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 蒔田信次(兵士)といえば、若くしてその恵まれた運動神経を買われ、専守防衛軍に入隊した人物の中でも、特に
目立つ存在だった。

当人はそんなことは微塵にも感じていなかったが、政府側からは期待の新人とされていた。それほどまでに、彼は信
用されていた。任務は最初の1年間は雑務や基礎体力テストなどの本格的なものではなかったものの、2年目から
は明らかに同僚からは仕事が違ってきていた。
それなりの知識がないと受講することも出来ない射撃訓練。現役の特殊部隊からサバイバル術を学ぶ。次第に、彼
自身も自分だけが特別扱いされていることに気付き始めた。そして3年目。

 薄々予感はしていたが、プログラムの補佐を任じられた。

プログラムの補佐。これはかなりの忍耐力を必要とする仕事だ。基本的に年50回行われるうちの大体3〜4回を任
せられることになる。そして、一つのチームとして数人の顔も知らない兵士と一緒に仕事をするのだ。
さらにプログラムの性質上、仕事は24時間常に行わなければならない。兵士は2班に分かれて、交代で勤務をこな
す。その仕事内容とは、死亡した生徒の直前の行動の整理、生存している生徒の会話を常時盗聴して、政府に逆ら
うような不穏な行動をする者を探し出すこと、そしてパソコンで全てのデータを整理し、また次回禁止エリアの設定、
放送機器及び電子回路の整備など、雑務だけでも沢山ある。さらには反抗する生徒の始末や、過去にほぼその例
はないが生徒が本部を襲撃してきた際に戦うということもある。
プログラムのルール説明中に担当教官を守るために生徒を殺す仕事も、また教官の希望ならありうる。

 とにかく、かなり過酷な条件の下で行われる任務だった。

プログラムについて、あまり蒔田はよくわかっていなかった。自分は中学三年間を無事に過ごしたし、また知り合い
がプログラムに選ばれるということもなかった為、その存在は知っていたが、まさに自分とは無縁の存在だった。
たまにニュースかなにかでそのプログラムの存在を再確認することもあったが、実際はもうその対象から外れている
ので、もう他人事としか認識していなかった。だから、初めての仕事の時は、それなりに緊張するとともに、少し期待
をしていたのだ。そう、それがどんなに精神的に辛いものかも知らずに。
初めてプログラム補佐を任せられたとき、自分が所属したチームのリーダーは松原という男の教官だった。どうやら新
人は自分だけらしく、松原も自分にプログラムがどのようであるものか見せたかったのだろう。生徒に支給するデイパ
ックを渡す係として、自分も一緒に生徒が出発する教室に入らされた。
そこにいたのは、前から聞いていたとおり、銀色の首輪をつけて不安そうにこちらに顔を向けている30人の生徒だっ
た。松原は、そんな生徒に向けていきなり拳銃を発砲した。そう、何の予告もなく、突然。
生徒達の悲鳴とともに、一人の男子生徒が倒れていた。額に風穴を開けていて、勿論死んでいた。自分にとって、そ
れが初めての『死』を認識した瞬間だった。後に松原の話によると、その黒縁眼鏡をかけたいかにもひ弱そうな男子
生徒は、最近撲滅したある反政府組織(その存在を知ったのも初めてだ)の一員の息子なのだという。上からの直々
の命令で、出発前に殺害するように言われていたらしい。だが勿論その生徒の死で騒ぎ出して、教室から出て行こう
とした2人の女子生徒が射殺され、そしてその彼氏だったのだろう、松原に掴みかかった男子生徒はその首輪を直
接爆破された。この3人の生徒は殺してもよかったのだろうか。そのことを尋ねても、「仕方ない」と言われただけだ。

