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 G=5、矢代小学校保健室にて。
 残り時間はあと2時間。太陽が昇れば昇るほど、死もまた近付いてゆく。


 情報端末機に表示された新たなる名。それは間違いなくクラスメイトのものであったし、同時にその生徒が散ってし
まったことをも意味していた。
ここに到着してからもうそろそろで2時間になるが、その間に同様に散った生徒は8人あまり。こうしてここに留まって
いるうちにも、また罪のない生徒が戦闘に巻き込まれ、そして散ってしまうのだろうか。

 駄目だ、もう我慢できない。

湾条恵美(女子34番)は、奥歯をぎっと噛み締めた。
それは、今の自分達には何も出来ないという悔しさから。そして、侘しさから。

「小夜子」

ジェリコ941を構えたまま転寝をしている小夜子の肩を軽くゆする。思えば、間熊小夜子(女子25番)という生徒はよ
く授業中にも居眠りをしていて、注意されていたという記憶があった。しかし、それもまた儚い思い出。あの時の、今
にしてみれば平和なあの日々は、もう多分、二度と訪れることはないのだろう。
このプログラムで小夜子に出会って、そして初めて彼女のことを『小夜子』と呼び捨てにしたのも、このプログラムのお
陰なのかもしれない。プログラムがなければ恐らくこのまま時は経過し、そして卒業して、二度と小夜子と話し合う機
会なんかなかったのかもしれない。でもまぁ……そっちの方がやっぱマシだよね。

 小夜子はうっすらと目を開けると、寝惚け眼で「今何時?」と呟いた。
手首につけてある腕時計を窓の外の太陽にかざす。短針は10の文字盤をさしていた。

「あと、2時間でタイムリミットだよ」

そう言うと、同じくベッドで安静にしていた砂田利子(女子8番)が激しい音を立てて起き上がった。
ああ、そういえばもう起きていたんだっけ。不味いことを言ってしまったかもしれない。

「そう……2時間、か」

小夜子はそう自分に言い聞かせるように呟いた。
勿論既に殺人を犯してしまった小夜子も私も、タイムリミットなんかは関係ない。だけど、もう一人の仲間、利子は誰
もまだ(というのも嫌な感じだが)手にかけてはいない。当然このままこの場所で何もしないでいたら確実に利子は2
時間後には死んでしまうし、またそれでプログラムが終わるというわけでもないのだ。
結局、最後の一人になるまでこの殺し合いは続くという点に、かわりなんかない。

「ねぇ、小夜子。相談があるんだけど」

だから、このままでいるよりは。どうにかして。
行動、しないと。

「なに?」

「あのさ……ここから動かない?」

それは、快斗を探す為。自分達がここでぬくぬくしている間に、手遅れになってしまわないために。
快斗は強い。快斗は死なない。そんなことは全くないのだ。現に快斗は武器を持っていない。マシンガン相手に敵う
はずもない。快斗は強いけど、弱いのだ。
先程小夜子が殺害した関本 茂(男子15番)から聞き出したあの情報。快斗に襲われたということは、恐らく真実な
のだろう。あの状況で嘘をつくメリットなんか何処にもないし、逆にそれを疑うような根拠もない。利子を助けようとした
私と同じように快斗も誰かを助けようとしたのなら、別におかしくなんかない話だ。

「だけど……ここにいた方が安全じゃない?」

「いや、私……快斗を探したいの」

「その足で? 無理でしょ」

「だけど、後悔したくないんだ。現にまた、小夜子が寝ている間に6人が死んでる」

情報端末機を小夜子の前に突き出す。そこに表示された死亡欄には、新たに名倉 大(男子24番)、根岸久美子
(女子15番)、堀 達也(男子29番)、原 尚貴(男子27番)、星野香織(女子22番)、そして新倉友美(女子14
番)の名前が記されていた。
小夜子の顔が、強張る。

「時間は、ないの。利子だって……」

そこまで口にして、しまったと思った。はっと気が付いて振り向くと、そこには利子が、真っ青な顔をして立っていた。
慌てて弁明しようと言葉を探したが、そう簡単に見つかるものでもない。

「利子」

「いいの、恵美。構わない。あたしに生き残る資格なんてないの」

「いや、そんな意味で言ったんじゃないの……!」

すると、利子は右手を上げて制した。

「うん。わかってる。あたしも、死ぬ前に、会いたい人がいるの。だから、あたしも、行く」

 意外な展開になった。私だけでなく、利子もまた人探しをしていたという事実に、驚いた。
 だけど、それなら話は早い。時間が惜しい。早速、出発しなくては。

「……駄目かな?」

「あんたもそういうんだったら……仕方ないね。付いていかないわけにはいかないでしょ」

やれやれといった口調で、小夜子は承諾してくれた。そして、ジェリコをスカートに差し込むと、既に出掛ける支度が
出来ていたのだうろか、デイパックを担ぎ上げると、いくよ、と私に手を差し伸べてくれた。

「え? えっと……」

「だって、右足首、捻挫してるんでしょ? 補助が必要じゃない」

「だけど……いいの?」

「構わないよ。そっちの方が早いし。そこまで人間腐ってないし。あ、勿論この部屋においてあった松葉杖、持ってい
ってもらうつもりだけどね」

「あ、なんだ。やっぱりね」

「何がやっぱりよ。ほら、行くよ。あんたも」

デイパックを担ぎ上げると、渡された松葉杖を慎重に握る。骨折なんかしたこともなかったし、勿論松葉杖だって使っ
たことはない。だけど、今のこの状況下、使わないわけにはいかなかった。
利子も自分のデイパックを担ぎ上げると、元気よくベッドから飛び降りた。すっかり様態は落ち着いたらしい。

「あんた言うなぁ! あたしには利子って名前があんだからね!」

そこには、先程までとは違い、すっかりいつも通りの平静を『装った』利子が、いた。
小夜子は軽く微笑むと、「行くよ!」と号令をかけて、部屋を飛び出した。


 残り時間はあと2時間。
 女子3人。行動、開始。



   【残り25人 / 爆破対象者14人】



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