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 秋吉快斗(男子1番)は、エリアF=3をさ迷い歩いていた。

出発時から先程までずっと行動を共にしていた大切な彼女である湾条恵美(女子34番)を探し続けて1時間半以上
が経過する。放送では彼女の名前は呼ばれなかったが、その直後に近くで連続で発生した銃声は、どうしても恵美
を巻き込んでいるような気がしてならなかった。
もし仮に恵美がその銃声に感付いたとしたら、またそれも面倒だ。恵美は自分を探しているだろうが、だが自分自身
の身も守ろうとして、この辺りから離れようとするだろう。恵美は情報端末機を持っているから自分の安否を把握する
ことが出来る。だが、自分は何も知ることが出来ない。それが、もどかしかった。
それだけではない。自分は、今は武器を何も持っていない。支給された暗視スコープは夜の闇が日の出によって掻
き消されてしまった今役に立つとは思えないし、だが民家で手に入れた包丁は恵美に護身用に持たせたままだった
ので、自分は何ももっていないことになる。まずは生き残る為に、武器が必要だった。


 そう、自分は生き残らなければならない。いつか恵美に会う、その時まで。


福本五月(女子19番)が身をもって教えてくれたように、この島にはまだ40人以上の生徒が潜んでいる。勿論、そ
の中には友部元道(男子20番)のようにやる気になっている者もいる筈だ。さらに、特別ルールの存在がある。次の
放送までに、まだ誰も殺していない生徒は必ず誰かを殺害すること、などという、まったくもってふざけたルールだ。要
するに、早くゲームの展開を進めたいというだけの、理不尽なイベント。これによって、いやでも隠れている生徒は出
てこなくてはならないということになり、そして殺し合いをする生徒も増え始めるのだ。
当然恵美も狙われるであろうし、また恵美は爆破対象者だ。この6時間の間に恵美を見つけ出さないと、大変なこと
になってしまう。恵美が死ぬことだけは、避けなくてはならなかった。
そう、この6時間で恵美を探し出して、自分を犠牲にする。そうすれば、恵美は少なくとも生き延びることが出来るの
だ。出来ればそんなこと、したくはなかったけれども。

 まずは武器だ。

F=3の南側に位置する建物を現すマークが、地図には描かれていた。そこに行けば、何かしら武器になるものがあ
るかもしれない。そう思って、辺りを警戒しながら、じっと確実にその建物へと向かっていく。
その時だ。目の前に、木造の、だがとても人の住む建物とはいえない、むしろ倉庫のようなそれは姿を現した。

「あれか……」

まさかあんなボロの小屋に誰かが潜んでいるはずがない。民家なら誰かが隠れていても不思議ではないが、こんな
辺鄙な場所にいるとは考えられなかった。大体、隠れている者は爆破対象者なのだから外に出ざるを得ない筈なの
だ。

 そう思って、安心して歩を進めたときだ。


 突然、その建物から、人が出てきた。

そして、自分の目を疑った。その人物は、クラスメイトではなかった。そして服装、それは専守防衛軍が着ているもの
と同じで、また出発地点の中学校で見せられたものだった。

 となると……こいつは、もしかして。



「……あんた、誰だ?」



思い切って、尋ねてみた。途端その男性は肩をびくっ、と震わせて、恐る恐るこちらの方を向いていた。とても人を殺
す職業をしている人物には見えない、綺麗な目をしている青年だった。よく見るとその手には、何か機械のような物
が大事そうに抱えられている。
だが同時に肩から小銃を吊り下げているのも発見し、下手に刺激してはならないと判断した。
まずは、質問に答えてもらわなくては。

「あんた、本部にいる兵士だろ? こんな所で、一体何してるんだ?」

続けて問いかけると、その青年は無言で首を促した。その先には、自分の目的地でもある倉庫。

「ここで話すのは不味い。中に行くぞ」

そう言うや否やすぐに倉庫の中に入ってしまったので、とりあえず自分も後に続くことにした。もしかすると殺されてし
まうかもしれなかったが、今の口調から考えて殺すとは考えられない。それに、人目を避けるために建物の中に入る
のに、銃を乱射したらさらにその近辺に人を集める結果となってしまうだろう。
中に入ると、青年はどうやらその機械を身長に棚の上に置き、床に座っていた。指で座れと合図していたが、立った
まま壁に寄りかかった。

