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 G=7、丘を越えた先。
 激しいその銃声を聴きながらも、大して緊張せずに歩く男。


 粕谷 司(男子7番)は、何度も連続して鳴り響いたそのマシンガンの銃声を聴きながら、元気なものだなとつくづく
思った。思えば、銃器類は手軽に人を殺せるが、如何せん無駄に音がでかすぎる。サイレンサーでも付いていようも
のならもっと楽に行動できたのだろうが、生憎手元にはない。そう考えると、やはり辻 正美(女子11番)のように音
の出ない刀か何かでバッバッサとキルスコアを伸ばしていった方が良いのかもしれない。まぁ、自分にはそんな芸当
持ち合わせていないのだが。
司はソーコム・ピストルを構えると、息を潜めながらも確実に歩を進めた。今ここで動かないでいるよりも、少しでも動
いていた方が、敵との遭遇率は高くなると踏んだからだ。

「それにしても……マシンガンか」

それは、先程から気になっていたことだ。これまでも何度か銃声は島内に響き渡っていたが、連続するマシンガンら
しき銃声は、あまり印象には残っていない。となると、考えられるのは2通り。もともと支給されていた者が、この特別
ルールに則って殺戮を開始し始めたか、あるいは誰か別のやる気になっている奴が、マシンガンを誰かから奪って殺
戮に用いているかだ。
そこまで考えて、ふと唐津洋介(男子8番)の顔が浮かんだ。もしかすると、あいつかもしれない。
それは不味い。まだ自分は放送があってから一人も殺害できていない。唐津がもしマシンガンを手に入れたとしたな
らば、そこでますます差は広がるいっぽうだ。さて、一体どうすればいいだろうか。

 ふと視界に動くものが目に入った。
はっと気が付くと、反射的にソーコムをその動くものへと向けていた。どうやらすっかりこの状況に体が慣れてしまった
らしい。よく見ると、それはクラスメイトだった。まだ少し遠くにいるけれども、あの身なりは女子だ。一瞬辻を想像して
しまったが、辻はあそこまででかくはない。

「あ……粕谷君」

その人物、脇坂真由美(女子33番)はこちらに気付いたのか、一気にその丘の斜面を駆け下りてきた。
その瞬間引き金を引けば彼女を殺せたかもしれないが、どうも慌てているようなので、直感で今は殺さないことにした
が、それが果たしてどう出るか。
脇坂は自分が銃を握っていることに気が付いたのか、やや躊躇していたが、やがて頷くと、いきなり「走ろう」と言い
出すなり再び走り出してしまった。ああもう、一体何なんだ。

「待てよ、脇坂。一体何があったんだよ?」

走りながら、前を行く脇坂に話しかける。まぁ、恐らくあのマシンガンをぶっ放した奴に追いかけられているか何かな
のだろうが、それだとこちらまで巻き込まれかねない。
脇坂自身もそれは踏まえているのだろう。迷わずに森の中へ入り込むと、早速木陰に隠れて、身を伏せた。自分も
やや遅れて、その木陰へと潜り込む。一瞬だけ後方を確認したが、誰かが追ってくるような気配はなかった。
脇坂はどれだけ走っていたのだろうか。ふぅふぅと息を整えると、デイパックからペットボトルを取り出して、豪快に水
分を補給していた。

「おい、脇坂」

「粕谷君……助けて」

唐突に言われたそれは、なんともおかしな話だった。


 助けて? この僕に助けてだって? この殺る気マンマンの僕に?


笑いを堪えつつ、事情を聞くために探りを入れる。

「一体、何があったの? さっきの銃声が、関係してるのかい?」

「うん……そう。それで、私達が襲われたの。それで……」

そういうと、脇坂は黙ってしまった。そういえば無口だったな、コイツ。それだけでは何もわからないし、本当にそのマ
シンガンで襲ってきた生徒が近くにいるのなら、何とかしなくてはならない。

「なぁ、『私達』って言ったよね。誰か一緒だったのかい?」

とりあえず、疑問点を一つずつ解決していかなくてはならない。まずは、ここから、と。

「……4人だったの。私と、委員長と、雫と、久美。だけど、みんな……」

「殺られたんだ」

コクンと、顔に似合わず可愛い仕草を見せた。そしてまた、だんまりになる。

「誰が襲ってきたのか、わかる?」

その質問には、首を横に振るだけだった。「男かな?」と聞くと、それには頷いた。
なるほど、とりあえず、その点についてはあまりわからないわけか。まぁ、唐津と眼を合わせたら、その瞬間には死が
訪れるようなもんだからな。

「武器は、何? 銃?」

すると、脇坂は地面に放っていた大型拳銃を持ち上げた。なるほど、とりあえずはあたりだったというわけか。
ついでに、もう一つだけ聞くことにする。

「なぁ……なんで、僕を頼ったんだい?」

はっとして、脇坂は顔を上げた。
そして、ゆっくりと言葉を吐き出していく。

「だって……粕谷君なら、いつも優しいし、小さいけど頼れるし、それに……人気だから」

なるほど。そういえば、クラスではそれなりに友好関係は広かった気がする。その点では唯一唐津に誇れるところか
な。だけど、まぁ、その……なんだ。
そっと、ソーコムを脇坂の顔に向ける。はっと、脇坂の顔が強張った。

「粕谷君……?」

「あのね、脇坂。ここは『いつも』じゃないんだ」


 僕を信用してくれたのは嬉しい。
 だけど、僕を信用した君がバカだったんだ。


「僕は唐津に勝つ。だから、君には犠牲になってもらうよ」

「え、だって……どうして?!」


 ありがとう、脇坂。
 君には、色々な意味で感謝してるよ。


「じゃ、僕も近いうちにそっちに行くから。またね」



 一発の銃声が、木霊する。
 そして、一片の花びらも、また散る。




 背後に、男が立っていた。
 司は振り返らずに、そのマシンガンを吊っている男に、声を掛ける。


「やぁ、唐津。久しぶりだね」




  女子33番  脇坂 真由美  死亡



   【残り21人 / 爆破対象者10人】



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