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 夜の東京。繁華街。
 一人の少年が、決して治安の良いとは思えないその道を、とぼとぼと歩いていた。


 中学一年生という身でありながら、既に高校受験を考えて塾通いの毎日。親はスパルタで、とにかく色々なものを
修得するように自分を指導してきた。
毎日が、親に管理されている。それはこの年頃、非常につまらなかった。もっともっと、遊びたかった。
別に勉強が嫌いだったわけじゃない。やれと言われればなんでもこなしてきたし、もともとその分野の才能があった
のだろう、塾の中でも、少年は成績が良い方だった。だが、そのことに対して少年は何の興味も示さずに、ただ淡々
と、課されたノルマを達成していくだけだった。
塾の中に友達と呼べる者は居なかった。ここでは誰もが全員敵同士。より偏差値が高く、より進学率の高い高校に
行く為には、仲間など要らない。そんなものは邪魔になるだけだと、スパルタ教育で有名な講師は言った。
少年はそうは思えなかった。しかし、何故そう思えないのかはわからなかった。何かが違う。だけど、どうして違うの
か、それを証明するだけの事象が足りなかった。
少年は小学校時代はあまり友達がいなかった。もともと無口だったから、誰かと積極的に関わろうとする気もなかっ
たし、気がついたときには、クラスでも浮いた存在になっていた。仲間はずれの少年を、いつのまにかクラス全員はい
じめるようになっていた。教科書を破られたり、ランドセルを水浸しにされることなど日常茶飯事だった。だが、少年は
親には内緒にしていた。親はうるさかった。少年が一声かけたら、すぐにでもPTAに話が行くだろう。そして、担任か
らそのいじめっ子達に注意が下るだろう。そして、ますますいじめは陰険になる。それよりは、自分で解決した方が手
っ取り早いのだ。ある日偶然、体育の時間の前に教室に戻ると、クラスメイト数人が教科書をはさみで切り刻んでい
た。少年はやっとその瞬間を目撃できたと喜び、その生徒を殴り倒した。他の生徒が掴みかかってきたが、当時の小
学生としては背の高めだった少年は、力任せにいじめっ子達を痛めつけた。その時は、他人を傷つけて心が痛む、そ
んな感情は全く無かった。その後、いじめっ子達が親にいいつけて、少年は担任に呼び出された。そこで、少年は今
までの経緯を全て打ち明けた。証拠の切り刻まれた教科書も全て公開した。そして、そのことを知ったクラスメイト達
は少年を怒らすことを極度に恐れ、やがては無視するようになっていた。こうして、学年中にその噂は広がり、いつの
間にか誰一人、少年に話しかける者は居なくなった。
中学生になった。顔ぶれが大分代わったが、やはり何人かの生徒とは顔見知りだった。少年はもともと顔にあまり表
情を出さなかったし、目も切れ目だったから、怖いという印象を与えてしまったらしい。それに、前から一緒だった生徒
が小学校時代の噂をあることないこと言い触らしたのだろう。やがて、再び少年に孤独の時が訪れた。それからだ。
少年が塾に通い始めたのは。誰とも見知らぬ塾に行けば、なにかあるかもしれない、そう思っていた少年は、全員が
敵であることを知り、ますます自己の殻にこもるようになった。家族との会話も減り、やがて、滅多に喋ることはなくな
ってしまった。


 繁華街はやかましかった。まるで少年を潰してしまいそうなくらい、活気に溢れていた。酔っ払いがもう一件だと、喚
き散らしている。柄の悪い男女が、バイクに乗ってエンジンを大きくふかしている。遠くで、パトカーのサイレンが聞こ
える。その全ての騒音が、耳障りだった。嫌だった。
耳を塞いでしまおうと思って、うつむいて歩く。前をろくに確認もしていなかったから、誰かとぶつかった。あぁ、邪魔な
奴らだ。そう思って歩き続けようとすると、いきなり胸倉をつかまれた。

