121


 H=5、森の出口。
 木々が途切れて、その先にはなだらかな丘陵が続いている。そこからさらに先へ進めば、灯台だ。

 そして、間もなく、運命の時は来る。

 間もなく。



 冗談じゃない。
 どうして……どうして誰も見当たらないのよ?!

「あーもぅ……んああっっ!!」

 何度も何度も手首につけた時計に目を通す。時は正確に刻み続けられていて、そして着実に長針は12の方向へと
突き進んでいた。現在は、6の文字盤を指し示している。
残り、たったの30分だ。30分が経過した途端、自身の首に巻きついている首輪は爆発し、そこで人生激しくジ・エン
ド。いとも呆気なくゲームオーバーだ。

「もぉぉ……あぁ! ぁぁああっっ!!」

イライラが募るとともに、憤りのない怒りが、ただ単に我侭な子供のように言葉を発していた。
そうしている間にも、秒針は刻々と動き続けて、長針は正確にタイムリミットへと近付いていく。

 牧野涼子(女子24番)は、今や唯一のソフトボール部の生き残りとなってしまっていた。勿論数々の生徒が涼子の
姿を度々目撃しているのだが、運動部に所属しているにも拘らず致命的に鈍感な彼女には、そういうことがあったと
いうことさえ気が付いていない。結果、一度もスタメンに適用されることはなかったし、負け試合が決定しているときに
なんか代打で出場させられる。それだけだった。
だがそれでも一応出番があるのだからかまわない、と涼子は何も努力はしなかった。努力も何もしなかったのだか
ら、たとえ技術は徐々に上昇しても、その持ち前の優柔不断さとトロさは治らなかった。
それでも涼子は気が付かなかった。これが普通なのだと思っていたし、別にこれでも構わないとも思っていた。結果、
現時点でも彼女は特別ルール施行後からまだ誰とも遭遇することはなく、そして誰も殺していないという状況のまま
だった。
支給された武器は大型の大胆な両刃ナイフだ。ロールプレイングゲームなんかでもよく登場するような(涼子は成績
もあまりよくなかったが、ゲームは大好きだった。ただし、格闘ゲームやアクションゲームなど、反射神経を要するもの
はてんで駄目だったので、結局今の形に落ち着いたのである)武器で、攻撃力はだいたい+15くらいの代物だろう
か。銃器類に比べたらそれはそれは弱いものだけれども、少なくとも、他の刃物類に比べたら幾分マシなものだ、と
涼子は思っていた。本当に大事なものは自身の刀裁きや立ち振る舞いなのだが、どうやら涼子はそこまで頭が回ら
ないようだった。

 あーもー、いったいどこにいるのぉー?
 マジかったるいしさぁ、ちゃっちゃか決めちゃいたいんだけど!

特に家を探すということもせず、また特に茂みの中を探索することもせず、ただただ禁止エリアに引っ掛からないよう
に、適当に同じところを行ったり来たりしているだけなのに、どうして涼子が誰にも教われることなく今まで生き延びれ
たのかというと、もうそれは抜群に運がよかったとしか言いようがないであろう。もしも涼子に運がなかったのなら、最
初の放送で呼ばれてしまうか、あるいはその次辺りの放送で名前を告げられるかのどっちかである。
運も実力のうちというが、他の死んでいった生徒から言わせてみれば、なんとも不公平な話ではある。

「…………!」

 その時だ。涼子は、感付いた。
なんとなく、そこに誰かがいるような『予感』がしたのだ。今自分が立っている場所から大股で10歩。その茂みを隔て
た先で、何かが動いたような『雰囲気』があった。

 あれ? もしかして……誰かさん?
 ひょっとしてひょっとすると、殺しちゃっても構わない?

流石にその重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、涼子は今までとは違い、やっと忍び足で歩き始めた。とはいえ、それ
はあくまで涼子自身の考えでだ。実際は草を踏んだり枝を踏んだりしていて、ちょっと耳を済ませばあっという間にそ
の位置がばれてしまうような、そんな感じであった。

 えーっと……あ、いたいたいたいた。
 女の子だねぇーっと……あれは、長谷さん?

茂みを大胆に乗り越えると、そこには確かに女子がいた。あの特徴的な、両脇で髪を縛っている女子は、このクラス
では1人しかいない。不良の、長谷美奈子(女子18番)だ。
長谷は、何をするわけでもなく、じっとそこに直立していた。こちらに気がついているようには思えない。油断でもして
いるのだろうか。

 長谷さんかぁー……やだなぁ、関わりたくないなぁ。
 でもまー、背に腹はなんとやら。殺るしか、ないんだよねー?

涼子は両刃ナイフをぐっと両手で構えた。
そしてどうせならもっと近付いてからやればいいのに、その場からいきなり突進し始めた。

「やぁぁぁぁああっっっ!!」

そして、掛け声。それはもう、相手に警戒してくれといわんばかりのものだ。本当に愚かで、愚の骨頂だった。しか
し、それでも長谷は動かなかった。
さて、ここまでしても反応をしない長谷に、なんにも感じない涼子は体をとめようともせずに、一気に長谷に体当たりを
食らわせようとした。そして、あと少しでぶつかる、そう思った矢先のことだった。

 突然長谷は振り向くと、体を捻らすように、優雅に舞った。そして後方から涼子の手を鷲掴みにすると、握っている
両刃ナイフをもぎ取り、その両手を背中に回して背中を蹴り上げた。
突然のその衝撃に、涼子はどうすることも出来ず、完全に油断していた涼子は、まんまと首筋に両刃ナイフの刃先を
突きつけられた。

「ひっ……!!」

長谷は気が付かなかったのではなく、あえて気付かない振りをしていたのだ。その涼子の動きから、彼女の武器が
銃器類ではないことを知り、わざと自分の存在に気付かせたのだ。そしてまんまと襲わせて、武器を奪い、そして殺
す。その見事な作戦に、本当に見事に涼子はかかってしまったのだった。
だが実際、長谷にとって、こんな、涼子みたいな小物などどうでもよかったのであった。

 彼女にとっての本当の獲物は。

「た……助け……」

「呼びなさいよ、助けを。さぁ!!」

その長谷の鋭い声に、本当の恐怖を味わった涼子は、為す術もなく悲鳴をあげた。
その甲高い悲鳴は、すぐ傍を通過していた一行の足を、止めることとなる。その一行に、涼子はまたしても長谷の思
惑通り、都合よく気がついてくれたのだった。
全ては、計算どおりだったのだ。

「たた……助けて!! そこの、助けてぇぇっっ!!」

助けてもらおうとしている人物の名前さえもわからないという涼子は愚かであったが、長谷はとっくにその人物が誰だ
かはわかっていた。わかっていて、そしてその人物を殺そうとして、わざと涼子に襲わせたのだから。
そう、生き残る為ならどんな卑怯な手でも使う。それが、長谷美奈子だった。


 その人物、間熊小夜子(女子25番)と砂田利子(女子8番)、そして湾条恵美(女子34番)。
 彼女らもまた、呆気なく長谷の狂劇に、参加する羽目となってしまったのだった。




   【残り15人 / 爆破対象者3人】



 Prev / Next / Top