「さてと……、お前はプログラムに参加している生徒だな? 名前は何だ?」

「……こっちが先に質問したんだけど」

「それは後だ。先に確認したいことがある、名前を教えてくれ」

逆らうと何をされるかわからなかったので、とりあえず従うことにした。
まぁ、よほどのことをしない限り、殺されないということだけはわかったが。

「秋吉……快斗だ。男子の1番だから、知ってるよね」

「ああ、男子1番の秋吉な。結構珍しい苗字だから覚えてる。えーと、確か女子生徒と2人で行動していたな。名前は
と……」

「恵美。女子のラス番の、湾条恵美だ」

「ああ、そうそう。湾条ね。じゃあ……大丈夫だな」

「……何がだ?」

一体、この青年は何を言っているのだろうか。大丈夫だとか大丈夫じゃないとか、よくわからなかった。
すると、両手を広げて手をヒラヒラと振ると、その小銃を肩から外して右手の脇に安置した。

「秋吉。お前が下手な真似をしない限り、私はお前を殺さない。いいね?」

「……いいも何も、了承しなきゃ駄目なんだろ?」

「おお、よくわかっているじゃないか。じゃあ、早速聞くけど、お前は女子の米原秋奈について何か知っているか?」

米原秋奈(女子23番)の単語を聞いて、いっそうわけがわからなくなった。米原に関しての知識は、パソコンオタクで
あることくらいしかない。そういえば、まだ放送で名前は呼ばれていない筈だ。

「米原が、どうかしたのか?」

「いや……知らないならいいんだ。プログラム中に会ったこともないんだよな?」

「ああ、そうだけど、それがなにか?」

「何でもない、ありがとう。言い遅れたけど、私の名前は蒔田。ちょっとその生徒の行動が気になっていて、会場に出
てきて探索をしていた。勿論これは極秘の出来事だから、出来ることなら言わないで欲しい」

なるほど、そういうことか。
なんとなく察しは付いた。その蒔田という青年の目を見れば、わかった。


 つまり、米原秋奈が今回の特別ルールに関係していること。それだけだ。


「わかった、言わないようにするよ。その代償ってわけじゃないけど、一つだけ教えてくれないか?」

「なんだ? わかる範囲で言ってもいいものなら協力するが」

なら、徹底的に利用するまでだ。
ちょっと勇気が必要だったが、その質問は簡単に繰り出せた。多分、蒔田という青年の人柄のおかげなのかもしれな
い。

「その……湾条恵美は、生きているのか?」

「湾条? あぁ、私が出発するときは生きていた筈だよ」

「そうか……で、爆破対象者なのか?」

「いや、対象外だ。てかね、対象外の生徒は10人もいなかったと思うぞ」

それは、嬉しい情報であると共に、悲しい情報でもあった。
恵美も、誰かを手にかけてしまったということが、悲しかった。

「……わかった、ありがとう。じゃあ、俺はもう行くよ」

「そうか、じゃあ私も本部に戻るとするか。ここで間誤付いていたら、今度は秋吉のように穏やかな生徒とは無縁な奴
と出くわす可能性もあるしな」

先に出ようとしていた蒔田を、快斗は慌てて引き止めた。
そして、最後にもう一つ、と付け加えて、尋ねた。

「あのさ」

「ん?」

「この仕事……好きでやってるのか?」

だが、蒔田は淡い笑みを返しただけで、その質問には答えなかった。
呆然と立っていると、やがてその機械を抱えたまま外に飛び出して行き、そして二度と帰ってくることはなかった。


 一人取り残されたこの空間の中で、快斗は、黙って立つことしか出来なかった。







   【残り41人 / 爆破対象者33人】



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