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 それは、つい30分ほど前の話だった。
 生徒の記録の整理をしていた道澤が、唐突に自分に向かって言い出したのだ。



 ちょっと、米原秋奈(女子23番)が潜んでいた拠点を調べてきて欲しい、と。



「え……私が、ですか?」

「そうよ。あの子はもしかすると誰かの協力を受けていたのかもしれないわ。だから、行ってきてちょうだい」


 その話を聞いたときは随分と焦ったものだ。
 会場を兵士が、ましてやプログラムをしている最中に歩き回るなんて行為、聞いた過去がない。


「あの……それは規約違反では?」

そして、プログラム要項に記載されている通り、戦闘中は特定の生徒に対していかなる助力もしてはならない、とあ
る。遭遇して襲われた際に殺害するのは禁止されてはいなかったが、それは今回のように外に出て行くなどというこ
とがなかったからであろう。つまり、外に出るのは想定外、即ち禁止ということではないのだろうか。

「外に出ちゃ駄目なんて規約はないわよ。生徒を助けてはいけないというのはあるけどね」

まぁ、実際にはお偉い方が賭けた生徒を助けるために少々細工することもあるらしいが、恐らくそれは黙認されてい
るのだろう。それだって直接救うわけではないし、別に直接的違反というわけではない。

 だがそれでも……外に出て行くというのには抵抗があった。

「外……ですか。やっぱり行かなくちゃならないんですかね?」

「教育長直々の命令よ。今回の特別ルールを容認する変わりに、黒幕を探し出せって言われちゃってね」

「教育長の……?! そうですか……」

教育長には逆らえない。何故その役目が自分にまわってきたのかはわからないが、どうも逆らうと後々面倒なことに
なりそうだった。ここで職を失うと増美との間に生まれる赤ん坊が可哀相であったし、やはりここはやるとかないと決
意するしかなかった。






 そして必要最低限の荷物と小銃を抱え、米原秋奈がい続けたこのエリアF=3に来たわけだ。
果たして自分は何をするべきなのだろうか。盗聴のことに気付いていたとしか思えないその明らかに不自然な行動
の数々。本部を大破するほどの爆弾を持っていたか(いや、それはまずない。そんな爆弾を、生徒が普段の授業の
時に持って来ている筈がない)、あるいは作り上げたのだ。
確かにそれは相当頭のいい生徒なら可能かもしれない。資料では米原秋奈という生徒はパソコンに精通していて、
大東亜ネットも頻繁に利用していたらしい。そういう場所なら爆弾の作り方なんていう資料もあるのかも知れない。恐
ろしい世の中になったもんだ。

「……ここか」

自然と、声が洩れた。安堵というものだろうか、目の前に建っている木造の建物(というよりも半ば倉庫のようなもの
だ)は、自分に安らぎを与えてくれた。間違いない。ここが、米原秋奈の拠点だ。
本部で確認した際、このエリアには人はいない筈だったが、もしかするとここに来るまでに誰かが近くまで来たかもし
れない。念の為中に誰もいないことを確認するために、倉庫の周りを確認した。
あったのは、男子生徒の死体が一つ。本部でこの死体は確認してきた。米原秋奈の仲間の一人、佐久良浩治(男子
12番)の死体だ。その死体は無残な形になっていたが、これがプログラムの現状なのだと改めて認識した。恐らく現
時点では、少なくとも20体以上の生徒の死体がこの会場に転がっている筈。そう考えるだけで、ぞっとした。
どうやらこの中には誰もいないようだ。人の気配は感じられなかった。安心して中に入ると、5個のデイパックが雑然
と転がっていた。きっと計画を実行する際、邪魔だからとここに置いて行ったのだろう。そして襲撃に会い、取りに戻る
ことも出来なかった、というわけだ。
記憶では、確か仲間の中で一人だけ今もまだ生き残っている筈だ。名前は砂田利子(女子8番)。必死に仲間を集め
ていたらしいが、今ではもう一人ぼっちだ。自分達のせいで他のクラスメイトにも迷惑をかけたことに、果たしてどれだ
けのショックを受けているのだろうか。
爆弾を作っていたのだろうか、倉庫の中にはシャベルやポリタンクなどが乱雑に放置されていた。そして、色々なもの
を収容する棚の上に安置されているパソコン。電源は切れていたが、こんな材木置き場にこのようなものがある筈な
い。むしろ場違いなそれは、おそらく米原秋奈のもの。きっと、この中に何らかのデータが入っているに違いない。
これは本部に持ち帰るべきだと判断し、ケーブルなどが一切接続されていないそのノートパソコンを持ち上げる。ショ
ックを与えたりしてデータが飛んでしまわないよう、細心の注意を払わなければならない。
他の部分も探してみたが、農薬の入った袋やガソリンのような油が隅に置かれているだけで、他に参考になりそうな
ものはなかった為、どうやら本部に持ち帰るのはこのパソコンだけになりそうだった。
手首に取り付けた時計を見ると、作業を開始してから既に30分が経過していた。そろそろ生徒も動き出して戦闘が
始まっている箇所もあるはずだ。本部は人手も足りていないだろうし、急がなければならない。

急いで外に出た。
だが、急いで帰ろうという精神がいけなかった。蒔田は、すっかり周りに注意を払うという行為を忘れていた。


「……あんた、誰だ?」


その声を聴き、一気に背筋が凍りついた。
振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。その首に巻きついているのは、銀色の首輪。




 まぎれもない、プログラムに参加している生徒だった。







   【残り41人 / 爆破対象者33人】



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