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 間熊小夜子は、ジェリコの存在を気付かれないように、そっと悲鳴の聞こえてきた方へと歩み寄った。
 明らかに自分達に向けて助けを求めた彼女は、長谷によって今にも殺されようとしていた。

「牧野か」

 両刃ナイフを首に突きつけられて、涙を流している女子生徒。空気の読めない女、牧野涼子。よくもまぁ今まで死な
ずに生き延びることが出来たものだ。自分より2つ前に出発した彼女は、とてもじゃないがこの状況に対して緊張して
いるようには見受けられなかったけれども。
その主謀者というか、まるで立てこもり犯が人質を盾にしているかのように、長谷美奈子は牧野涼子の背後に立って
いた。少しでも近付くとこいつを撃つぞ! そんな台詞が頭の中を過ぎる。なんのテレビ番組だったか。

「まーくまさ〜ん」

長谷は、厭らしい笑みを浮かべて、ゆっくりとこちらの神経を逆なでするように喋った。
慌てるな、挑発に乗ってはいけない。そう、自分自身に言い聞かせる。

「何それ? 牧野なんか人質みたくしちゃって。で、どうして欲しいの?」

強がりだ。本当は、凄く、恐ろしいんだ。
いつだって自分は人の上に立とうとして、努力した。もともとある才能ばかりはどうしようもなかったけれど、それでも
自分が相手よりも上の位にいるかのように見せ付けることは出来る。そのためには、決して相手に見くびられないこ
とが大切なのだ。
人間の潜在意識の中では、初対面の相手に対してはその価値判断がほとんど初見で決まるという。だから自分は
いつでも初めての相手に対しては高圧的な態度をとった。それが原因なのかもしれないが、あまり友達は出来ない
ほうだった。でも、それでも見くびられるよりはマシだった。
今だって、本当は目の前で人殺しの瞬間など見たくはない。正直、関本を殺した時だって膝が震えて倒れそうになる
くらい、ショックを受けたのだ。だけど決してそれは表にも出さなかったし、恵美だって気付かなかっただろう。
また、目の前の人質を助ける為に殺し合いをしなければならないのだと思うと、正直気が滅入った。

「強がっちゃって。ほーら牧野さーん? 間熊さんはあんたのこと、どーだっていいんだとさ」

長谷があざけ笑うかのようにそう言うと、ひーひー涙を流して泣いていた牧野がいっそうその声を強めた。何か喋ろう
としているのだが、流石に命の危険を冒してまで喋ろうとは思わないらしかった。ナイフの切っ先が僅かに首の皮一
枚を傷つけていて、流れ出る血はここからでも確認できる。

「……てことは間熊さん。確認するけど、ここであたしが牧野さんを殺しちゃっても、何も感じないんだよねぇ?」

確認するかのように、長谷はそう言ってきた。
イエスか、ノーか。答えは2つしか用意されていない。ふざけやがって。奥歯を、強くかみ締めた。

「あのね。あんたを殺して牧野さんを助けるっていう手もあるんだよ」

黙っていると、さらに長谷は選択肢を増やした。それも、絶対に選ぶことの出来ない、事実プレッシャーを与えるだけ
の解答が。どうしろってんだ。

「牧野を放しなさい。ここで殺さなくたって、その辺で死ぬんだから」

結局、こんな答えしか言えない。返事は大方決まっているというのに。

「そんな、ねぇ? 殺しても殺さなくてもいいならさ、今ここで確実に人数減らしておいた方が利口だと思わない? も
しさ、あたしがこいつを解放したら、こいつはきっとあたしに対して襲い掛かってくるよぉ? だったらさ、そんな馬鹿な
ことはしない。今ここで殺すよ」

ほら来た。そう来たよ。
つまり、牧野はただの人形なんだ。長谷にとってはただの利用できる道具に過ぎない。
長谷の本当の狙いは自分。だから待ち伏せしていたのだし、おそらく牧野もこの状況を作り出す為だけに利用されて
しまったのだろう。となると、まんまと利子や恵美を逃がしたのは、戦力にならないと思われたからか。その点で自分
が評価されていることに、少しだけ複雑な気持ちがあった。

「牧野ごと、あんたを撃つ。そういう考えは浮かばなかった?」

まだ、長谷は自分が銃を持っていることには気が付いていないはずだ。流石に黒い拳銃をスカートに差し込んでいた
のだから、遠目ではそう易々とは見えないだろう。それに、十中八九長谷自身も銃は持っていない。
案の定、自分が銃を持っていることをほのめかした瞬間、長谷の眉がピクッと動いた。

 なるほど。

「銃、持ってないんだね?」

畳み掛けてやれ。うそだろうがなんだろうが構わない。
ここで、一気に長谷を切り崩してしまうことが、重要だった。

「持って、ないんだね?」

だが、長谷は相変わらず厭な笑みを浮かべていた。

「持ってないよ。むしろ間熊さん、あんたの銃が欲しいよ。それがあたしの本当の目的……かな」

「あげようか、ほっかほかの弾でも」

間髪入れず、そう言う。一瞬だけど、長谷の厭らしい笑みが消えた。そこには、明確な怒りの表情が、現れていた。

「当たらないよ」

「は?」

「あんたの銃弾は、あたしには当たらない」

 沈黙。

 風が、吹いた。髪が、そよぐ。
 そう来たか、なるほど。つまりだ……やらなきゃ、わからないらしい。


 瞬時に撃鉄を起こし、引き金を前に向けて絞った。
 狙いは、牧野の体からはみ出ている長谷の体。



  バンッッ!!



「ああぁぁああっっ!!」

 手に軽い衝撃が来たあと、目を開けると、そこで悲鳴をあげていたのは紛れもなく牧野だった。
牧野は地面に崩れ落ちて、被弾したらしい左肩を押さえてのた打ち回っていた。その弾が当たったと思われる箇所
からは、鮮血がどくどくと流れ出ている。


 嘘……そんな……!
 外した……?!


次の瞬間、一瞬だけだが思考を遮られた自分の胸部に、何かが突き刺さった感触があった。その衝撃で、二、三歩
後退する。そっと確認すると、そこには先程まで長谷が牧野に突きつけていた、両刃ナイフが突き刺さっていた。
確認した瞬間、焼けるような痛みが体中を襲った。


 一体、何が……?


再び前に目を向けると、そこにいる筈の長谷の姿が、無かった。
と同時に、背後におぞましい気配を感じ、振り返ろうとした瞬間だ。

 シュルンと、何かが首に巻きついた。

「がっ……!!」

背後に、長谷はいた。いつの間に背後に回ったのかと思うくらい、俊敏な動きだった。首に巻きついているワイヤーか
何かのような紐は取ろうとしても取れなかった。必死に体を動かして振り払おうとしても、それも敵わなかった。
そのまま力も失せてきて、跪く形になる。手が、力を失ってだらんと垂れ下がった。

「ね? やっぱり無理だったでしょ?」

耳元で、長谷がそっと囁いた。
その言葉を最期に、意識が体から離れるような感覚。


 目の前が、紅く染め上げられた。




 ゴロン、と一個の首が、転がった。
 暗殺用ワイヤー線。その威力はまだ衰えていないらしい。








 間熊小夜子。


 地に、没す。








  女子25番  間熊 小夜子  死亡




   【残り14人 / 爆破対象者3人】



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