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 増永弥生(女子27番)は、地図上で言うエリアG=3を彷徨っていた。
 比較的遅めに出発した彼女は、半ば方針気味に行動していた。



 待っていると信じていたのに。

 きっと、自分を呼んでくれると思ったのに。



最愛の彼氏、それもあのピンキリコンビ並のカップルだと叫ばれていたのに、彼は待ってくれなかった。私は、最初か
らずっと一人ぼっちだった。そして、今でも一人ぼっちだ。
秋吉快斗(男子1番)と湾条恵美(女子34番)は続けて出発したからきっと合流したのだろう。そして、名前が呼ばれ
ていない今、多分今も行動を共にしているに違いない。
普段はおとなしい性格である弥生も、この状況下では恐らく幸せであろうあのピンキリコンビに少なからず嫉妬感を抱
いていた。
そりゃあ、たしかに彼とは出席番号が離れているし、決して近いというわけではないけれども、さしてそう遠いというわ
けでもない筈だ。たかだか15分も、彼は待てなかったのだろうか。

「ねぇ、何処にいるの? モチ君……貴方は何処?」

モチ君と呼ぶたびに、そんな変なあだ名はやめろと嫌がった彼。そんな否定する彼の顔を見るだけで、私は幸せだっ
た。ずっと一緒にいようねって言って、素直に頷いてくれた彼が、大好きだった。

 なのに、彼はいない。

プログラムの開始を知らされて、私は怖かった。今まで親しくしてきたクラスメイトが、一斉に牙を向いてくるのだと、震
えていた。そんな時、彼の存在だけが、心強かった。彼なら、きっと最後まで私を守ってくれる。彼なら、きっとなんと
かしてくれる。それは身勝手な考えかもしれなかったけれど、そういう小さな希望だけが、私の心の支えになってい
た。壊れてしまいそうな私を、なんとかしてくれると思っていた。

 だけど、出発したとき、そこにあったのは一つの死体だけだった。

横たわって死んでいた坂本理沙(女子7番)の頭部には、ざっくりと斧が突き刺さっていた。それは即ち、もうこの殺し
合いは始まっているのだと言うことを嫌でも自覚させられたのであって。

 怖かった。何もかもが、怖かった。

度重なる銃声を聴く度に、自分が狙われているんじゃないかと震えた。爆発音がする度に、また誰かが死んでいって
いるのだと不安になった。放送がなる度に、クラスメイトが確実に減り続けていることを知って悲しくなった。


 幸い、弥生は未だに誰とも遭遇しなかった。勿論、最愛の彼である、友部元道(男子20番)にも。
出発してから、てっきり外で待ってくれていると思った元道は、勿論いるはずがなかった。弥生は彼がこのゲームに
乗っていることを知らなかったし、またこれまでに何人ものクラスメイトに襲い掛かったのかも知らなかった。
だから、弥生は信じ続けた。きっと、元道も自分を探しているはずだと。だから、自分も必死になって元道を探さなけ
ればならないのだと。
その時だ。弥生の眼前20mほど先に、それもこの森の中、ゆっくりとあたりを警戒しながら歩いている人物がいた。
出発してから、初めて見る生徒。しかも男子だ。
弥生は呼び止めようとして、だがその人物が振り替えるや否や急いで茂みの中に隠れた。幸い、音はしなかった
し、相手も気付くということはなかったようだ。茂みの合間からそっと覗き、その人物を見つめる。比較的視力のいい
弥生には、その手に拳銃が握られていることに簡単に気が付いた。



 あいつは……、もしかして……!



勿論、声をかけなくて正解だっただろう。その男子生徒とは、クラスで最も冷静な……いやむしろ冷たすぎる唐津洋
(男子8番)だったのだから。

 危なかった。まさか一番危険だと思っていた人に出くわすなんて。

考えてみれば、この島にはまだ50人あまりの生徒がうろついているのだ。そう易々と、元道に会えるはずがなかっ
た。だがしかし。

 それは、偶然だったのだろうか。

 唐津のいた方向とは全く逆の方向に、その人物はいた。



 ずっと、ずっと探していた彼が。

 モチ君こと友部元道が、いた。



「モチ君!」


反射的に、弥生は動いていた。本能で、それが友部元道だとわかっていた。
やっと出会えた。やっと一緒になれるんだと、弥生は思っていた。



 だから、信じられなかった。

 元道が、こちらを見るや否や、その手に握っていた銃を取り出したので。



 そして。







「どうして……?」











 タァン!













   【残り49人】



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