133


 G=3、森。
 日差しが降り注ぐ、広場。


 湾条恵美(女子34番)は、松葉杖を駆使しながら、確実に歩を進めていた。
捻挫をしている右足を庇いながら歩くと、どうしても体力を無駄に使ってしまう。ちょっとその気になれば走ることも出
来そうなくらいには治っていたが、すぐに使い物にならなくなってしまうに違いない。


 ―― 駄目だ……今無理をしちゃいけない。


額をつっと流れる汗を、そっと右手で拭う。極度の緊張感は、恵美に対してかかる疲労を倍増させていた。いつの間
にか喉がカラカラになっている。ついさっきも飲んだばかりなのに。これではただでさえ少ない水は、あっという間に底
を尽きてしまうに違いない。恵美はふぅと、大きく深呼吸をした。そして、ポケットから情報端末機を取り出して、ゆっく
りとした動作で液晶画面を覗き込む。そこには、まだ誰の名前も表示されてはいなかった。そう、勿論、恵美が探して
いる相手、秋吉快斗(男子1番)の名も。
落ち着くんだ。大丈夫だ。まだ誰も死んでいない。快斗だって生きている。今更焦って何になる? 快斗はきっと無事
だ。今だって、あたしのことを探してくれてるはずだ。そう、きっと……いつか。
そして、地面にぐっと力を入れる。右足に少しだけ電流が流れたが、それも怪我をしたまさにその時に比べれば、気
にも止まらない程度のものだった。そして、全神経を研ぎ澄まして、再び歩き始める。
うん、平気。もうほとんど痛くない。気にすることなんかない。気にするな。今は快斗を探すことだけに集中するんだ。
痛みなんて、なんともない……なんともないんだ。
そうやって、自己暗示をかける。意識すれば、それだけ感覚も鈍る。体力も減る。そんなことで浪費なんて出来ない、
そんな余裕なんて、最早何処にもないのだ。

 開けた広場は、鬱蒼とした森の中に比べれば、歩きやすかった。ゴツゴツと飛び出た木の根もない。危うく顔を傷つ
けそうになる枝も突き出てない。一つだけ問題があるとすれば、誰かに見つけられやすいということだろうか。
ただ、恵美はわかっていた。森の中で遭遇したら、まず勝ち目はないと。この足の状態で、森の中を器用に走って逃
げることが果たして出来ようか。それよりも、走りやすい道を全力で駆けた方が速いし、何よりも襲撃者だってそんな
に目立つ場所に、そう、下手をしたら自らも標的にされてしまうような場所にむざむざと出てくることはないだろう。
そう、現時点で生き残っているのは人殺しのみ。そんな中、確実に信用できるのは、恵美にとっては快斗、それと
木和之(男子23番)しかいなかった。他の人物は、みんな黒に近い灰色。快斗と親しい粕谷 司(男子7番)だって、
現に砂田利哉(男子14番)を殺害しているのだ。長谷美奈子(女子18番)は間熊小夜子(女子25番)を殺した。まし
てや、唐津洋介(男子8番)や朝見由美(女子1番)など、誰が信じられるものか。
そこまで考えて、身震いする。そう、みんな……生き残る為に必死になって戦っているのだ。他人を殺してでも、残さ
れたたった一つの希望、生還という名の椅子を目指して、ひたすらに相手を排しているのだ。あの子も、あの子も、あ
の人も……そう、あたしも含めて、みんな戦っているのだ。誰も、容赦なんかしない。


 ―― 快斗、あたし……心細いよ。


つい、弱音が出てしまう。
慌てて、頬をパンパンと手で叩く。駄目だ駄目だ、そんなことじゃあいけない。忘れろ、忘れるんだ。今は、快斗を探
すことだけに集中するんだ。
しかし、一度思ってしまうと、まるで決壊したダムのように、思いが溢れ出てきてしまう。やがて、涙までもが出てきだ
した。止まらない涙に、何をしているんだと激しく怒りを覚える。手で拭っても、それは止まらなかった。視界が、涙で
ぼやけている。


 ―― 駄目だよ、怖い……もう、限界、耐え切れないよ……。


想像を絶する圧力に、恵美は押しつぶされていた。傍にいて、支えてくれる人がいない、それだけのことで、自分はこ
うも弱くなってしまう。快斗の存在が、大きかった。常に心の奥深くで、彼を求めていた。彼がいなくなってから、なん
とかしなければならないという気持ちで一杯だった。そして、砂田利子(女子8番)や間熊小夜子と行動を共にした。
だけど、また自分は一人ぼっちになってしまったのだ。
いけないいけないと思っても、涙は止まらない。押さえていた感情が、次々と溢れ出てくる。遂には、嗚咽までもが漏
れ出した。静かな森に、声は綺麗に溶けていく。

 仕方ない。充分泣こう。気の済むまで泣いて、それからまた快斗を探そう。そして……。

顔を伏せて、泣き続けた。だが、やがて涙も枯れて、それと同時に気持ちも落ち着いてくる。そして10分ほどしてか
ら、恵美はそっと顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになった顔を、デイパックから取り出したタオルでゴシゴシと拭く。そし
て、再び大きく深呼吸。そうしようとした時だった。



「落ち着いたのかな」



突然、背後から声が聴こえた。はっと気がつき、振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女子。右手に握られているのは、間違いなく武器。レイピアだった。

「あ……あぁ……」

「お久しぶりだね、湾条」


 朝見由美。
 快斗が危険人物だと判断した者が……まさに今。

 目の前に、いた。



  【残り11人】





 PREV  / TOP  / NEXT