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 1日目、午後9時。
 エリアG=5、小学校体育館。


「おら、デブ。いい加減に起きろよ」

小林 明(男子10番)が、いびきを立てて眠りこけている金城 光(男子9番)を起こしている。その光景を見ながら苦
笑している長井 修(男子21番)がいる。さらに、もう見ることなど出来ないのに競馬新聞をしきりに眺めている田代
寛紀(男子17番)が、そして園田正幸(男子16番)がいる。

それら全員をじっと眺めている、望月道弘(男子32番)が奥に黙って座っている。


それら全体を見ながら、彼らと同じく『野良犬』に所属している日高成二(男子28番)は眠たい目を覚ますために、思
い切り空気を吸い込んだ。都会の荒んだそれとは違い、透き通るようなものが肺の中を満たしていく。
とにかく彼は、和んでいる、というより緊張感が全くないバカどもと違い、緊張し続けて疲労しきっていた。




 望月は、一体何を考えているんだ?




分校内で、リーダーである望月が自分を含める仲間達に、小学校で集まるようにメッセージを送ってきた。
出発が大分遅かった日高は、自分よりもさらに遅い望月を待とうかとも思ったが、それは諦めた。


 怖かったのだ。望月が何を考えているのかわからずに。


だから彼は慎重に行動するべく、学校の裏口から出発し、茂みの中で秋吉快斗(男子1番)と湾条恵美(女子34番)
に出会った。最初彼等は自分を信用することなく、むしろ嫌がっているように感じていたが、結局彼が合流話を持ちか
けると、話は柔軟化した。
そして、言われたのだ。自分が、望月を見張れ、と。
それで24時間何も起きなかったら、簡単に言えば誰も死ななかったら、その時はこの小学校に来る。それが、ピンキ
リとの約束だったのだ。
だが、実際小学校に来たとき、校門付近で待っていたバカどもは、望月がまだ来ていないと告げた。それはまだ彼が
出発して間もない時刻だったからということもあるだろうし、もしかすると何処かしら寄り道でもしていたのかもしれな
い。とにかくここにいるのは危険だと言って、校舎ではなく体育館に行った。そして、バカどもの間では一番要領のい
い園田を校門に立たせたのだ。数分後、園田は望月を連れて体育館にやってきた。

もともと、『野良犬』というあだ名は教師達が付けたあだ名なのだ。

日高と望月、この2人は校内でも有名な、ワルだった。一見おっとりとした日高が中年のサラリーマンに肩をぶつけ
て、いちゃもんをつける。挑みかかってきたところを望月が乱入、金をせびるというようなことを何度もしていると、同じ
ように金稼ぎが目的の奴らが自分達に近づいてきた。
それが、中学1年のくせに既に煙草を吸っていた小林だったというわけだ。同様に友達だったらしい長井と、何故かコ
ンビを組んでいる金城も仲間になった。この3人、どうしようもないバカで、教師達からマークされていたのだが、流石
は望月といったところか、オヤジ狩りをする時にも彼らには一切の証拠を残さず、巧妙かつ大胆に犯行を重ねていっ
た。
競馬好きでわざと髭を伸ばしたりして大人びていた田代も、後ろ髪を伸ばし続けてワルぶっていた園田も気がつけば
近くにいて、一緒に楽しんでいた。日高と望月を除けばどうしようもないバカ軍団、悪い事をやっているらしいのだが
証拠が見当たらず、停学にしようと思っても出来ない、そんな自分達に、教師達は『世間からいらないと烙印を押され
た象徴』として皮肉を込めて、『野良犬』とさげすむようになったのだ。
すぐにこの意味がわかった日高と望月だが、その意味さえわからないバカ軍団は気に入ったのか、あろうことかクラ
ス中にその言葉を広げ、定着してしまった。定着したものを元に戻すのはなかなか難しいもので、今でもその作業が
難攻していたところなのだ。
だから日高は仲間でありながらもなんとなくそのバカどもは好きになれなかったし、望月も同じような心境だったのだ
ろう、あまり彼ら同士で積極的に話し合うということはないようだった。

その望月が、わざわざ荷物になるような奴らを集めてプログラムに参加するとは、一体どういうことなのだろうか。
まず第一に日高が考えたのは、望月が自分達全員でこのプログラムを脱出するのではないかということだった。だ
が、よくよく考えてみればそれは不可能なことであったし、第一そんな芸当このバカどもを引き連れて出来るはずがな
い。あっさりとその考えは捨てた。
他にも色々と考えたが、どれもこれも望月一人でやった方がいいのではないかという案ばかり。
結果、最後に考え付いたのは、全員を殺すのではないかということだ。それは大変恐ろしいものであったし、出来るこ
とならそれだけは勘弁というものでもあったが、それ以外に適切な答えはない。だから日高は今でもそうだが望月を
見張り続けているし、色々と考えたりもしている。結果的にそれは日高の疲労を蓄積させるだけであり、だが望月は
まだ何もしていなかった。
学校に来たときも、長井が何をするのか聞いたときも、望月は今考えていると述べるばかりで、何も具体的な案は言
わなかった。このことが、余計に心配度を高めたのだった。

