謝しきれないよ、谷君。君は何て、いい奴なんだ。

「おい、一緒にいたいんだったら中入れよ。そんなとこに立ってたらボクまで狙われるだろ」

「あ、うん。ありがとう」

満は、幸せだった。
自分が受け入れたれたというわけではないが、拒否されなかったことが嬉しかったのだ。これはもう、中学生活の中
で一番のヒットかもしれない。最高の気分だった。

「言っておくけれど、ボクもこの家に今入ったところなんだ。勝手はしらないから、適当に散策する」

「そ、そんなことやらなくていいよ。僕、ちょうどトイレ行きたかったからさ、探すがてら色々と家の構造調べてくるよ」

満は、おそらくリビングダイニングであろうその広間にデイパックを置き、そうアピールした。
谷君は僕を受け入れてくれたんだ。僕はその気持ちに答えなきゃならない。だから雑務は全て僕がやる。やりたいん
だ、谷君のために、何かしたいんだ。
勿論、トイレに行くなどというのは真っ赤な嘘である。このプログラムが始まってから、彼は一度もトイレには行ってい
なかったが、今はそんな尿意などとっくに消え去っていた。それだけ、今の彼の気分は高揚としていたのだった。

「ああ、そうかい。じゃぁ、頼むよ。ボクはここにいるから」

その言葉を聴きつつ、満は既に部屋の外に出ていた。廊下の突き当たりに和室。これは少し狭いだろうか。手前に
はベッドルームがあり、ツインベッドが置かれている。おそらくこの家の持ち主は、夫婦で暮らしているのだろう。あと
はどちらかの祖父母が住んでいるくらいだろうか、子供がいる気配はない。
続いて反対側にはトイレがあり、その隣には洗面所、風呂があった。洗濯機もここに置かれている。さらにキッチンも
あり、水気の多い場所だった。日当たりが悪いせいかはわからないが、ひどくじめじめしている。キッチンの奥には勝
手口があるようだが、あまり開ける気分にはならなかった。
それでおしまい。思ったよりも狭い家のようだ。二階建てでないからだろうか。都会暮らしの満にとって、それはまさし
く不思議な光景だった。
役目を終えてリビングダイニングに戻ると、秀和はペットボトルの蓋を開けているところだった。

「終わったの?」

「うん。キッチンと洗面所に風呂、トイレ。あとは和室と洋室が一つずつあるだけだった」

それを聞いているのか、秀和はおいしそうに水を飲んでいる。それを見て、思わず満ものどが渇いてきた。そういえ
ば、放送からもう3時間以上経っているのに、一滴も飲んでいない。唇がかさかさだ。
飲もう、と思って、自分のデイパックから封を切ってあるペットボトルをとりだして、蓋を開ける。一方秀和は飲み終わっ
たのか、もうデイパックに仕舞い込んでいた。

 ああ、早く飲もう。

ペットボトルを軽く傾けると、生ぬるい水が唇にそっと触れる。そしてそのまま口を開け、舌先で水の感触を味わいな
がら一気にのどの奥へ流し込んでいく。そう、自然の水の心地よさが満遍なく透き通るように……。

「…………?!」

そうではなかった。透き通った味などしない。代わりに、なんか酸っぱいような、辛くて舌先がしびれるような、変な味
がした。一体なんだ、これは?

 はっと気がついて、秀和の方を見る。笑っていた。





 え? 谷君? これは、一体……?





と、突然目眩がし始め、体が急速に重たくなっていった。なす術もなく、そのまま床に倒れこむ。ひどく、苦しい。


「た……谷、君…。こ、これ………」


「ああ、それ? 君の水の中に、これ入れたんだ。ボクの武器がこれ。結構苦しいみたいだね、だって、農薬に使わ
れるものなんだもん、苦しいはずだよ」



 武器? 農薬? なんのことなの、それ?

 あ、そうか。僕が部屋見てた間に、谷君は僕の水にそれを……。



激痛に見舞われながら、満は必死に何がおきているのかを考えたが、彼自身の思考はそれきりで止まった。あとは
彼自身、覚えていないだろう。ひどく喀血し、叫び声を挙げながらのた打ち回り、最期には痙攣しながら仰向けになっ
た。だが、それも1分とは持たなかった。
信じてたのに、というような顔をして、満は息絶えた。その目からは、苦しさからなのか、それとも裏切られたからなの
かはわからないが、一筋の涙が流れていた。
だが、秀和はそれに興味を見せることはなく、黙ってポケットから満を殺した『それ』瓶詰めの粉末状硝酸アンモニウ
を出して、その効力に黙って頷き、今度は満のデイパックをあさり始めた。

 まるで、そこに自分が殺した満の死体など、なかったかのように。





 男子33番 雪野 満   死亡







   【残り58人】



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