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 はっとして、顔を上げた。いけない、寝ていたみたいだ。
 顔をパンパンと2回叩く。ヒリヒリする痛みと共に、寝惚けていた感覚が瞬時に現実へと引き戻される。


 遠藤保美(女子3番)は、地図でいうG=8、山の麓沿いの、やや木々が薄れている場所にいた。どうも木に寄りか
かったまま寝てしまったようで、体の節々が痛みを放っていた。片手で、軽く揉み解す。
ふと隣を見てみると、また同じように木に寄りかかっていて寝ている与木 悟(男子34番)がいた。口がぽかんと開
いているその姿は滑稽で、今がプログラムであるということを一瞬だけ忘れさせてくれた。
そう、一瞬だけ。
次の瞬間には、再び恐怖感が保美を支配していたが、逆に安堵の気持ちもあった。
常に警戒線を張らなくてはならないというのになんということだろう。2人とものんのんと寝てしまっていたのだ。よくも
まぁ、その間に襲われなかったなと、少しだけほっとした。
彼を起こした方がいいだろうかと思ったが、すぐに却下した。彼だって疲れているのだ。私が寝ていても、きっと寝な
いで見張りをしようと思っていたのだ。それでも寝てしまうほど、彼は疲れきっている。今は、そっと寝かしておいた方
がいいだろう。
寝ていても、彼は肩からそのマシンガンを吊り下げていた。正式名称はわからないが、でもそれはこのプログラムの
中でも最強の部類に属するであろう武器のはずだ。そう、きっと、簡単にクラスメイトの命を奪えてしまうくらい。

一体、私はこれからどうするべきなのか。
彼に突然の告白を受けてから、私は言われるがままに、一緒に行動することとなった。彼が必死に私を探していてく
れたのだということは、目に見えてわかった。何故なら、普段から彼は面倒なことが大嫌いで、勉強も疎かにしていた
し、体育だって、運動神経はいいはずなのにいつも適当なところで済ませているのだ。バンダナをして、赤いポロシャ
ツを着ているように、外見も中身もチャラチャラした男だとして、私はあまり話をしたことはなかった。
それがどうだ。彼はそんな私を、決して可愛いとは言えないような私を思ってくれていた。遭遇した時だって、必死に
私のことを追ってくれた。それ以前にも随分と行動したのだろう。かなり汗だくになっているのがわかったし、それでも
自分は大丈夫だから休んでていいよ、と遠慮してくれた。遠くで銃声や爆発音がしたときなんかも、常に私を庇うよう
に辺りを見渡してくれたし、ネガティブな私を励ましてくれたりもした。
そう、彼がいたから、私はここまで生きることが出来たのだ。
でも、私には好きな人がいる。だけど沖田大介(男子5番)は、私に向かって、誰も信じるなと言った。誰も信じてはい
けない、信じたら、いつかきっと寝首を掻かれるのだと。
今私がしているこの行動は、そんな大介の意思に反するものだ。きっと、こんなところを見られたら、大介には嫌われ
てしまう。だけど、与木君のこの思いを、踏みにじるわけにも行かなかった。
交錯する矛盾に、私は悩んだ。一体、どうすればいいのか。私は、どう在るべきなのか。

6時間ルール。時計を見ると、短針は8と9の間にあった。私達に残された時間は、あと3時間30分。
誰かを殺さない限り、私は確実に死ぬ。だけど、私はそこまでして生きる自信がなかったし、またそうまでして生き延
びたとしても、どうせ優勝できないのだから意味は無いのだと考えていた。
きっと、与木君は私を生かすために、自分を殺せといってくるだろう。だけど、私はそうはさせない。逆に、与木君に私
を殺させるのだ。そうすれば、与木君は生き延びることが出来る。私が生き延びる必要なんかないのだ。与木君さえ
生き延びてくれれば、いいのだ。それが、せめてもの私の恩返し。
どうすれば、彼は私を殺してくれるだろうか。そこまで考えたところで、私は気が付いた。
いつの間にか、私の心の中は、彼が占めているのだと。大介は好きだ。だけど、彼も、好きになった。ああ、これが二
股って奴なのか。昔はそんなの信じられないと思っていたけれど、でも案外簡単になってしまうものだなと、今はそう
思えた。
彼の寝顔を見て、私は溜息をついた。
純粋な顔だ。卑しい気持ちなんて、きっと持ち合わせてなんかいないのだろう。少しだけ、羨ましかった。
思えば随分と私はネガティブに生きてきたものだ。もっと、彼のように楽しく生きていれば、そうすれば、このような状
況に巻き込まれても、あるいは。

私はそっと、彼の吊り下げているマシンガンを目指してにじり寄った。
近付いても、彼は目覚めることが無い。深い深い眠りについているようだった。スースーと、寝息が聞こえる。
と、突然。私がマシンガンに触れた瞬間だ。ばっと、彼が目を見開いた。そして、私を両手で弾き飛ばし、そして押し
倒した。そのままマシンガンの銃口を私に押し当てたところで……彼は再び目を見開いた。

「え、遠藤……」

「あ……あの、与木君」

突然のことで私も対処できず、多分同じように目を見開いていたのだろう。
彼も、ばっと体を起こして、そのまま後ろ向きにしりもちをついていた。

「す、すまない……俺、てっきり」

「ううん、いいの。私が、むやみに与木君に近付いたのがいけないんだから。ごめんね」

「あ、いや。悪かった。俺……お前を殺そうとした」

そこで、初めて私は気付いた。
今はガクガクと震えている彼だが、潜在意識の中で、彼は好戦的なのだ。私という歯止めが無かったら、もしかしたら
やる気になっていたのかもしれない。今でも、マシンガンは肩から吊り下がっていた。

「すまない、本当にすまなかった」

そのまま土下座を始める彼に、私は慌てて抱きついた。そこまでして、私を困らせて欲しくなかった。
彼が、ふと、抱きついている私をそっと体から引き剥がした。その視線は、私のはるか後ろに向いていた。はっとなっ
て、私も振り向く。そこには、男子がいた。

「沖田……」

「沖田君……!」


 そこには、鉄棒を握って立っている、沖田大介が、いた。
 その冷めたような視線の先には、私が、いた。




   【残り34人 / 爆破対象者24人】



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