139


 秋吉快斗(男子1番)は、なるべく音を立てないように、慎重に歩を進めていた。
 茂みから顔を覗かせて、辺りを五感を研ぎ澄ましてゆっくりと見渡す。


  ―― 誰も、いないな。


 そして、タイミングを見計らって、一気に茂みを飛び出す。全速力で街道を駆け抜けると、今度は少し離れた場所に
位置していた民家の壁に身を潜める。そして、壁伝いに再び慎重に歩を進める。
この民家は、かつて自分と、そして共に行動していた湾条恵美(女子34番)の2人で潜んでいた場所だ。そして、自
分が初めてクラスメイトを殺した場所でもあった。福本五月(女子19番)、錯乱状態で襲い掛かってきた女。彼女を、
結果的には刺し殺してしまった時、あの感触は、今でもこの手に残っている。
人殺し。今、この島で生き延びている生徒全員が、通過した一点。最低でも1人、多ければ6人くらい殺している者も
いるのだろう。とにかく、その奪った命の数など関係なく、生き延びている生徒はみな人殺しだ。
開始からそう間もない頃に遭遇した『野良犬』の日高成二(男子28番)。最初は信用しなかった。だけれど、最終的
には信用して、そして合流すると約束して、そして……散った。彼は、果たして誰かを殺していたのだろうか。自分の
知る限りの関係者が全員死亡となった今では、それを知る術は無い。
そして、恐らくこれからも出会うであろう他のクラスメイト。彼等を、信じる術はあるのか。信じてはいけない相手は、ど
うやって判断すればいいのか。
誤った判断をしたとき、それは最悪死に直結する。それだけは、なんとしても阻止しなければならない。
簡単なのは、遭遇したものを容赦なく殺害することだ。だが、それだけは取ってはならない禁忌。それをしてしまった
ら、もう生きていくことは許されないとわかっていた。あくまでも、自分は防衛だけに留めておきたかった。ただの自己
満足か、そう言われても構わない。最後まで、自分は自分で在り続けたかった。
何度も何度も、自身の精神が崩壊しそうになった。だけどその度に、隣にいた恵美が支えてくれた。恵美が、自分の
心を癒してくれた。またあるときは、遠山正樹(男子19番)がいた。彼もまた、自分で在り続けることの大切さを、命を
もって教えてくれたクラスメイトだった。彼の支給武器である日本刀『菊一文字』は、この左手にずっと握られている。
恐らく、自分は最後までこの武器に頼ることになるのだろう。まさか居合道がこのような場面で役に立つなんて、思い
もよらなかったけれども、それも運命だったのかもしれない。

「…………」

 そして、先程から何度も聴こえている銃声。
 正午の、あの運命の放送から一時間。ようやく、戦闘の始まりを告げてくれた。

今まさにこの瞬間、また新たなる犠牲者が出ているのかもしれない。それはもしかすると、今度こそ本当に恵美なの
かもしれない。あるいは、恵美も関与していて、死なないにしても、瀕死状態になってしまったかもしれない。
情報端末機は手元にはない。彼女の死を知る方法は一つしかない。だが、それはあまりにも悲しい方法だ。出来れ
ば、そんなことが起きないよう、祈るしかなかった。


  ―― 祈るって……誰にだよ。


神も仏もいない。ここにいるのは、悪魔のみだ。
友を騙し、友を欺き、友を堕し抜き、友を殺し、そして……生き残る。たった一つの生還という名の紐を求めて、罵り、
そして駆り、そして奪う。それがこのゲームだ。

 そう。自らを鬼にしなければならないのだ。簡単に信用してはならないのだ。


  ガササッ。


 唐突に鳴り響いた茂みの揺れる音。
 間髪いれずに、鞘から刀を抜き取る。鋭利な刃が、日光を浴びて、反射していた。


  ―― 誰だ。


 足音を立てないように、一歩も動かず、快斗はその場に直立不動した。
 そして、音の鳴る茂みの中へ、その一点へ視線を凝らし、そしてにらみつけた。


  ガサッ……ガササッ。


 中から出てきたのは、一人の女。
 生かしておくわけにはいかない、危険人物。



「あ……」



「久しぶりだな、朝見」



 女の名は朝見由美(女子1番)。
 幼馴染を殺害した、冷徹な不良女子だ。



  【残り11人】





 PREV  / TOP  / NEXT