 そして、自分は悪夢を見た。

とりあえず何事も経験だと松原が言い、自分にも盗聴の任を任せてくれた。自分が任せられた生徒は、恋人に出会う
までは絶対に死なないと誓い、襲ってくる者、また自分に話しかけてきた者をことごとく殺してきた女子生徒だった。
正直、聴いていられなかった。殺される生徒の慈悲を乞う最期の声。そして、苦痛に蠢く叫び声。何故この女子生徒
は、こうも殺すことに躊躇しないのだろうか。どうして、この少女は笑っているのだろうか。
やがて交代の時間になったが、仮眠を取れといわれても眠ることは出来なかった。恐ろしかった。自分は今安全な本
部にいる。だがこの建物の外は戦場だ。今まで一緒に机を並べ合っていた友が、自分を殺しに来るという最悪の戦
場だ。今こうしている間にも、生徒達は殺し合いをしている。
なにやら胸騒ぎがして、交代の時間になったら即効で先輩と交代をした。そして、やはりというべきなのだろうか。自
分が担当していた女子生徒は、既に死亡していた。話によると、やっとの思いで見つけ出したその恋人に裏切られ
て、殺されたのだという。なんと不憫なのだろうか。
結局その恋人である男子生徒も死亡し、その生徒を殺した人物が優勝者となった。その女子生徒は、本部に戻って
きても、一言も喋らずに、そして無表情だった。よほどショックだったのだろう。両腕が、力なく垂れていた。
これが、初めての『プログラム』で、決して忘れることの出来ない『プログラム』だ。それから幾度となく繰り返された殺
人ゲームはその度に自分を苦した。だが逆に自分はこの事実、生徒が必死に生きようとした真実を受け入れることを
決めた。全ての生徒は無理だが、だが目に留まる程度の生徒なら、話は別だ。こうして、自分はどんどん生徒を覚え
ていった。彼らが一生懸命生きていたという事実を、決して忘れないと誓った。

 そして1年後。

松原は突然の事故で死んだ。交通事故だった。結果、チームは解散となり、兵士達はまた元の任務へと戻っていっ
た。その大部分は、ほっとしていたに違いない。
だが、どんなにこの仕事が辛くても、自分はこの任務を続けたいと思った。必死に生きようとしている生徒を、これから
も覚えていきたい、それだけが、今も尚兵士を続けている意義だ。当然そのような考えは伝えなかったが、政府は自
分の要望を受け入れてくれた。そして、今度は門並という女性教官のチームに入った。
自分よりも年下だった彼女は、最初のプログラムで出発前に3人を殺した。そのうちの一人は、一種プログラムで殺さ
れた妹の敵討ちのようなものだった。ちなみに担当教官になったのも、それが理由らしい。
そしてプログラム中の彼女の気持ちは、1年前の自分と非常によく似ていた。ただ一つ違ったことは、自分はどんな
に精神的に辛くても泣かなかった。だが、彼女は泣いた。それは、彼女の傍に頼れる人物、即ち自分がいたからだ。
この時、自分は初めて恋というものをした。彼女に、惚れた。
もしかすると彼女も自分のことを思っていたのかもしれない。いつの間にか、非番の時にはたまに一緒に外に出掛け
ることもあった。一緒に食事をすることもあった。自分の意見を素直に聞いてくれて、そして彼女も彼女なりの意見を
自分に全て曝け出してくれた。そして、いつしか彼女は、どんなことがあっても誰も殺さない、生徒が生きようとする気
持ちを大切にする教官となっていた。プログラムが間違っているとまでは言わなかったけれども、恐らく内心ではそう
思っているのだろう。正直自分もそのような気持ちはあったものの、所詮政府側は自分達の意見なんか聞いてはくれ
ないだろうし、もしもそんなことをすれば反逆罪として処罰されるだろう。
だったら、自分達に出来ることはただ一つ。生徒達を無事に送り出すことだ。生徒達一人ひとりを、忘れないことだ。
そう、それは彼女が務めた初めてのプログラムの優勝者で、現在は自分と同じく兵士となり、また同じチームにいる
寺井という兵士の考えと全く一緒だった。彼は今、盲腸を煩わしているとかなんかで仕事を休んでいる。

 そして、ゴールイン。

門並増美という女性は、蒔田増美となった。イニシャルがM.Mで少しへんてこな名前になってしまったがまぁ仕方な
い。そして、赤ん坊を授かった。その為増美は産休を取り、代わりに今回のプログラムは道澤 静教官が受け持つこ
ととなった。道澤は増美の先輩にあたり、色々なことを増美に教えていた。自分も初対面だったが、別にお互いのこと
はある程度は知っていたので距離感は感じなかった。

そして、今、自分は必死に任務をこなしている。道澤教官の命令で、必死に作業をしている。



























 今、自分がいる位置はエリアF=3。
 紛れもなく、プログラムの会場だった。







   【残り41人 / 爆破対象者33人】



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