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 行動開始から早くも30分が経過した。

 恵美の足を庇って歩くその行為は、森林地帯を歩くのには不適だった。転ばないように、そして周りの人物に気配
を感じ取られないように歩くことは困難を極め、大きな段差が在る場所では迂回しなければならないなどの弊害も生
じた。だが、慎重に行動しすぎても過ぎることはない。誰か、やる気のある人物に見つかっては元も子もない。
一つだけ問題があるとすれば、その人物が探している快斗である時だ。彼には気がついてもらいたかったが、わざわ
ざ音を立てては他の者も来る可能性が高い。そういうわけで、人に見つからないように行動するのに、人を見つけら
れるように行動する、どう考えても矛盾だが、複雑な配慮が必要だった。
地図で言えば、大体G=4あたりには差し掛かる頃だろうか。端末を取り出して見ると、表示はG=3ではなく、G=4
へと変化していた。ちなみに、死亡者の欄にもまだ何も表示されていない。そういえば、放送から一発も銃声が聴こ
えてこない。それぞれがまだ対峙していない印なのか、それとも自分達のように合流でもしているのだろうか。
しかし、後者の考えはあっさりと捨てた。これまでにやる気になっている人物が、どうして合流などしようか。粕谷司、
唐津洋介、そして長谷美奈子。最低でもやる気になっているこの3人は、まだ誰とも遭遇していない、そう考えるのが
妥当だといえた。

「随分歩いた気がするよ」

「でも……実際にはまだ500mも歩いてないんだよね。なんだか凄く疲れるなぁ」

「そりゃ、常に死と隣り合わせだからね。精神削られるさ」

地図を取り出して、改めて位置確認をする。まだ森が続いているということは、この場所はG=4だが、限りなくG=3
に近い場所だとわかった。しかし、もう間もなく森が開けて、街道と民家が見えるはずである。

「ところで、要注意人物はさっき言ってた3人だけなんだろうね」

「少なくとも、ならね。他の人は、どうなのかはわからない」

先程、朝見にはやる気になっているとわかっている人物名を伝えておいた。憶測ではなく、実体験でわかっているこ
とだ。他のクラスメイトはわからないが、安易にやる気になっていると断定は出来ない。その点では、最初から身構え
出来るこの3人については、朝見に教えておくべきだと思ったのだ。

「しっかし……、まぁ長谷もねぇ。やっぱし、て感じだね」

「朝見さんは、長谷さんとか成田さんとは合流しようとは思わなかったの?」

「……まさか。あの2人は絶対に信用できない」

おや、と思った。

「あれ、仲間じゃなかったの? よく一緒にいたじゃない」

「仲間? そんな関係じゃないよ。成田もうちも、長谷に騙されていい迷惑さ。残念なことに、うちらははぐれものの集
 団だったからね、そういった結束みたいなのはないんだ。ほら、ギャルだから一括りにしてるけど、実際には幾つも
 の細かいグループに分かれていたりするじゃないか。そういうもんなんだよ」

「そう……なんだ」

だから、朝見には幼馴染の磯貝しかいなかったのではないか。しかし、その彼女にまでも裏切られて、本当の独りぼ
っちになってしまったのではないか。もしも、長谷に信頼できる友人がいたら、もしかしたら彼女も。
なんて、色々と憶測をたててみたりする。実際にはそんなことがないから長谷はやる気になっているというのに、意味
のない机上の妄想はやめなくては、と恵美は首を横に振った。

「なんだか明るくなってきたね。そろそろ森から出る頃かな」

「そうみたいね。方向はこっちなんでしょ?」

「うちの持ってるコンパスが狂ってなきゃね」

そう言って、朝見は右手を高く掲げた。特に磁場などがかからない森の中、コンパスは正確に北を示していた。
前方が明るくなっていて、太陽の光を目一杯浴びている草が見えた。いよいよ、森を脱出だ。

前を歩く朝見。その彼女が、ついに森を抜け出した。


 その時だ。

 突然、朝見はこちらへと振り向くと、恵美の手を掴んで駆け出した。咄嗟の出来事で対処できず、体を支えていた
松葉杖が倒れる。だが、それも気にせずに、恵美は走った。足の痛みは、ほぼ皆無だった。

「え? 何? 何なの??」






  ぱぱぱぱぱ。






手を引っ張り、必死に走る朝見。直後、背後から、銃声が聴こえた。
それは、実に数時間ぶりの、銃声。




「やばい。……唐津が、待ち伏せしてた」




 そう。一瞬だけ振り向いた際に見たその男、男子8番、唐津洋介。
 冷酷な魔王の、お出ましだった。



  【残り11人】





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