「おーい、田代。お前いつまで新聞読んでんだよ?」

「最後まで、俺は俺で在り続けたい。だからずっと競馬新聞見てんだ」

「お前、ホントかわってんよな」

園田と田代の言葉が聞こえる。これまで、バカどもはずっと喋ったり、寝たりしていた。小林は煙草を吸い続けている
し、金城は寝てばっかりだ。本当に、緊張感のない奴らだった。

望月は、最初に自分達の武器を確かめていた。誰かが襲ってきたときの為にだそうで、それなら当たり前かと思って
自分を含め、全員が武器を差し出した。とはいえ、支給されたものは全員使えないものばかりで、もしかすると自分
折り畳み式ナイフが一番の当たりかもしれなかった。小林は鉄のトレイ、長井は鉄板、金城はマッチ箱。さらに園
田は輪ゴム1箱なんてものを支給され、田代は針金ハンガーという始末。望月もライターを出していた。

「……ちょっと、トイレに行って来る」

今まで黙っていた望月が、そう言って立ち上がった。そして、そのまますたすたと出口を出て行った。
まぁ、この10時間あまり、ずっと彼は動いていなかったのだから、それは当然の行為ともいえる。


 だが、何かが引っ掛かった。


「俺も、トイレ行くよ」

望月が何かを企んでいるのかもしれない、そう思った日高は、慌てて望月の後をつけていった。
望月の姿を確認すると、急いで望月へと近づく。何故か、トイレの方向ではなく、校庭へと向かっていっていた。そし
て、校庭の中央まで行くと、突然立ち止まった。

「やっぱり、来たか」

そして、いきなりそう言われた。日高はつけられているのがバレていたのだとわかると、舌打ちをして言った。

「お前、何考えているんだよ?」

「俺が、お前がじっと俺を伺っているのに気がつかないとでも思ったのか?」

質問には答えず、望月はさらなる質問を繰り出してきた。
その時だ。突然、爆発音がした。何事かと振り返ると、後方に建っていた体育館が、半分崩れ落ちて燃えていた。

「な?!」

その突然の出来事に口をパクパクさせながら、日高はふと視線を望月に戻した。自然と、手が腰に付けていた折り畳
み式ナイフにのびる。

 こいつは……望月は、一体何を……?


「お前も出てこなければよかったのにな。そしたら、あいつらと一緒に逝けたのに」

そして気がついた、あの体育館に、まだバカどもが残っていたことを。急いで生死を確認しようと踵を返しかけたのだ
が。やめた。
望月が、そっと愛用のナイフを取り出したのが傍目に見えたので。

「無駄だよ。あいつらは死んだ。俺の本当の支給武器な、プラスチック爆弾なんだよ。デイパックに忍ばせておいたん
だ。時限装置かけてな」

「そんな……なんでこんなことを」

「お前も聞いただろう。出発前に、俺がトロカルチョで3位だってことを」

トトカルチョだ、なんて突っ込みはいいとして、たしかにそんなこともあった気がする。だが、だからといってゲームに乗
ることはないんじゃないのか?

「あのな、俺は思ったんだよ。これは、大人達にとってはただのゲームなんだってことがわかったんだ。だからさ、ゲー
ムならゲームらしく、いい成績残してやろうと思ってね。今の俺のキルスコアわかるか? 5人だよ、一気に」

「そんなの、間違ってる」

「間違ってない。もともと俺はあいつらなんてどうでもよかったし、なら殺してもいいんじゃないかって思ってた。行動起
こすなら昼でもよかったんだけれど、後々のこと考えたら夜の方がよさそうだったからね。今決行したんだ」

「お前……」

「でもさ、日高。やっぱり昔から付き合ってただけはあるよな。やっぱりバレたって、感じかなぁ。仕方ないけれども、
俺は一人で行動しようと思ってる。だからさ」

望月が、ナイフを上手に構えた。
ワルの間でのあだ名が、天性のナイフ使いからきて『ジャック望月』とだけあって、かなり慣れた手つきで構えてい
る。そして、言い放った。

「日高、悪いけど、死んでくんな」


 額の汗が、ポトリと地面に落ちた。





 男子9番 金城 光
   10番 小林 明
   16番 園田 正幸
   17番 田代 寛紀
   21番 長井 修    死亡







   【残り52人】



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