「おぅ、てめぇよ。ぶつかっておいてなんも言わねぇか、おい」

絡まれた。
少年は顔を見て唖然とした。どう見ても、中学生にしか見えない。まだまだガキだった。確かに、中学一年生よりは年
上だろうが、とてもじゃないが似合っていない。
黙っていると、それが気に食わなかったらしく、そいつはさらに捲し立てた。

「なんか言えよ。てめぇ、こういう時はなんつーか知ってっか?」

「……悪かったな」

「それが侘びのつもりかぁ?! あぁ?!」

 いきなり殴りかかってきたので、塾の鞄でパンチを受け止める。
 少年は退屈そうに、欠伸をした。全く、興味がわかなかった。

「なぁ……もう行ってもいいか? 暇じゃないんだ」

「う……うっせぇぇっっ!!」

 大振りの拳。あまりにも隙だらけだったので、避けてみぞおちに膝を食らわした。そいつは、思わず仰け反る。
 あぁ、つまらない。本当に、つまらない。

「が……はぁぁ……」

「おい、兄ちゃん……てまだ若いな。喧嘩は駄目だよ喧嘩は」

「一応相手は年上なんだからぁ、もう少しいたわってやんなきゃなぁ。……こりゃ、仕込まないと駄目かなぁ」

 いつの間にか、背後には別の男が2人立っていた。こちらも少し無理があるけど中学生。最初の奴よりは絶対に強
い、多分。それに、グループでこられたら確実に負ける。
あぁ……またそしたら親に色々と言われる。本当に、面倒だ。
かといって、やられるわけにはいかない。謝る気なんか毛頭ない。

「……面倒だな」

「あぁ、なんだと?!」



「はぁーい、ちょっと待ったちょっと待ったちょっと待ったぁー」



 今にも殴りかかってきそうな二人組みに割って入るように、今度は一人やってきた。
 どうみても中学一年生。これは間違いない。

「誰だおめぇは」

「いやさ、そんなことより、二対一は流石に卑怯じゃないかなぁ?」

「おめぇには関係ねぇだろが」

「んじゃ、兄ちゃん達は関係あんの?」

「あぁ?! ここでのびてる吉塚は俺たちのダチなんだよ!! やられたからやり返してなんかわりぃかぁ?!」

「だってさ、先に手を出したのはこの吉塚君じゃん。ちゃーんと見てたんだからぁー」

「てめ……! いい気になりやがってぇ!!」

「え? 何? 僕とやりたいの? 別に構わないけどさ……周りが黙っちゃいないよ、多分」

 声のトーンが急に下がる。男達は、びびっていた。周りを見渡すと、いつの間にか周囲に人だかりが出来ている。明
らかに、こちらをいじめているように周りの大人達は見ている。なるほど、と少年は感心した。

「くそ……行くぞ、おぃ!!」

「あ……あぁ。ほら、吉塚、行くぞ!!」

「く……畜生、てめぇ、次はねぇからなぁ!! あいちちち……」


 男達が去ると、再びあたりは元のやかましさに戻っていた。
 少年は急に現れたその男の子に、とりあえずありがとうと言った。

「……何言ってんだよ? クラスメイトが絡まれているんだ。助け出すのは当然だろ?」

「……ぁあ?」

「あぁ、そっか。一クラス68人もいるからね、覚えてなくても無理ないっか……。僕はカスヤ。C組、よろしく」

「カス……ヤ?」

「米に白の谷。それで粕谷。わかったかな、カラツ君」

「俺の名前を知ってるのか?」

「え? ……だって、番号一番違いじゃん。普通周りの生徒は名前覚えないかなぁ……僕が特殊だったりして」



 あはは、と笑う粕谷という生徒。
 これが、少年、唐津洋介(男子8番)と粕谷 司(男子7番)の、最初の出会いだった。





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